10話 さらばアジフライ
翌日、俺たちはタックを交えてミーティングを行うことにした。
議題はダンジョンのコンセプト見直しである。
「それじゃ、気づいたことをまとめていくか」
「はい。タックさんも現地の様子などを教えてください」
リリーの言葉にタックが「了解っす!」と元気に応えた。
実際に現地の様子を見ているのは彼女だけである。
何か気づけば教えてほしいところだ。
「そうっすねー、人里は近いっすよ! 人間とは接触してないっす! ちょっと木が繁っていて川はないけど地下水脈はありまっす! このくらいっすかね!」
彼女のいう『人里』とは開拓村だろう。
偶発的な事故以外でダンジョン設置前に人間と接触することもないだろうし、これも問題ない。
「ふうん、水が少ないのか」
「開拓村を造るくらいですから、豊かな土地ではなさそうですね」
俺は黒板に水が少ないと書き込み、リリーは手元の紙に羽根ペンを走らせている。
「実はだな……この前伝えたプランだが、修正を考えているんだ」
「ええっ!? やっぱ不採用っすか!? もう掘ってるっす!」
タックが悲鳴をあげたが、これは俺の伝え方が悪かった。
俺は改めて、タックに昨日の見学と、コンセプトの修正を考えていることを説明する。
「要はな、初心者がわざわざ都市から離れたとこに行かなくても、近場で優秀なダンジョンがあるから引き込めそうもないんだよ」
「そりゃそうっすね! 近くにあれば、わざわざ遠くまで行かないっす! あたりまえっすね!」
タックに指摘され、俺は力なく「うん、あたりまえだな」と返事をした。
頑張ったエクスタシーを与えるにはもっと強いベテラン冒険者を想定する必要があったのだ。
「そうですね……経理から書類が届きましたが、レベル10を想定してプランを伝えたので予算はDP28500が予定されています。ちょっと予算的に対象レベルを上げるには厳しいですね」
「じゃあ、ちょっと難度は軽めにして、その都市に近いダンジョンにはない特徴で勝負っすね!」
俺は「なるほど」と頷き、黒板に『予算28500』『少し軽めに』『他にはない特徴』と書き加えた。
「リリーは何かあるか?」
「そうですね……昨日のダンジョンですと、3階の水晶と光の回廊は素敵でした。内装にこだわっていいかもしれませんね」
これは俺には無い発想だ。
俺はどんどん黒板に書き込んでいく。
「しかし……素敵な内装と言われても見当もつかんな。ここは2人に任せるしかないな」
「あはは、エドさんはセンスないっす! 服も変っす!」
タックの指摘に、俺は内心で『やっぱ変だよな』と落ち込んでしまう。
(あの店員……なにが『アナタの魅力を引き出すわよ』だ。適当なこと言いやがって)
驚いたリリーが「そんなことを言ってはだめです」と
素直というか、ちょっと傷つくぞ。
「お尻のラインが丸見えで変っす! リリーさんもそう思わないっすか!?」
「ま、まあ、個性的なファッションだとは思いますけど……」
うん、この服はダンジョンの宝箱にでも入れておくことにしよう。
ちょっと傷つきながらも俺はわざと話題を変えることにした。
「モンスターも差別化を図った方がいいのかな?」
「そうですね、冒険者はモンスターから加工品の素材を採取します。試練の塔とは違う種類がいいかもしれませんね」
タックが『モンスター素材なんてレトロっすねー!』と変な感心をしている。
魔王領では安定した品質の錬金素材が普及しているが、人間は錬金術が未熟なのだ。
「素材なら鉱山はどうっすか!? 鉱山ダンジョンは人気あるみたいっすよ!」
彼女の言う鉱山ダンジョンとは、文字通りに鉱物を産出するダンジョンだ。
ダンジョンのオブジェクトで大型の鉱脈をいくつか設置すれば坑夫が常駐し、安定した生命力エネルギーの回収が見込めるだろう。
「いえ、銀鉱脈(小)でDP8000、鉄鉱脈(小)でも4000です。予算的に鉱山ダンジョンは実現不可能です」
「なら水源っす! 地下水脈があるから予算も低くできるはずっすよ!」
この意見にはリリーも感心したらしく「それはいいアイデアです」と褒めていた。
「普通は初めにモンスターを放流したりするのですが、開拓村がダンジョンを水源とする流れに気づけば、平和的にダンジョンに気がついてくれますね」
「なるほど。ダンジョンを発見してもらう必要があるわけか」
ちょっと恥ずかしいが、俺はダンジョンを開設したら冒険者が勝手にやってくると思い込んでいた。
あたりまえだが、未発見のダンジョンに冒険者が来るはずはない。
