104話 こういうのでいいんだよ
今日は公社、エルフ社長と面談している。
大規模な暴走作戦の成果がまとめられたファイルを社長室で渡され、簡単なやりとりをしている。
今回は全体を対象とした説明会ではないらしい。
「成果はマチマチでしたが多くのダンジョンが短期間で多発的に暴走し、都市2つは大きな被害が出ました。人間の社会に大きなインパクトは与えたはずですよ」
「ううむ……軍事機密とはいえ実際の国境の様子がわからないのはもどかしいですね」
そう、我々は民間からの協力者に過ぎず、信用に足る情報が手に入らないのだ。
報道などでは『緊張が続く』『ローガイン元帥開戦を決意』『近く休戦条約維持で合意』などととメチャクチャに私見が垂れ流しされている。
とてもではないがマトモに聞いてなどいられない。
「実際に少なくない人間側の兵が減ったようです。数などの詳細は分かりませんがね」
「そうですか……まあ、効果はあったと信じたいですね」
当たり前だが、社長の元へは俺よりは情報が入っているらしい。
ひょっとしたら正確なところも知っているのかもしれないが、機密を俺に明かすことはないだろう。
「今回の成果を受け、今後も公社は準軍事的な活動を必要とされるかもしれません。そこでですね、こんなものを用意しました」
「……緊急マニュアル、ですか」
俺がざっと目を通すと、そこには緊急転移やダンジョン機能のロックなど新システムがいくつかあるようだ。
「緊急転移先は先日廃棄されたダンジョンですか」
「まあ、そこしかなかった関係もありますが……その通りです。避難所として使用するため完全には廃棄しておりません。細かな調整は今後もしていきますよ。本当は作戦前に完成させたかったんですがね」
俺はマニュアルを読みながら「なるほど」と頷いた。
作戦開始にモタついていたのは、これを整えていたのが原因かもしれない。
(やはり下の者には分からぬ苦労があるのだろうな)
俺やゴルンは動きが遅いだなんだと散々に文句を言っていたが、それなりに理由はあったのだ。
上の事情を知らずに現場が不平を抱くのはどこも同じである。
まあ、上も現場のことは見えづらいし、お互い様ではあるのだが。
「社長、次のご予定が――」
その時、エルフ社長の側で事務用の魔道具を操作していた秘書が声をかけた。
大企業の秘書と言えばなんとなくキリッとした美人をイメージしてしまうが、残念ながらメガネをかけた神経質そうな男性である。
「ああ、せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。次のダンジョンマスターと面談する時間のようです。その資料はお持ちいただき、スタッフと共有してください」
「これは長居をしたようです。では資料は頂戴します」
俺が退室しようとすると、エルフ社長が「あ、ホモグラフトさん。また、コレ」と呼び止めてきた。
見れば顔の前でグラスを傾ける仕草をしている。
「ええ、また。コレですね」
「はい、楽しみにしてますよ」
社長がニコニコと笑っているが、神経質そうな秘書が時計をチラチラみている。
俺は「では」と軽く挨拶して社長室を退出した。
(さて、昼時だがどうしたもんかな……社食も悪くないけど、寂しい感じもするな)
実は昼前にエルフ社長との面会の予定と聞いてランチをご一緒する気まんまんだったのである。
完全にアテが外れてしまった。
(うーん、腹は減っている。こんなことならアンに作ってもらえば……いや、そうか。親父さんの店に行ってみるか)
俺やアンが軍施設の食堂で世話になった親父さんが店を出していたはずだ。
公社からやや離れており少し歩くが、幸いにして時間はある。
そうと決まればモタモタはできない。
聞いていた住所はオフィス街、ちょうど昼食時となり飲食店に人が出入りする様子が見えはじめた。
(ここか、ずいぶん賑わっているようだ)
シンプルに『めし
そこには定食や丼ものが並んでいる。
「さて、中はどうなってるのかな……」
のれんをくぐると、すかさず「らあっしゃっせー!」と威勢の良い出迎えの声がかけられた。
(おや、親父さんは……?)
