68話 ふてぶてしいヤツだ

「おっ、レオおはようさん。あの冒険者たち、どこまで行った?」


 朝、私室から出るとレオがモニターの前で丸まっていた。

 レオは俺の姿をチラリと見て「あおん」と億劫おっくうそうに返事をする。

 夜勤あけだし疲れているのかもしれない。


(ふうん、忙しかったのかもな)


 まあ、俺を起こさない程度には仕事をしていたのだろう。


 俺は歯を磨き、簡単に寝癖を整えた後にキッチンへ向かう。

 今日はアンが休みだが、俺とレオの食事は準備してくれている。

 何気に同列扱いされているような……気のせいだろうか。


 そこにあるのはショウユが塗った焼きおにぎりとダシ汁だ。

 そう、これは焼きおにぎりのダシ茶漬けである。


(ウマそうだなあ、ふふっ、おにぎりも温めてみるか)


 ダシ汁を鍋に移して温めるだけにしてくれてあり、俺でも簡単に支度ができる。

 そこで俺はひと手間加えてフライパンを出しておにぎりもちょっぴり焼き直すことにした。


(焦げるのはいやだな。火は小さく、じっくり焼くか)


 チリチリとフライパンの上で焼ける米の音が嬉しい。

 これを茶碗に入れ、ネギとゴマを散らしたあとにダシ汁を投入。

 こいつは朝からゴキゲンなご馳走だ。

 キッチンで行儀悪くかっこむのもまた良し……他の皆には見せられないが、こうしたざっけなさも一人飯の醍醐味である。

 

(うまかった、もうちょい食べたいが……あまりレオを待たせるのも悪いか)


 朝食をかきこんだ後、ついでと言っては悪いがレオの食事と水を皿に入れて準備は完了だ。

 ちなみにレオの食事はマグロの切り落としを煮つけて玉子とじにしたモノ……ガティートは猫舌らしく、これは温める必要はない。


「おっ、なんだ? 昨日の冒険者を録画してくれてたのか」


 レオに食事を用意すると、モニターに画像を映してくれたようだ。

 映像の中に昨日の冒険者らが確認できる。


「昨日のヤツら攻略したのか。魔石も狙い通りに持ち帰ったみたいだな」


 俺はレオに話しかけているのだが、知らん顔して食べている。

 なんと言うか……ふてぶてしいヤツだ。


「……まあいいさ。リポップもしてくれたようだし、あちらさんの警戒も緩むだろう。そうなれは1度、手土産でも持って開拓村に行ってもいいかもな」


 レオは話しかける俺をチラリと見、そのまま定位置のソファーに向かった。

 俺は「まあいいさ」と再度呟き、レオの皿を片づけた。



 その後、何度か調査隊が入りリポップの確認をした冒険者たちの警戒も解けたようだ。

 昼過ぎには見張りも半分になり、俺はコッソリと茂みの中へ転移した。


(さて、このまま開拓村へ向かうか)


 少し大回りして開拓村に向かうと、すでに完成した木製の門がピッタリと閉じている。

 同じく木製の市壁に囲まれた村の中はうかがい知ることができない。


「止まれ! 何者か!?」


 門脇の見張り台から衛兵らしき男に誰何すいかをされた。

 ダンジョンの暴走スタンピードがあったためか、ピリピリした雰囲気を感じる。


「俺はエド、村長を訪ねる予定だ。間が悪かったようだが、出直すべきだろうか?」

「エドだな、少し待て!」


 意外と衛兵にけんはなく、確認に走ってくれるようだ。


 ほどなくすると、見覚えのある男が見張り台に顔を出した。

 先日少し話した強面の男だ。


「おう、アンタか! 門を開けるから入ってくれ!」


 男の声を合図にしたのかわずかに門が開き、俺は隙間をすり抜けるように村へ入った。


「よお、アンタも運がいいんだか悪いんだか。今は暴走の真っ最中だぜ」

「む、そうかのか?」


 どうやらまだ村では暴走が収まっていないと考えているらしい


「暴走の収束とはどのように判断するんだ?」

「難しいところだが……今回は変異からの暴走のようだからな。ダンジョンが安定するまでだろうよ。幸いに今のところは落ち着いてるがね」


 これはまた曖昧な答えだが、数日は警戒するといったところか。

 こちらから終了のアナウンスができればよいのだが、それは難しそうではある。


「そうか、変異があったのか……どんな感じだ?」

「おう、今回のはスゲえぞ。新しい階層は1枚マップのデケえやつだ。1階層も2階層も小さめだから小型のダンジョンと踏んでたんだがな、コイツは驚いたぜ」


 俺は「ほう、なるほど」と相槌を打ちながら話を聞く。

 こうした利用者からの声は貴重だ。


(それにしても、小型ダンジョンか……確かにな)


