70話 人間牧場と呼ばれるスタイルを目指したようです

 魔王城、エネルギー会議。


「へー、72号ダンジョンの収益が大幅に上昇しているな。さすがはホモくんだな」

「そうですね、これは階層を増やしたことと、ダンジョンの宝箱に極小魔石を混ぜたことによる効果でしょう」


 マリーはエルフ社長の報告に「うん?」と引っ掛かりを覚えた。

 魔石の輸出規制はかなり厳重のはずだ。


 これは国策なので、さすがにホモくんだからと見逃すことはできない。


「じいや、ダンジョンから魔石を産出するのはおかしくないか?」

「はい、実はこの件に関しましてはダンジョン公社から問い合わせもありましてな。結論から言えば現状では規格外の極小魔石……つまり、人工魔石を成型する時にでるカスですな。これには規制がないのです」


 内務卿の答えはマリーには意外に感じた。

 ルールの隙間をつくような手はホモくんらしくない気がしたのだ。


「ふうん、ルールの盲点をつくのはホモくんらしくない気もするな。カスでも国外に出しすぎるのは良くないんじゃないか?」

「はい、おっしゃる通り、これは妹君であるレタンクール女史のアイデアのようです。結果としてダンジョンマスターがゴーサインを出したのですからホモグラフトさんの発案とも言えますね」


 エルフ社長の答えを聞き、マリーは「そうか、リリーか」と呟く。

 2人は上手くやってるようだ。


 妹が恋人と仲睦まじいなら喜ばしいことだ。

 だが、マリーの胸のうちはモヤモヤとして晴れない。


(ルールの盲点か、結婚にもあればいいののにな)


 魔王領には様々な種族が住んでいるため、種族ごとに結婚制度はちがう。

 獣人は一夫多妻制もあるが魔族は一夫一婦制だ。


「――となりますので……陛下、ご気分が優れぬようですな? ひと息いれますかな」

「いや、すまん。もう1度たのむ」


 会議にも集中できず、内務卿に心配されてしまった。


 最近、どうもおかしい。

 長年ホモくんとはささやかな交流があったのみで、特に関係に不満はなかったはずなのだ。

 だが、その関係にリリーが加わってからマリーの心は平静を欠いている。


 ホモくんもだが、リリーは他の親族と争ったマリーにとって唯一無二の存在なのだ。

 この2人が同時に自分から離れていく状況に耐え難い寂しさを感じている。


(……やきもち、なのかな?)


 この考えに至ったとき、自己嫌悪で深いため息がでた。

 自らのモノにならぬと気づいてから惜しくなるとは……魔王ともあろう身で浅ましい話だ。


「確かに魔石が産出すれば利用者の増加、生命エネルギーの収集には効果はあろう。だが人工魔石が大量に他国に渡ることは避けねばならぬ。何らかの法整備は必要だろうな」

「そうですねえ、結果を出した72号ダンジョンに後出しで『使うな』と言うのはよろしくないでしょう。産出量の規制くらいが妥当かと」


 内務卿とエルフ社長は熱心に打ち合わせをしているが、集中力を失ったマリーの耳には入ってこない。


「ふむ、では今後はダンジョンで極小魔石を産出する場合は許可申請をするように。こちらで産出量も指定するとしよう。ホモグラフト卿にも追認する書類を出す」

「その辺りが無難ですね。基本的にはテコ入れしたいダンジョンのみ許可を与えればよろしいかと」


 マリーが聞いていても、聞いていなくても会議は進む。

 こんなものと言えばこんなものだが、自己嫌悪に陥ってるマリーは『私ってなんなの?』などとティーンエイジャーのような思考に囚われてくる。


「ホモくんの話題はそれでいい。次の議題に進めよっ」


 つい、イラついて声を上げてしまった。

 内務卿とエルフ社長は『おや?』と顔に出したが何も言わない。

 それがまた『八つ当たりしてしまった』とマリーを落ち込ませるのだ。


「陛下、やはり少し休まれたほうがよろしいようでは?」

「よい、次に進めよ」


 マリーの言葉にエルフ社長が「承知しました」とうやうやしくこうべをたれた。

 心配性の内務卿は少し眉をひそめたようだ。


「それでは次の議題に移ります。72号ダンジョンの成功をうけ、我社はより効率的なエネルギー確保を目指します。つきましては稼働率の悪いダンジョンをいくつか整理し、新たなダンジョンを――」

「ふむ、40号ダンジョンが再稼働した今なら多少の余裕はあるか。ならばこの――」


 エルフ社長と内務卿の話題はホモくんが手掛けた仕事ばかりだ。

 これでは話題を変えた意味がない。


(……ホモくんをたくさん分裂させる装置、予算を組んで開発させてみようかな。リリーと一緒にたくさんのホモくんに構ってもらうんだ)


 マリーは「やったー」と小さく快哉かいさいを叫び、数瞬後「むなしい」と机に倒れ伏した。


「うーむ、典医てんい(君主の治療をする医師)を呼ぶか?」

「気の病ですかねえ」


 この奇行を内務卿とエルフ社長は戸惑いながら観察していた。



「うへっ、これはまた……書類が多いな」

「ふふ、少し整理しましょうか。これと、これは似たような案件ですね。これと、これと、大まかに分けて3つになります」


 ある日、俺とリリーは公社から山のように来た書類と格闘していた。


 書類仕事となるとタックやゴルンは寄りつきもしない。

 レオにいたってはソファーの上でひっくり返って寝ている……いや、夜勤明けだし寝ていてもいいのだが、それにしてもスゴい寝相だ。


「ふむ、大きく分けて3つか。なら小さいヤツからいこう」

「はい、これはダンジョンから魔石を産出することに規制をかけるようですね。当ダンジョンにおいて産出を許可する旨が書かれているようです」


 驚いたことにリリーはすでに内容を把握しているようだ。


 俺は「どれどれ」と書類を受け取り流し読みをする。

 これは極小魔石の産出量をセーブし、決められた量以上を出さないようにと言うお達しのようだ。


(まあ、たしかに無制限に放出するわけにはいかんわな)


