8話 試練の塔2

 2階にあがると、その暗さに驚いた。

 どうやら照明がないらしい。


『演出で2階は照明がないの。冒険者はたいまつを使うことが多いわね』

『こちらはマスタールームで様子を確認できますが……エド、大丈夫ですか?』


 リリーが気づかってくれたが、特に問題はない。

 俺が照明の魔法を使うと小さな光球が生まれ、ダンジョンを照らした。

 体にくっつけておけばランタン代わりになる。


『あら、そんな魔法まで使えるなんて器用なのね』

「いや、軍ではわりと照明は使うのさ、先を進もう」


 俺はウェンディをうながし、先に進む。

 するとゴブリンと呼ばれる亜人が3匹いた。


「あれは原住民ではなくリポップモンスターだな?」

『そうよん。生物型のモンスターはエサや水がいるから気をつけてね』


 ちなみにエサは掃除用のゼリーで事足りるらしい。


「ストーンゴーレムに比べると格落ちだな」

『そうね、ゴブリンのレベルは8よ。でも、10レベルの冒険者も暗い2階ではたいまつを持つわ。片手がふさがった冒険者にとって、夜目が利くゴブリンは脅威よ』


 なるほど、そうしたバランスも考慮されているらしい。


 俺は向かってきたゴブリンの頭部を順に拳で叩き潰し、手早く片づけた。


「よし、先に進むぞ」

『ま、この辺じゃ障害物にもならないわね。次の交差点は真っ直ぐよ』


 暗闇の中は所々にモンスターがおり、罠が仕掛けられている。

 確かにこれは1つや2つは罠を作動させてもおかしくはない。


『エド、左前方の壁面に罠があります』

「了解だ。こちらでもワイヤーを視認した」


 暗闇の中、壁づたいに移動したら引っ掛かるトラップだ。


(なかなか考えてあるな。参考になる)


 俺は罠を避け、先に進む。

 すると、先の方でうめき声が聞こえた。


『前方に冒険者です。負傷者1名のようです』


 俺は冒険者に聞かれぬよう指で丸を作り、リリーに応えた。



 暗闇の中、1人の女冒険者がうずくまる。


 彼女の名前はサンドラ、姓があるような生まれではない。

 斥候と戦士を兼ねるマルチジョブといえば聞こえは良いが、どちらかといえば器用貧乏だ。


(畜生、畜生、油断しちまった)


 左の足首に食い込んだトラバサミ。

 ダンジョンの罠にかかったのだ。

 仲間がいれば強引にでも解除できるのだが、あいにくパーティーを組んでいた2人の仲間は死体袋の中だった。


 死体があれば大金を払って蘇生する可能性・・・もある。

 ゆえに冒険者は人数分の死体袋を持ち歩くのだ。


 実際は大金を払って仲間を助けるケースはほとんどない。

 レベル13のサンドラに蘇生費用を用意できるはずもなかった。


 だが、馴染みの2人を捨てるほど非情にもなれず、死体袋を引きずって歩くうちに集中力を欠き、罠に囚われたのだ。


「くそっ、こんなところで、こんな暗いところで死にたくない……」


 つい、弱音が口からでる。

 その瞬間、サンドラは近づいてくる足音に気がついた。


 ランタンの明かりを持っていることからモンスターではないようだ。


 だが、冒険者は犯罪者まがいの粗暴な者が多い。

 サンドラが動けないと知るや襲われる可能性は捨てきれない。


 ぐっと片手剣ショートソードを掴み、身を固くする。

 すると、近づいてきた人影が声を発した。


「冒険者か、負傷しているようだな。助けはいるか?」


 穏やかだが力強い、良く通る声だった。

 サンドラはなぜか、その声をきいた途端に我慢ができなくなって涙がこぼれた。


「た、助けて、助けてくれ……罠にかかって歩けないんだ。アタイは死にたくない」

「分かった、罠を外してやる」


 現れたのは1人。ソロ冒険者だ。

 やや年嵩としかさのたくましい黒髪の男。

 ランタンだと思ったのは魔法らしい。

 動きやすそうな服装にマント、武器の類いは見あたらない。

 耳に見慣れぬ魔道具のようなものを身につけている。


 冒険者ギルドでは全く見たことのない顔だった。


(ライトの魔法にローブ、魔法使い? でも……)


 そう。服の上からでもハッキリと分かるほどに鍛え抜かれた肉体は魔法使いのものとは思えない。


 男はトラバサミを容易く踏み砕き、困惑するサンドラを自由にしてくれた。


「怪我をしているな。だが俺は回復魔法は使えないし、ポーションも持っていない。自力で帰還はできるか?」

「……無理……足の骨が砕けているし仲間もいるし……」


 それを聞いた男はチラリと死体袋に目をやった。


「回復の泉はあったかな?」

「2階には確か……」


 男はさっと手でサンドラを制し「2階の泉まで行くぞ」と告げた。


「仲間は諦めろ。遺髪だけ切り取れ」


 それを聞いたサンドラは「うっ」と息が詰まる。

 特に1人は冒険者として駆け出しのころからパーティーを組んでいた仲間だった。

 蘇生できないにしても迷宮に置きざりはしのびない。


「さすがに負傷者を背負いながら死体袋を2つも引きずれんよ。無理強いはせん、死体と共に残るのなら任せよう」


 サンドラは冒険者だ。

 ダンジョン内のことは全て自己責任。

 このままパーティーが戻らなくてもギルドでは未帰還で処理されるはずだ。


 この男が示してくれた厚意は破格といっていい。


(なら、ここでアタイまで死ぬわけにはいかないよ)


