69話 上 エドさんは別

 案内してくれたマルセによると、新しい建物は門の側に集中しているようだ。


 冒険者ギルドと、それに付随する酒場や小鍛冶、モンスター素材を買い取る窓口。

 衛兵の詰め所と倉庫。

 塩商人の支店には厩舎もあるようだ。


 要はダンジョン目的で集まってきた新参者たちだ。

 まだ宿屋は満足なものがないらしく、道端でだらしなく寝そべる冒険者もいる。


「すまんな、その……冒険者にはいい感情はないだろう?」

「いいえ、少し怖いですけど村の中で暴れる人はいません。安心です」


 マルセは俺を見て嬉しげにはにかんだ。


 彼女のような村人が安心できるほどに衛兵や冒険者ギルドは目を光らせているのだろう。

 だが、荒っぽい冒険者や人足が屋外で飲み食いしてる姿は気味が悪いかもしれない。


 人は寝床や食事に不足があれば荒れる。

 治安の観点からも良くない状況だ。


「あの建物がギルドか、酒場で食事もできるようだが席が足りてないみたいだな」

「そうですね、向かいの建物が塩屋さんになります。義兄さんはあそこにいるはずだから……ちょっと呼びますね」


 このマルセの申し出はさすがに「それは悪いから」と断った。

 こちらは急用ではないし、なにより公的な場所で分析などをされるのはよろしくない。

 人間の中には魔族と見るや襲いかかってくるような危ないやつも少なくないのだ。


「ちょっと座って待とうか。少し話でもしよう」


 道の脇には小汚い資材がたくさん積み上げられている。

 そこにマントをかけ、即席のベンチとした。


「これなら汚れないだろう。あまりキレイにしてないが勘弁してくれ」


 このマントはここに来る前にわざわざ踏んで汚しているが、それでも雨ざらしの資材よりはマシ……のはずだ。

 オッサンの上着なんてキモいとか言わないでほしい。


 マルセは少しためらっていたが、身を縮こませて俺の横にチョコンと座った。

 すこし恥ずかしそうにしているが、年ごろの娘がオッサンの横に座るのは気まずいのかもしれない。


「あー、この村だが……急に変化しただろう? 水が出て、塩がでて、さらに魔石も出たという。住民としては喜ばしいことなのだろうか?」


 俺の質問にマルセは「どうなのかな」と呟いた。


「ダンジョンができて、水がでてきた時は嬉しさより怖かったかな。でも、急に変わりすぎて……今はよく分からないです」


 俺は『おや?』と感じた。

 少しマルセの話し方が変化している。

 おそらく敬語に慣れていないのだろう。


 こんな田舎の寒村では礼儀にうるさいしつけもないだろうし、無理もない。


「マルセさん、できれば普段通りに話してくれないか? いつもはそんな口調じゃないんだろう?」

「えっ、でもエドさんには失礼をしないようにって」


 どうやら村長はマルセを助けたことを、ずいぶん恩義に感じてくれているようだ。


「そうか、俺は堅苦しいことは苦手なんだ。助けるとおもって楽にしてくれよ」


 俺の言葉を聞いたマルセは「ふふっ」と嬉しそうに笑う。


「エドさん、ありがとう」

「いや、こちらこそ無理を言った。村長に叱られたら俺のせいにしといてくれ」


 本来の彼女は純朴で明るい正確なのだろう。

 不逞冒険者から救い出せたことは損得抜きで良いことをしたと思える。


「ダンジョンができて毎日のご飯はかなり良くなったかな。でも村の人は防壁ができたり、よそ者が増えたのを嫌がる人もいるし――」

「なるほど、よそ者は増えただろうな」


 俺やアンも初めて訪れた時はかなり警戒されたものだ。

 慣れの問題ではあるが、今までの生活が乱されたと感じる者は多いだろう。

 人の出入りが増えても農家ばかりでロクな商家もない村では恩恵も少ないはずだ。


「あっ、エドさんは別……にぎやかになる前から来てるし、私が助けてもらったことは皆知ってるから」

「それで最近は警戒されないのか。ありがとな」


 俺が礼をのべると、マルセは「なんもなんも」と顔の前でパタパタと手を振った。

 おそらく『なにもしてないですよ』という意味だろう。


 大した話ではないが、こうした地元民の生の声は参考になる。

 村長や支部長とは違った視点の意見だからだ。


「あ、義兄さん出てきたみたい」

「本当だ。意外と早くて助かったな」


 これは本音だ。

 マルセのような若い娘――しかも人間と何を話せばよいのかイマイチ分からないからな。


 村長はすぐにマルセに、続いて俺にも気がついたようだ。


「エドさんか、よく来てくれた。マルセが案内してくれたのか」

「やあ、ずいぶん賑わってるな。驚いたよ」


 俺たちの挨拶はあまり噛み合っていないが、問題はない。

 どうやら村長も俺に用があったようだ。


「ちょうど良かった。急に色々と変わって戸惑っていてな……外の人に意見が聞きたかったんだ。時間があるなら家でゆっくりしていってくれ」

「そうだ! エドさん、今日は義兄さんの家で食事をしてくれるんでしょう?」


 そう言えば、前回は食事の誘いを断り帰ったのだったか。


(後でレオにメールすればいいか。これも業務内だろ)


 あの酷かった食事がどう変化したのか興味深い。

 俺は申し出を受け、村長の家でごちそうになることにした。

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