チラッと厨房をのぞくと親父さんは見慣れたコックスーツで忙しそうに中華鍋をふるっている。
店内は9割がた客で埋まっており、ずいぶん忙しそうだ。
素っ気がない店内は見事に男性客しかおらず、ボリュームのある食事を楽しんでいる様子が見てとれる。
「どうぞ、お好きな席へ!」
俺が座席に困ってると見たのか、若い店員が声をかけてくれる。
適当に席につくと変わった風味の温かいお茶がでてきた。
メニューの隅っこに書いてあるメモによると、どうやらソバ茶のようだ。
気が利いている。
(うーん、ランチメニューは立て看板と同じか……ならば手堅く頂上作戦だな)
頂上作戦とは、メニューに記載されている1番上の料理を注文することである。
大体の場合、上に来るのは看板メニュー……つまり、店が『食べてほしい』と思っている名物なのだ。
「すいません、ジャンボバーグ定食」
「あいよっ、ジャンボワン!」
妙に男心をくすぐるかけ声で注文が通る。
親父さんがチラリとこちらを見たが、愛想なく目礼をしただけだ。
俺も頷き返しただけ……こんな忙しそうな時に知り合い面して声をかけるなど迷惑をかけてはいけない。
常連面して大きな顔するのは店の営業の邪魔である。
真の常連ならば店と一体化したように目立たず、風景の一部になるべきだと俺は思う。
まあ、俺は一見さんだけども。
「はい、ジャンボおまち! 熱いんで気をつけてください」
ほどなくすると、若い店員さんがお盆のまま定食を届けてくれた。
鉄板プレートに乗った特大サイズのハンバーグがじゅうじゅうと音を立てている。
つけ合わせのマッシュポテト、インゲン豆、ニンジンが色鮮やかで目にも楽しい。
パンやスープでなく、ライスと赤だしというのが心にくい。
(ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので)
ハンバーグにソースなどはかかっておらず、下味がしっかりとついたタイプらしい。
ハシを入れると驚くほど肉汁が溢れ出してくる。
「む、うまいな」
一口ふくむと思わず言葉が漏れた。
柔らかでジューシーなひき肉の中にわざと粗くひいた大きめの肉塊が混ざっている。
これにより『肉を食べてる感』がすごい。
ハンバーグ自体の味つけはスタンダードなものだが、実に白飯がすすむ。
付け合わせのマッシュポテトやニンジンも控えめながらいい働きだ。
(赤だしも……なんというか、ホッとする味だな)
麩とワカメだけのシンプルなミソ汁だ。
初めての店だが、なぜか懐かしい。
「よお、よく来てくれたな」
いつの間にか近づいていた親父さんがカウンターの内側から声をかけてくれた。
忙しいのに気を使ってくれたのだろう。
「こっちに来る用があってさ。繁盛するのも分かるよ。便利な場所だし、また来たくなる味だ」
「ありがとよ、おかげさまで場所はいいんだが、家賃が高くてなあ。ゆっくりしてってくれ」
親父さんは「サービスだ」とアイスコーヒーを置いて、そのまま厨房に戻った。
実に素っ気ないが、忙しい時間帯に店主と話しこむのはおかしいし、このくらいがありがたい。
ちょうどいい客あしらいだ。
コーヒーを飲み、店内を見渡すと近くのオフィス街で働く勤め人が早い回転で出入りしている。
国を支えるサラリーマンの前線基地って雰囲気だ。
「さて、お勘定を……」
「おおきに、880です!」
会計を頼むと、その安さに驚いた。
880魔貨でコレなら繁盛するはずだ。
すこし経営が心配になる値段設定である。
「うまかった、また来るよ。親父さんによろしく」
「おおきに、親父のお知り合いでしたか」
このやりとりには『おや?』と感じた。
すこし
気にしてみれば面影も似ている。
(ま、色々あるのかもな)
むやみに他人の事情を詮索するのはよくないし、営業の邪魔をする理由もない。
親父さんの店は安くてうまい、これでいいのだ。
「ありがとう、今度は知り合いと来るよ」
「おおきに、お待ちしてます!」
感じのいい若者に見送られて店から出る。
今度はエルフ社長と来るのもいいかもしれない。
俺はふり返り、看板を眺める。
(……めし処か、これが屋号なのかな?)
あまりに素っ気ない屋号、親父さんらしくていいじゃないか。
俺は満足してダンジョンへ戻った。
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