7話 試練の塔1
(おっ、ここが塔の内部か。意外と明るいな)
転移した先は小部屋になっており、他の冒険者たちの姿も散見できた。
人間は魔族よりも文明度は低く、モンスターの革や鱗などを用いた前時代的な身なりをしている。
明らかに俺は冒険者たちからは浮いており、ぶしつけな視線を感じた。
(まあ、絡まれたりすることさなさそうだな)
魔族とバレたら厄介だが、俺が何度もこのダンジョンに挑むことはないし、問題はないだろう。
ちなみに魔族と人間に外見上の差はほとんどない。
『エド、聞こえますか? こちらはリリーです』
身につけたヘッドセットからはリリーの声が聞こえる。
他の冒険者の目もあるので、俺は指で丸を作って応えた。
『こちらはウェンディよ。ここは1階ね。ウチの1階はダンジョン機能の説明も兼ねて色々な設備があるわ。まずは目の前の噴水、その水を飲んでみて』
俺はウェンディの指示に従い噴水の水を手ですくい、口にふくむ。
濃厚な魔力を感じる、これは回復のポーションだ。
『これは回復の泉(小)よ。ダンジョンにはこうした仕掛けを用意して冒険者を先に進ませる工夫も必要ね。ちなみにDP1000よん』
ウェンディによると、この水を持ち運んでは効果がないらしく、この場で飲まねばならないらしい。
周囲を見回すと、冒険者たちもこの泉で回復し、休憩している。
中には再度ダンジョンに挑む者もいるようだ。
(なるほど、入り口近くに回復の泉を設置して冒険者の滞在時間を増やしているのか)
うまい手だ、と俺は納得した。
ダンジョンが小さいうちは必要ないだろうが、いずれ拡張すれば取り入れたいテクニックだ。
『ふふ、その様子じゃ気づいたようね。さて、通路を進んでみて。分かれ道を左に進むのよ』
俺は指示に従い小部屋を出て左に進む。
すると1匹のモンスターがいた。
ゼリーと呼ばれるスライムタイプのモンスターでザコ中のザコだ。
『この辺のはリポップモンスターだから好きにやっつけていいわよ。リポップモンスターはリポップポイントを設置すれば無限に湧き出るわ。数の設定さえすればお手軽ね』
「リポップモンスターか、たしかDPで個別に呼び出すのと違うんだったな」
この辺りには他の冒険者もいないので、マイクで話しかけてみる。
特に問題ないようだ。
『DPで呼び出すと1体限りね。費用対効果を考えればリポップだけど、個別に呼び出したモンスターは経験を積ませたら成長するわ。一長一短ね』
話し込んでいると足元のゼリーが攻撃してきた。
ダンジョンのモンスターは好戦的である。
しかし、勇ましくともゼリーのレベルは1、俺が魔力を込めて指をパチンと弾くと消滅した。
『あらまっ、エドっち強いじゃない! 魔法職かしらね? ちょっち分析してもよろしいかしら?』
『ダメです。失礼ですよ』
なにやらマスタールームで小競り合いが始まったが、そっとしておこう。
ヘッドセットから『のぞき魔』『女房気どり』などと口喧嘩が聞こえる。
分析の魔法を使わずともダンジョンマスターは侵入者の分析が可能だ。
だが、この分析の魔法を相手の許可なく行うことは大変なマナー違反である。
分析に成功すると本人の意思に関係なく本名や職業などが表示されてしまう。
魔王領にはプライバシー保護というやつがあるのだ。
ただし、これは国民同士の話であり、敵対者などに適用されないのは言うまでもない。
「ありがとうリリー、でも構わないよ。これはダンジョン内のことなんだ。ウェンディ、他の冒険者のように分析をかけてくれ」
さすがに見学させてくれている相手に失礼な気もするし、他の冒険者と同じでなくては体験する意味が薄れてしまう。
『あらん、話が分かるわね。どこかの小娘とは違うわね』
『エドは優しいんです。勘違いしないでくださいね』
俺は聞かなかったふりをしえ、先を進む。
すると『なんじゃこら!』と野太い声が聞こえた。
『エドっちレベル70もあるじゃない!? 剣技や二刀流もMaxだし!』
『ふふん、エドは最強の魔将、つまり魔王軍最強なんです。実力を認められつつも四天王のポストを蹴って招聘されたダンジョン公社に来てくれたんです』
なぜかリリーが鬼の首を獲ったかのように『知らなかったんですか?』とドヤッている。
もちろん俺が最強なわけないし、そもそも四天王にはなれなかったんだけど。
『そもそも双剣エルドレッドといえばですね――』
『――そんなのチートじゃないの! ズルいわっ!』
なんだか盛り上がっているし、口を挟むのもはばかられるので黙っておくことにした。
通路を進むと小部屋があり、ジャイアントバットが数匹とびかかってきた。
ジャイアントバットは名前の通りデカいコウモリだ。
広げた翼を入れたら人の身長くらいの大きさはある。
だが、大きくてもコウモリ、脅威度は極めて低い。
俺はペシペシと叩き落として片づけた。
冒険者はモンスターの死骸から衣類や薬品の素材を集めるそうだが俺には必要ない。
『エド、この小部屋には宝箱がありますよ。罠もあるので距離をとり作動させてみてください』
リリーから指示が来た。
わざと罠を作動させろとは大胆だ。
指示に従い部屋を確認すると宝箱が視認できた。
「了解だ、宝箱を確認する」