 サンドラはグイッと涙をぬぐい、顔をあげた。


「行くよ、頼む、助けてくれ」

「承知した。すぐに行くぞ」


 サンドラは死体袋を一瞥いちべつし「アバヨ」と口にした。

 彼らが死亡した時に標識タグは回収してある。

 せめて仲間の遺髪をと言ったのは彼の優しさだろう。


「そうか、背中を貸してやろう。おぶされ」


 すっと男が背を向けてしゃがむ。

 肩を借りるくらいのつもりでいたサンドラは動揺した。


 だが、男に「これが一番手間がない」と言われては従うより他はない。


 サンドラが身を預けた背中は、とても広くたくましかった。


「た、助かったら何でもするよ、もし助からなくても恨まない。危なくなったら捨てとくれ」

「気にするな。2階層のモンスターならば問題はない」


 サンドラははじめ、男が気をつかって言ってくれているのだと感じた。

 しかし、それが間違いだったと気づくのに時間は必要なかった。


 男はゴブリンやジャイアントボアなどは容易く蹴り潰し、物理攻撃が効きづらいレイスは魔法で消し飛ばす。

 そして驚くべきことに、右手で小さく丸い印のようなものを組むとスッと罠を回避してしまうのだ。


(スゴい……魔法使い、武道家、斥候、どれをとっても本物だ)


 自分のような器用貧乏ではない、本物のマルチジョブ、いわゆる魔闘士だとサンドラは感じた。

 これならソロで迷宮に潜るのも頷ける。


 男は倒したモンスターの素材には目もくれず、進み続ける。

 そして時おり奇妙な質問をした。


「この迷宮……試練の塔には何度も挑戦しているのか?」

「ほかの迷宮よりも、ここを再訪する理由はあるのか?」

「強敵は避けたいか、鍛練のために戦いたいか?」

「罠とモンスターではどちらが嫌か?」

「迷宮に求めるものはなんだ?」


 からかわれているのかとも思ったが、男は真剣だ。

 よく分からないが『意識調査』らしい。


 痛みで思考がまとまらない中、サンドラは自分なりに答えた。

 すると、男は「むう」とか「なるほど」と相づちをうち、熱心に頷くのだ。


 しばし、そうした時間を過ごした後、ほんのり明かりのある水音のする小部屋についた。

 回復の泉だ。


「すまないが、ここでお別れだ。幸いここなら他にも冒険者はいる。傷を癒して帰還してくれ」

「あ、ああ。助かったよ、何か礼をしたいんだ。何でもするよ」


 このやり取りを聞いた周囲の冒険者の好奇の視線が集まるのをサンドラは感じた。


 たしかに『なんでもする』などと若い女が軽々しく言うべきではない。

 だが、この男が体を要求するなら仕方がないとサンドラは割りきっていた。

 なにしろ、命を救われたのだ。


「いや、礼ならもう貰ったよ」


 男はそう言うと、サンドラを床に下ろした。

 衝撃で折れた足首が悲鳴をあげる。


「痛ーッ! くそっ、この怪我がなけりゃ、すぐにでもモンスターを狩って金ぐらい渡せたのに……!」

「その思考はダメだ」


 男はしゃがみ、床にへたりこむサンドラと視線を合わせて向かい合った。


「お前さんは疫病神に取りつかれている」


 思わぬ言葉にサンドラの口から「え?」と疑問が漏れた。


「勝負事で負けが込むと疫病神ってやつが取りつくのさ。そして耳元でこうささやく『こんな失敗すぐ取り返せるさ』『同じだけ賭ければ損は帳消しだ』とな」


 男は「それじゃ、ダメさ」とサンドラの瞳をのぞき込む。

 羞恥と怒りで自分の顔がカッと熱くなるのをサンドラは感じた。


 この男は強い。

 壊滅したパーティーの器用貧乏な前衛の気持ちなど分かるまい。

 そう考えると理不尽な怒りが心のうちからわき出てくるのを止められなかった。


「負ければ当然、状況は悪くなる。なのに視野は狭まり、思考は硬直化する。それで勝てるはずがない」

「それじゃ、それじゃ負けたヤツはどうすんのさっ!? アタイは泣き寝入りなんて御免だよ!」


 つい、頭に血がのぼって語気が乱れる。

 すぐに平静を欠くのはサンドラの悪いクセだった。


「それこそ自分で考えるしかないだろうな。何を、どこで、どうして間違ったのか。大切なのは負けた次の戦いさ」


 男はスッと立ち上がり「健闘を祈る」とサンドラに背を向けた。


「ちょっと待っとくれ! アタイはアンタの名前も知らないんだ! この借りはどうやって返したらいいんだ!?」


 男は「エドだ」と背を向けたまま答えた。


「最近はエドって呼ばれてるよ」

「エド、アタイはサンドラだ! 覚えといてくれ、必ず借りは返すからなっ!!」


 エドと名乗る男は小さく手を振り、そのまま迷宮の闇に消えた。


「なんなんだ、なんなんだよ、もう……」


 サンドラの呟きに、答える者はいなかった。

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