 幸いと言うか、決められた極小魔石の量は今のペースよりかなり多い。

 宝箱を無茶な増設などしなければ大丈夫だろう。


「ま、これは確認だけだな。アン、悪いけど法務のファイル……青いやつの2番目かな? ざっと目を通して後ろに挟んどいてくれ」


 俺が確認の印を押して書類を手渡すと、アンが「はい、わかりました」と素直に受け取った。

 これはパシリに使ってるわけではなく、アンにも書類作業に慣れてもらってるわけだ。


「退屈な内容だけどな、この手の書類には書き方があるんだ。何度か読んだらなんとなく覚えるから気長に慣れといてくれよ」

「それでは次ですね。こちらの方を先にやりましょう」


 メガネをかけて教師モードのリリーには容赦がない。

 手渡してくれた書類を眺めると『ダンジョン事業の整理』とある。

 これにはドキリとしたが、ウチの話ではないようだ。


「おいおい、ダンジョン廃棄か。この44号は人間の都市が衰退したのが理由だが、こっちの68号は業績不振か……せちがらいねえ」

「こちらが詳細になりますね。68号は人間牧場と呼ばれるスタイルを目指したようですが、残念ながらうまくいかなかったようです」


 リリーが教えてくれた『人間牧場』とは、冒険者をダンジョン内で拘束し、無理やり滞在ポイントを稼ぐやり方だ。


 これはこれで利のあるスタイルなのだが、この68号のマスターは少し焦りすぎたようだ。

 人間牧場と言っても、普通は来場者を厳選して数パーセントを拘束するのが関の山なのだが……この68号はかなりの割合で来場者を閉じ込めていたらしい。


 俺が見た感じ、冒険者は死亡率や利益にシビアだ。

 行方不明者が続けば当然だが寄りつかなくなる。


 このダンジョンマスターは来場者が減り、採算が苦しくなったことでさらに拉致の数を増やした。

 それによってさらに警戒した冒険者の数は減り……と、負の循環に陥ったのだ。


「そもそも、捕虜の世話は大変なんだ。このマスターは負傷によるDPを稼ぐために捕虜を虐待していたようだが、人はストレスに弱い。閉じ込められて、殴られ、回復の泉に入れる……こんな無理が長続きするわけがなかろう。むごいな」

「そうですね、DPの推移を見るに一時的には死亡による収入もありますが、最後は完全に赤字です」


 捕虜を『それなりの環境』で『衣食をあたえ』て『長持ちさせる』のは大変な人手とコストがかかる。

 少数ノ捕虜で安定した黒字を維持するには、それなりの高レベルな冒険者を揃える必要モあるだろう。


 ゆえに人間牧場タイプは深い階層を作り、奥までたどり着いた冒険者を拘束するのだ。

 新しいダンジョンが真似をするモノではない。


「なんだかこわい話です。人間牧場、私はしてほしくないです」

「そうだな、俺はする気はないよ。地域と共生してダンジョンを頼らせたほうが効率もいいはずさ。ダンジョン、冒険者、地域社会の三方得が理想じゃないか?」


 俺の意見を聞いたリリーがクスリと笑う。


「ふふ、そのエドの方針ですが、レポートにして提出してほしいみたいですよ」


 含み笑いをしたリリーが俺に最後の書類の束を差し出した。


「これは? 魔石の産出量に関してのレポートかな」

「ちがいますよ。赤字部門を整理して、新しいダンジョンを作るみたいですね」


 リリーが俺の手元をのぞき込みながら説明をしてくれる。


 やはりふくよかで高貴さをイメージさせる香りだ。

 ここまで接近することはまずないので緊張してしまう。


「そ、その新しいダンジョンとレポートが関わりあるのでござるか?」


 焦りすぎて語尾がおかしくなってしまった。

 これを聞いたリリーが「ぶふっ」と不思議な噴出音を出したが笑いをこらえるのに失敗したらしい。

 アンも「あはっ」と笑ったが、リリーは痙攣しながら顔を隠している。


 ……リリーが回復するまで、待つことしばし。


「……こほんっ、失礼しました。レポートは新しいダンジョンの参考にするそうですよ。最新の成功例としてエドの運営が認められたんです」

「そうか、それはなんだか不思議な話だな。まだ成功した実感はないが、認められたとしたらリリーや皆のおかげだな。俺はダンジョンの素人、支えてくれた参謀の実力さ」


 これは本音だ。

 俺は転職して初めてダンジョンに関わり、右も左も分からなかった。


 もし、ダンジョンの立ち上げを補佐してくれたのがリリーじゃなければ……そう考えただけでゾッとする。


 それに立ち上げだけではない。

 彼女のパイプでゴーレムメーカーも配備されたし、その働きを数えだしたらキリがないほどだ。


「ふふっ、そんなことありません。ダンジョンマスターの実力が認められたでござる・・・

「さようか。軍師どの、かたじけない」


 互いに顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


 俺だって美人に褒められれば嬉しい。

 書類仕事は苦手だが、リリーのおかげで楽しく始められそうだ。


 このやりとりを見ていたアンがなぜか「大人ですね」と照れていた。

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