宝箱の周囲を観察すると露骨に怪しいワイヤーが外にとび出ている。
後から蹴飛ばし衝撃を与えるとワイヤーが切れ、宝箱の前方を矢が通過した。
ワイヤーに気づかずに開けると矢が刺さっていただろう。
「なるほど、宝箱も罠もわりと露骨なんだな」
『そうね、1階だとこんなものよ。エドっちもレベル10を相手にするなら即死罠はオススメしないわ。このさじ加減がダンジョンマスターの腕の見せどころよね』
宝箱を開けると黒いマントが入っていた。
特別なものではなく、よくある生地のマントで厚手の丈夫そうなやつだ。
『あら、旅人のマントね。いいの当たったじゃない。持っていっていいわよ』
「いや、さすがに悪いよ、どんなものが入ってるか確認しただけさ」
さすがに持っていくのも失礼かと思ったのだが、ウェンディに『その格好じゃ不自然でしょ』と言われて装備することにした。
たしかに今の俺は階級章を外した魔王軍士官の略礼服だ。
衣装をほとんど持ってない俺はこれで出勤していたのだが、ダンジョンではちょっと目だつのは否めない。
こうしてマントを身につければ魔法使いに見えないこともないだろう。
『ほら、アンタなんか言うことないの?』
『よ、よくお似合いですよ』
なにやらリリーが無理やり言わされてるが、あまりパワハラじみたことはやめてほしい。
俺は「ありがとう、気に入ったよ」と当たり障りのない返答をしておいた。
『エドっちったらクールなのねえ。宝箱の中身は指定してランダムにできるわ。ダンジョン攻略のキーアイテムでもなければランダムがオススメよ』
「なるほど、ランダムか……じゃあこのマントはアタリだな」
通路を進むとスケルトンと遭遇したので撃破しておく。
さすがに素手のスケルトンに負けるわけがない。
『ゼリー、ジャイアントバット、スケルトンはザコモンスター三点セットって呼ばれてるわね。リポップポイントも安いしオススメよ』
ウェンディによると、ゼリーは特にオススメなのだとか。
ゼリーに限らないが、スライム系のモンスターはゴミや汚物を消化吸収してくれるのでダンジョンを清潔に保つのに役立つらしい。
『階層ごとにスライム系をリポップ配置すると管理が楽よん』
『それは資料にもないテクニックですね』
リリーも感心しているが、こうした小さなノウハウの積み重ねが大切なのだ。
初心者の俺にはありがたい。
『次はボス部屋よ、他の冒険者が戦ってるわね』
部屋をのぞくとストーンゴーレムと冒険者4人が激闘を繰り広げていた。
ストーンゴーレムの動きは緩慢で特殊能力はないが、とにかく頑丈でパワーがある。
距離をとり魔法で攻めれば問題ないのだが、冒険者たちは接近戦を挑んでいるようだ。
『ストーンゴーレムはレベル11よ。1体だけだし、ゴーレムは動きが遅いわ。アベレージ7レベルの冒険者が4人もいれば十分対処できるけどね』
「なるほど、新米冒険者の連携を試しているわけだな」
どうやら、この試練の塔は冒険者の成長をうながすような造りになっているようだ。
ゆえに多数の冒険者が挑み、賑わっているのだろう。
「ボスモンスターとは他のモンスターと違うのか?」
『いいえ、強めのモンスターを選んでリポップの上限を1に設定しただけよ』
凝ったダンジョンマスターだと、育てたDPモンスターに特別な装備を持たせたりするそうだ。
その手のお手製モンスターはユニークモンスターと呼ばれるが、完全に趣味のものらしい。
「そこの魔法使い! 頼む、援護してくれ!」
苦戦している冒険者の1人が必死の形相で俺に声をかけた。どうやら
助けるのは簡単だが、俺が助けてダンジョンの生命エネルギーの吸収が減ってもいいのだろうか。
「おい、助けていいのか?」
俺が小声でたずねるとウェンディは『いいわよん』と軽く答えた。
大手のダンジョンは1人2人の冒険者の生き死にはこだわらないのだろう。
「早く! 助けてくれ! 俺たちのできることならなんでもする!!」
「ピーピー泣くなバカ者! 前線を再構築だ、弓手は回避に専念し、回復役が盾持ちを復帰させる時間を稼げ!」
俺は泣き言をいう冒険者を叱咤し、ゴーレムに向かわせる。
彼らは驚いた様子だが「早くしろ!」と再度うながすと行動を開始した。
一度崩壊した状況を覆すには経験が必要だ。
彼らにはそれがないのだろう。
「恐れるな、敵の動きは遅いぞ! その杖はかざりか、魔法使いは距離をとらんかっ! 中途半端な真似をするなっ!!」
回復した盾持ちがゴーレムを支え、陣形が再編される。
こうなれば問題はない。
魔法使いが放つ火球が炸裂したのを見届け、俺は部屋の角にある階段をあがった。
『やるじゃないの、あのままエドっちがやっつけるのかと思ったわ』
「いや、彼らなら十分対処できると言ったのはキミさ、ウェンディ」
ウェンディが『渋いわーエドっち』とわざとらしく俺を褒める。
しかし、俺がやったのはパニック状態だった冒険者を鎮めただけだ。
外から見ていれば誰でもできるだろう。
『さすがエドです。このまま2階も攻略しましょう!』
なぜかリリーがやる気をだしているが、これは見学だからな。
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