69話 下 不思議な男だ

「いや、驚いたな。スローターフィッシュやジャンボオイスターを燻製にするとはな。モンスターもこうなれば大ごちそうじゃないか」

「ああ、ダンジョンの上層では食品になるモンスターが穫れるんだ。塩も安く手に入るし、食事はかなり良くなったよ」


 モンスターの燻製を使ったスープや煮物などは珍しいモノではないだろう。

 だが、この不思議な旅人――エドは「ウマいウマい」と喜んで食べてくれた。

 妻や義妹に気を使ってくれたにしても客人が喜ぶ姿を見るのは嬉しいことだ。


(しかし、不思議な男だ)


 村長から見たエドは庶民ではない。

 息子たちが異国の話をせがんでも嫌な顔をせず、マルセにも紳士的にやんわりと距離をとっているようだ。

 そのふるまいには礼節や教養が垣間見える気がした。

 発音にやや訛りがあることから、この辺りの出身でないことは確かだ。


 手土産の酒は村長が飲んだことがないような上物で、察するに懐具合も悪くないようだ。

 こんな男が供も連れずに出歩く理由は村長には想像もつかない。


(理由は分からんが、これは好都合よな)


 村長は思い切って、村の内情を相談することにした。

 全く村に無関係のエドだからこそ忌憚きたんのない意見が聞ける気がしたのだ。


「実はな、少し意見が聞きたいんだが……変わっていくこの村をどう見た?」

「その口調だと褒めてほしいわけではなさそうだな。どう見た、とは難しい質問だが――」


 エドは村長の言葉聞き、アゴに手を当てて「ふーむ、どこからいくか」と考えている。

 つまりエドから見て、問題は複数あるということだ。

 その様子に、村長は答えを聞くのが怖くなった。


「この村は元の住民と新しい区画がハッキリと別れてるだろう? 時間が解決するかもしれんが、今のままでは不満が溜まるぞ」


 この言葉に村長は「うっ」と言葉を詰まらせた。


 図星ずぼしである。

 すでに村人からは不満の声が出てきているのだ。


「む、その不満だが……確かにある。防壁のせいで畑が遠くなったとか、よそ者が威張ってるとか――」

「だろうな。支部長が魔石が出たとはしゃいでいたが、あの様子じゃさらに冒険者は増える。今のままならさらに村人の肩身は狭くなり、不満は溜まる一方だな」


 エドの言葉は村長の悩みどころをグサリと突き刺してくる。

 冒険者ギルドや塩商人は土地の使用料として現金を納めてくれる……つまり村としてはたいへんありがたい現金収入だ。

 しかも現実問題としてダンジョンから身を守るためには冒険者――ガラの悪いよそ者の手は借りなければならない。


 だが、それら『よそ者』が村に滞在することが村人の不満になると言うのだ。

 出ていけとも言えぬ事情はあるが、親類縁者ばかりの村で村人の意見は無視できない。


 村長はダメ元で「思案はあるか?」とエドに訪ねる。

 すると、アッサリと「あるぞ」と答えたのだから驚いた。


「いいか、村人はよそ者が増えたことによる利益を手にしてないわけだ。村人もよそ者が金になると分かれば文句はないさ。稼がせてやれよ」

「しかし……金を稼ぐと言っても、この村には――」


 村長の言葉を待たず、エドは「あるじゃないか」と不思議そうな顔をし、杯をグイッと空けた。

 かなり強い酒だが、この男は苦にもならないらしい。


「宿屋や食堂が足りないんだよ。道端に寝転んで携帯食をかじってるヤツらが使う宿屋や食堂を村人にやらせるのさ。ギルドや塩屋で下働きの口を紹介してもらってもいいな」


 エドの意見は村長には斬新で、目から鱗が落ちるようだ。

 自分たちが商売をするなど、考えたこともなかったのだ。


「そうか、それなら下の息子らも村で養える。それはありがたいことだ」

「あと1点、こちらの方が急ぎかもしれんぞ。場所代などで金が入るなら、その金を使って兵士を雇う必要があるだろう」


 村長はこの言葉にビックリし、思わず「兵士だって!?」と声を出してしまった。

 その様子をエドに苦笑され、急に恥ずかしくなってしまう。


「村人はな、心配なんだよ。よそ者に守られていては『いざという時』に逃げてしまうかもしれない。だってよそ者は村の中に命がけで守るべきものがないからな」

「それはそうか、うん。その通りだ」


 エドは得た収入で定住したい冒険者数人をギルドに紹介してもらえと言う。


 しかし、兵士を雇うなどと言われても……村長には想像もつかない。


(この男は領地に帰ればたくさんの兵士を指揮する殿様なのだろうか)


 よく分からない男だが、この助言は的を射ている気がする。


「分かった。支部長に定住したい冒険者と……給金の相談をしてみよう」

「うん、給金には少し色をつけてやるといい。どんどん大きくなってる村の雇われ口だ。希望者は意外といると思うぞ」


 エドはあっさりと肯定するが、こちらは冒険者の扱いなんか全く知らないのだ。

 新たなトラブルの種を抱えたような気がしてならない。


「支部長と相談して、なるべく大人しそうなヤツを選ぶことかな。この村は大きくなる、遅かれ早かれ治安のために兵士は雇わなきゃならないはずだ」

「……遅かれ早かれか、そうなるのか」


 ダンジョンができて、水が湧き、塩が出た。

 よく分からないが新しく出た魔石とやらも大変なモノらしい。


(いい事なんだろうな……だが、俺たちの生活はガラリと変わった。本当に俺はやっていけるのか?)


 エドの話を聞き、不安が具体的になったことでさらに心労が増した気がする。

 村長は腹のあたりが鈍く痛むのを感じた。


「――さて、あまり長居もできないし、ここらでおいとまするよ。奥さん、マルセさん、美味しい食事をありがとう」


 エドは如才なく礼をのべる。

 村の男とは違う佇まいにマルセのみならず自らの女房までが年甲斐もなく喜んでいるのだから世話もない。

 正直あまり面白くはないが、この男ぶりなら女衆がのぼせるのも無理はないと村長も思う。


「エドさん、また来てね。きっとよ」

「ああ、今度は坊やたちにも何か土産を用意しようか」


 帰り際のエドの言葉にマルセも息子たちと大はしゃぎをし、女房がはしたないとたしなめていた。


(宿に兵士、村人の働き口か)


 村長が手元の杯をグイッとあおるとカッと強い酒精がまわったようだ。


 酒の勢いで「よし、やるぞ」と呟くと、女房に「飲みすぎないでくださいな」と嫌味を言われてしまった。

 エドと自らの扱いの差に思わずため息が漏れた。

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