 予算の都合もあったわけだが、たしかに1階層も2階層もシンプルな造りだ。

 人間にはダンジョンを測る何らかの基準があるのかもしれない。


「報酬も……いや、すぐに噂になるだろうから言っちまうが、ここだけの話だぞ。魔石が出やがった。この村は爆発的にデカくなるかもしれんぞ、ダンジョン産の魔道具と魔石があればどれだけの利益を生むか想像もできん」


 強面の男は「運が向いてきやがったな、おい」と満面の笑みだ。

 笑うと傷痕が濃くなり、凄みが増すようだ……凶相というものだろう。


「魔石か……それならば3階層の難度は厳しいのか」

「おう、なかなか手強いな。だが魔石が出りゃ苦にもならねえよ。これからは命知らずが続々と集まるぜえ」


 強面の男は「へっへっへ」と不気味に笑う。

 本人は喜んでいるのだろうが、アンが見たら怯えそうな顔つきだ。


「お話中にすいやせん支部長、次の見張りのローテの依頼ですが」

「おう、ちょっと待て……すまねえなエドさん。今は色々と忙しくてよ」


 強面の男――支部長は「魔石の件、しっかり宣伝してくれよ」と言い残し去っていった。


(……宣伝してくれよ、か)


 察するに支部長はなかなか野心家なのだろう。

 こうして旅人に噂を広めさせ、村が冒険者で賑わえば自分の影響力が増すと考えているのかもしれない。

 思わせぶりな態度も『ここだけの話』として俺を喜ばせただけだろう。


 魔王領では『ここだけの話』とは『絶対に守られない秘密』のことだとする笑い話もあるくらいだ。


 できれば赤魔法使いについても聞きたかったが、無理をするのはよくないだろう。

 いずれはギルドに顔を出してみたいものだ。


 村の入り口は真新しい石造りの建物が並ぶが、奥に入れば粗末な民家が建ち並ぶ寒村である。

 ここまで来れば衛兵も冒険者の姿も見当たらない。


(ふうん、新しい地区と完全に分離してるな。これはトラブルの種だ)


 急な変化をした村なのだ。

 それなりに歪な形になるのは仕方ないだろう。

 だが、あまり住民が分裂するのはよろしくない。


(まあ、時間が解決するかもしれんな)


 俺はそれなりに顔見知りになったようで、村人たちはチラ見をしてくるが警戒した様子はない。

 やはり、何度も顔を見せるのは大切なことなのだ。


「あらまあ、エドさんじゃないですか! 主人は出かけておりまして……少しお待ちくださいな。妹に案内させますわ」

「ああ、いえ……お構いなく。これはつまらないモノですが、ご主人とどうぞ」


 村長の家ではやはり奥さんが出迎えてくれた。

 手土産のドワーフ製の酒も喜んでもらえたみたいで一安心だ。


 それにしても家を空けて俺を残して良いのだろうか。

 魔王領では考えられない不用心さである。


 ほどなくすると村長の義妹マルセが「こんにちはエドさん」と声を弾ませてドアを開けた。

 額の汗を見るに、相当急いで来てくれたらしい。


「マルセさん、お邪魔してます」


 俺が声をかけると、マルセはキョロキョロと周囲を確認し不思議そうな顔を見せた。


「ああ、アンかな? 彼女は今日は休みなんだ」

「あ、そうなんですね。いつも一緒だったから……あ、義兄さんは塩商人のところにいると思うわ。案内しますね」


 マルセは俺を先導し、村に新しくできた施設を教えてくれるようだ。

 この願ってもない申し出に、オレはニッコリと笑って礼を述べた。

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