9話 試練の塔3

 サンドラと名乗った赤毛の冒険者と別れた後、俺は頭を抱えていた。


 現役冒険者の意識調査をしてみたのだが、どうも俺の認識とズレていたようだ。


 彼女は『都市から近く』『どのレベルでもそれなりに稼げる』からこの試練の塔をリピートしていたそうだ。


 俺は冒険者を都市から歩かせて強敵をぶつければ勝手に『頑張ったエクスタシー』を感じて満足すると思っていたのだが、真逆の答えに困惑していた。


(うーむ、少しマズイかも知れんぞ)


 俺が直卒していた部隊は困難に打ち勝つことを喜びとし、強敵と戦うことを誉れとする荒武者ぞろいだった。

 魔属領に不法侵入してくる自称勇者の冒険者たちも似たような気質だと感じていたのだが……迷宮探索者はまた別なのかも知れない。


(そうなると、立地とコンセプトはすでに間違えたのではなかろうか……)


 もちろん、サンドラだけが特殊な思考だと考えることもできる。

 だが、不安感はぬぐいきれない。


『エドっちって見境ないのねえー。アンタも苦労するわよ』

『違います。エドは意識調査をしただけです。ちゃんと見てたんですか?』


 ヘッドセットの向こうでは2人が楽しそうに盛り上がっている。


 俺は先を進むことにした。


『あのサンドラって子、2階でヘマをするレベルじゃないわよ。でもね、油断や不運が重なれば命取りになるのがダンジョン探索よね』

「そうだな。冒険者とは命がけ……それは戦ってきた俺はよく知っているが、その覚悟がない者は意外と多いのかもしれないな」


 軍でも楽して強くなりたい英雄願望の持ち主も入隊する。

 だが、彼らは先達の愛情により矯正され、幾度もの実戦をくぐり抜け、鍛練と勝利の喜びを知るのだ。


「低レベルの冒険者とは、新兵のようなものなのだな……リリー、帰ったら少し相談したい。今後のことについてだ」

『はい、今回の見学では私も得るものが多かったです。タックさんも交えたミーティングで情報を共有すべきだと思っていました』


 おそらくリリーも冒険者の現実に触れてコンセプトとのズレに気づいている。


『アンタたち、今後について話し合うのに、もっとロマンチックな会話できないの?』

「いや、大切なことさ。困難を与えて満足感を与えるというコンセプトは修正しなくてはな」


 ウェンディは『ふうん、脳筋てわけでもないのね』と嬉しげに笑う。

 彼(?)は初めから気づいていたのだろう。


『アナタたちのコンセプトも悪くないわよ。でも困難の末に高い報酬で満足感をあたえるにはレベル10では低すぎる。場所も中途半端ね』


 俺は遭遇したジャイアントボアという大蛇を蹴り潰しながらウェンディの言葉に耳を傾けた。


『今なら場所は無理でも修正は利くわね。それで、対策は?』

「それをリリーと話し合うのさ」


 雑談しているうちにボス部屋にたどり着いた。

 2階のボスはレッサードラゴン。

 小ぶりなドラゴンと呼ぶべきか、デカいトカゲと呼ぶべきか微妙なラインのモンスターだ。


 モンスター学上では亜竜に属し、よく飼い慣らせば騎竜にもなる。

 だが、こいつはリポップモンスター、飼い慣らすどころか顔を見た途端に襲いかかってきた。


 俺はレッサードラゴンが吐き出す炎のブレスを避け、顔面を蹴り飛ばす。

 さすがに低レベルとはいえ、耐久力に定評のあるドラゴン系モンスターを素手で一撃とはいかない。

 そのまま魔法を何発か撃ち込みトドメを刺した。


『ホントに憎たらしいくらい強いわねー、本職じゃない格闘と魔法で圧倒的ね』

「いや、レッサードラゴン以上の敵が出てくるなら素手は自信がない。三階のボスは遠慮しておこう」


 高レベルの見学をしてもすぐには活かせない。

 それに、ウェンディが漏らした『憎たらしいくらい』というのは本音だろうと俺は察した。


 これは見学である。

 お互いにムキになる必要はない。


(自分の造ったダンジョンを攻略される悔しさ、分かる気がするな)


 なんだかんだ、ウェンディも負けず嫌いのようだ。



 3階に上がると、そこは一転して光の世界だ。

 水晶のような透明の床にまばゆい照明、2階とあまりに照度が違い、目がチカチカする。


『ふふ、驚いたでしょ? ここは私の自慢なの。一筋縄ではいかないわよ』


 ウェンディが自慢するのも分かる。

 美しい輝きの回廊だ。


 なぜかリリーが『くっ』と悔しげにうめいている。


『さ、このフロアにはダンジョントラップは無いわよ。思う存分進んで頂戴』

「ダンジョントラップ『は』ないのか。注意するとしよう」


 俺はウェンディの忠告に苦笑し、回廊を進む。

 すると、モンスターがひしめく大きな部屋に出た。


 槍を持つトランプの兵隊、動く全身鎧、ラッパを吹くレッサーデーモン、いかにもなモンスターたちの隊列が20体以上だ。


『ここはモンスター部屋やモンスターラッシュと呼ばれる大部屋です。囲まれないように注意してください、数で攻めてきます』

「了解だ! 一気に行くぞ!」


 俺が勇んでモンスター部屋に飛び込むと、なぜか踏み込んだ右足が床に沈み転倒してしまった。

 脛ぐらいまでの穴が開いており、油のような液体で満たされている。


(ぐっ、コイツも……モンスターか!)