「開拓村も水が流れてくるのは嬉しいはずっすよ! みんなが喜ぶダンジョンっす!」
「なるほど、みんなが喜ぶ、か……」
俺はこの『みんなが喜ぶダンジョン』というのに感心した。
魔族が生命力エネルギーを得て、開拓村が水資源を得る……うまい共生関係になれば好循環になるだろう。
安定したら、ダンジョンを拡張して鉱脈を設置するのもいいかもしれない。
「よし、修正後のコンセプトは『うまい共生関係でみんなが喜ぶダンジョン』を目指すか」
「そうですね。タックさんの意見は素晴らしいです。落ち着いた環境で安定して生命力を獲得できることは望ましいことです」
地域密着型とでも言うべきだろうか。
大儲けできなくても堅実に生命力を獲得すればダンジョン公社のエネルギー事業の一助になるだろう。
それは大きな意味では魔族全体の利益となり、国防を担う軍のためにもなるはずだ。
つい、軍のことを考えてしまうが、俺は古巣に未練があるのだろうか。
まあ、これは仕方がないことでもある。
俺は軍人だった期間が人生の大半なのだから。
「それでは具体的な内装に移りましょう」
「水源なら自然な洞穴タイプがいいっすよ!」
女性陣がワイワイと素敵な内装を考えてくれるが、ここに俺の出番はない。
「証明はヒカリダケっす! ヒカリゴケより幻想的な雰囲気になりまっす!」
「あ、それなら迷宮部の外にも設置しましょうか。外に池を作って、洞穴と池を優しく照らすんです」
タックが「アリっす!」と大げさに喜んだ。
池の回りには妖精を呼ぶ花畑も作るとかなんとか。
「じゃあ、池は回復の泉(小)を設置するっす! 開拓村の人も怪我を治しに来るはずっす!」
「怪我が癒せれば冒険者の滞在時間も増えますね。反対側も拓いてキャンプ場にしてもらいましょう」
どうやらダンジョンの内装は水が流れ、ヒカリダケがほのかに照らす幻想的な洞穴をイメージするそうだ。
外には清らかなほとりに咲く花畑、時おり妖精も訪れる素敵スポットである。
ちなみに妖精はモンスターではなく、攻略のヒントなどを冒険者に伝えるオブジェクト扱いだ。
勝手に現れたり消えたりするらしい。
なんというか、2人とも女の子っぽいのが好きみたいだ。
「彼氏ができたら2人で来たいっす! 薄暗がりにムーディーな照明! あとは人目を避ける茂みを作って欲しいっす!」
「……そ、そうですよね……でも露骨過ぎるような」
いい香りのする野バラのオブジェクトも追加だ。
ちなみに野バラは本来なら罠扱いである。
(まあ、イチャついてるアベックが野バラでダメージを負えば生命力になるしな)
あとは罠だが、これは俺がハマったヤツを作りたい。
ダンジョン内に水を張った部屋を作り、そこの床を凸凹にするのだ。
水晶の回廊とスライムほどではないが、視認しづらい簡易的な落とし穴になるだろう。
なんやかんやと盛り上がり、ダンジョンの構造は決まった。
時刻はすでに昼だ。
「お、もうこんな時間か。昼休みにしよう。俺は食堂に行くが、タックはどうする?」
「アタシはお弁当っすね! でも社食も見たいんで、ご一緒していいっすか!?」
タックは「リリーさんも行くっす!」と強引に誘い、3人で連れだって食堂に向かった。
俺は日替わりB定食、今日はミックスフライのようだ。
リリーは小さいサンドイッチに保温水筒に入れた暖かい紅茶。
タックはデカイい金属製の2段弁当に小さな樽……こいつにはビールが入っているそうだ。
(やっぱり女の子でもドワーフだな……)
ドワーフは総じて健啖家で飲酒の習慣がある。
これは文化なので俺があれこれ口出しすることではない。
「お、揚げ物っすか! いいっすねー! ビールに合いそうっす!」
「ああ……1つやるよ」
これだけ露骨にねだられ、かわせる者はなかなかいないだろう。
タックは「悪いっすねー! 悪いっすねー!」と口では言いながら、悪びれずにアジフライをさらっていった。
ソースをどぼどぼかけたアジフライは俺の好物でもある……実に恨めしい。
こうして俺はちょっと物足りない量ながら、賑やかに昼食を終えたのだった。
■消費DP■
構造部、8000
構造手直し、300
水源(小)×2、200
岩(全体で)2600
ヒカリダケ(全体で)1700
妖精が舞う花畑、200
回復の泉(小)、1000
野バラ、50
オブジェクト破壊防止加工(全体で)、555
《合計》14605
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