 囚われた右足に焼けつくような痛みを感じた。

 俺は足元に炎の魔法を叩き込み、穴から脱出する。


『透き通った水晶の床に穴を開けて無色のスライムで満たしたのよ。どう? 参考になったかしら』

「ああ、見事だ!」


 囲まれないために飛び出したのだが、転倒したことで完全に出遅れた。

 さすがにちょっと恥ずかしい。


 しかし、モンスターは待ってはくれない。

 好機と見たか、トランプの兵隊が俺に向かい槍を繰り出してきた。


 俺は距離をとりながらこれをかわし、様子を見る。

 ここまで凝った落とし穴を用意してあるのだ――槍に仕掛けがあっても不思議ではない。


(どうやら、モンスターの武器に特殊能力は付与されていないな。だが、問題は足元か)


 下手に動くとまた落とし穴に足を取られてしまう。

 俺は作戦を変更し、モンスターたちに包囲をさせることにした。

 少なくともモンスターが立つ位置に落とし穴はない。


 包囲の後ろからレッサーデーモンはラッパから衝撃波を放ち、動く鎧は剣を突き出して俺を牽制する。

 先ほどのスライムをふくめ、連携はないが互いにカバーする距離感だ。


 だが、そんなことはどうでもよい。

 怒りのボルテージが俺の中で高まってくるのを感じた。


(赤っ恥をかかせやがって、ぶっとばしてやる!)


 蓄積した怒りが俺の中のスイッチを切り替えた。

 完全に逆恨みだが、知ったことではない。


 俺はあえて衝撃波を受けながら接近し、剣を振りかぶる鎧を力任せにぶん殴った。

 ガインッと衝撃音を立てながら鎧はぶっ飛び、トランプの兵隊を巻き込んで倒れる。


 俺はそのまま動く鎧の剣を奪い、レッサーデーモンを頭からカチ割った。

 安物の剣は一撃でへし折れ、俺は残った柄をカラリと捨てる。


「武器もなく、罠にかかり、囲まれる! ふはは、戦いとはこうでなくてはな!」


 ウェンディは知恵を絞り、少ない戦力で俺に一泡ふかせてやれと狙っていたのだ。


(こんなに愉快な話があるかっ!)


 俺は乱戦の中で動く鎧を殴りつけ、レッサーデーモンを引き裂き、トランプの兵隊を蹂躙した。

 見つけた床のスライムも火球で炎上させる。


『今ので最後です。さすがはエドですね』


 リリーの声にふと我に返る。

 手の中にいる引きちぎったトランプの兵隊がラストだったようだ。


『やるわねー、完全に初見殺しの罠にかかってほぼ無傷。装備があったらソロで攻略されそうよ』

「いや、一張羅を汚してしまった……ここでギブアップさ。明日からの出勤で頭が痛いよ」


 たかだかレベル15~20前後のモンスターでも工夫次第で戦える……最後にこれを知ったのはデカい。


『それじゃ、マスタールームに戻すわね』


 ウェンディの言葉と共に視界が歪む。

 気がつけば、俺はマスタールームに転移していた。


「おかえりなさいエドっち。なにか得るものがあったようね」

「本当に勉強になりました。ウェンディさんの教えを受けなければ分からないことばかりでしたよ」


 俺が礼を述べると「ウェンディよ」と片目をつぶりながら訂正された。


「ああ、ありがとうウェンディ」

「どういたしまして。1度はダンジョンに招待してね」


 俺とウェンディはガッチリと握手を交わした。

 彼(?)は個性的な人物だが、経験を重ねた本物のダンジョンマスターだ。


「エド、お疲れさまでした」


 リリーもヘッドセットを外しながらねぎらってくれた。


「ああ、リリーもお疲れさま。助かったよ、俺だけだと何度罠にかかったか分からないからな」

「ふふ、クリーニングでしたら公社のそばにクリーニング店がありますよ。今からだと明日の出社には間に合わないかもしれませんが」


 リリーは俺の足元を見てクスリと笑う。

 スライムを踏み抜いた右足は膝の辺りまでネットリとした液体で濡れていた。


「参ったな、今日は服もこんなんだし、ここまでにしよう。公社の服装規定はどうなってるんだい?」

「規約には『ふさわしいもの』という曖昧な文言のみですね。エドは渉外ではありませんし、派手な服を避けてジャケットを羽織れば十分だと思いますよ」


 その十分な服が無いから困っているわけだが、あまり情けないことも言えない。


「あー、せっかくだから出社用に新調するかな。明日使いたいから吊るしになるだろうけど……どこか紳士服店はあったかな?」

「あら、なら私が使ってるアパレルのお店を紹介するわよん」


 アパレルのお店とはいまいちピンと来ないが、俺は「ありがとう助かるよ」と屋号を教えてもらった。

 うまく誤魔化して服屋を教えてもらえたのは大成功だ。


「それじゃ送るわよ。エドっち、リリー、またね」


 ウェンディに転送してもらい、公社に戻る。


「それではリリー、お互い明日までに考えをまとめておくことにしよう」

「はい。そろそろ他で書類もできているでしょうし、私はそちらに寄ってから退社しますね」


 リリーと軽く挨拶をして退社をする。

 アパレルの店、クリーニング店に向かうためだ。


 その後、このアパレルの店で癖の強い男性(?)店員が俺の服を見立ててくれたのだが……

 オススメされたのは妙に体にピッタリとしたズボンと着丈が非常に短いジャケット、これは本当にオシャレなのだろうか?


(……略礼服をもう1着作るかな)


 早く馴染みの服が返ってきてほしいものだ。

 俺はクリーニング店で早めの仕上げをお願いすることにした。

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