105話 ボクたち、どこかで会ってないかな

 公社経由でダンジョンに戻る。

 今日はリリーが休みだ。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま。さっき親父さんの店に行ってきたよ。ずいぶん繁盛してる様子だったな」


 出迎えてくれたアンに「皆で読めるようにコピーしといてくれ」と資料を手渡した。


 コピーは雑用かもしれない。

 だが、雑用とは『重要度は低いが誰かがやらねばならない仕事』である。

 今どき新人に雑用をさせると『徒弟制度が残る古臭い体質』と言われるかもしれないが、職場や仕事を理解するには必要なことだと俺は思う。


「いくつか種類があるから混ざらないようにな」

「はい、わかりました」


 雑用1つでも職員の人となりは見えてくるものだ。

 つまらない仕事でも丁寧にしていれば『他の仕事も任せようかな』と思うのが人情である。


 その点、アンは色々と任せたくなる素直さだ。


「大将、ちょっといいか」

「ん、何かあったのか?」


 ゴルンが割り込むように声をかけてきた。

 これはちょっと珍しい。


「おう、4階層に侵入した冒険者がいてな。ハーフ・インセクトが撃退したが、被害が少なくねえんだ」

「む、ついに階段を見つけたか。記録映像はあるか?」


 俺が訊ねると、ゴルンは「コイツらだ」とすぐにモニターを操作した。

 すでに準備をしていたらしい。


「5人――いや、1人は荷物持ちポーターか。専門で雇うとはかなりのパーティーだな」

「おう、なんと平均レベルで34だぜ。それに見覚えのある顔がいてな」


 画像を確認すると、たしかに見たような顔の美人がいる。

 キリッとしたツリ目で短く整えた赤い髪が印象的だ。


「はて、どこで見たんだったかな……知った顔のようだが」


 どうにもハッキリしないが、ここまで印象的な外見びじんである。

 ひょっとしたら一方的にどこかで見かけたのかもしれない。


「……コイツな」


 ゴルンはむさいヒゲの冒険者を指差した。

 剣とクロスボウを背に下げているところを見るに前衛も後衛もこなすオールラウンダーのようだ。

 だが、こっちはまるで記憶にない。


「コイツか……誰だっけ?」

「他の冒険者に殺されそうになってたヤツ(32話参照)だな。しばらく見ねえうちに腕をあげてきたようだぜ」


 どことなくゴルンは嬉しそうだ。

 俺としても1度離れた冒険者が、実力をつけて戻ってきてくれたことは本当にありがたい。

 覚えてないけども。


「いしし、エドさんはコッチの美人が気になるみたいっす! 『ボクたち、どこかで会ってないかな?』とか古臭いテクニックっすね!」

「いや、そうじゃなくてな。本当にどこかで知ってる顔なんだよなあ……うーん、ここまで高レベルなら皆の記憶にもあるだろうし、ダンジョンじゃないのかもな」


 記憶のどこかで引っかかりがあるが出てこない。


(レベル30以上……冒険者としては凄腕だな。こんな冒険者を忘れるとは思えんが思い出せん。他人の空似もあるか)


 かゆいところに手が届かないような気持ち悪さだ。


「ひょっとしたら軍関係かもしれねえぜ。冒険者としちゃ滅多に見ねえレベルだが、軍関係ならままいる実力者ってやつだ。どこかの戦場で見ても不思議じゃねえだろ」

「うーん、たしかにありえるが……見た感じ若そうだしなあ」


 映像の冒険者たちはあっという間にダンジョンを攻略し、4階層への隠し階段を見つけたようだ。


「すごいな『第六感』『看破』『未来予知』のスキルか。破格の高性能レーダーだな」

「おう、このパーティーはダンジョン泣かせだぜ。探索力が半端じゃねえし、戦闘力もかなりのもんだ」


 4階に下りた冒険者らは、ハーフ・インセクトの巣へと足を踏み入れる。

 そこはドローンタイプが守る保安室だ。


 ドローンは冒険者からはぎ取った武器や防具を身に着けており、とにかく数が多い。

 それが保安室に配置されたオフィサーの指揮で一糸乱れぬ動きを見せた。


 対する冒険者らは荷物持ちを下げて先ほどのレーダー役の魔法使いを守るように布陣している。

 この魔法使いはレベルのわりに極めて強力な閃光系の魔法を使っていた。

 彼女がパーティーの切り札なのだろう。


 両者は陣形を保ったままに接触し、激しい戦いが始まった。


 冒険者は重装備の槍士が前に出て多数のドローンを相手取っている。

 その左右を固める赤毛の美女とクロスボウ持ちがスイッチしながら戦線をコントロールしているようだ。


(見事な戦いぶりだ。囲まれないように上手く動いているな)


 ハーフ・インセクトは数こそ多いがレベルに差がありすぎる。

 まともに戦えば互角にやり合うにはレベル差は1割までとするのが常識だ。

 もっとも、戦術や装備で覆るので一概には言えないが、レベルの差による単純な出力の違いは大きい。


 インセクト・ドローンはレベル18、オフィサーは25だ。

 オフィサーが後方からドローンに身体強化バフの魔法をかけているようだが、時間稼ぎにしかならないだろう。

 今のところは釣り合っているが、このままだと早いうちに均衡は崩れる。


「持ちこたえてるのは群体の強さだな。ドローンの動きがいい」

「おう、ハーフ・インセクトは敵が強くても怯まず、味方が倒れても顧みねえ。兵隊としては最高だぜ。だが、問題はこっからよ」


 ゴルンがモニターを操作し、後衛の魔法使いをアップにする。

 すると、魔法使いは短剣に魔力を集中させ、一気に放出した。

 短剣から魔力光がほとばしり、保安室に火柱が立つ。


「なんだ!? 魔道兵器か!?」

「いや、どうやら火球ファイヤーボールだな。ステータスに魔力異常とあるが、コイツは国が違えば魔法団長からスカウトがくるぜ」


 爆発的な火力は容赦なくハーフ・インセクトの群れを飲み込み焼き尽くしていく。

 その威力は俺やゴルンでもマトモに食らえばタダでは済まないだろう。


「これはやられたか、オフィサーが倒れては――」

「いや、早合点はよくねえぞ。こっからがスゲえのよ」


 ゴルンの声を合図にしたように、残されたドローンが冒険者たちに殺到した。

 もはや連携や隊列などはなく、ひたすら無防備に駆け寄るだけだ。


 当然、接敵する順番に斬り捨てられていく。

 だが、ドローンたちの勢いは止まらない。


「消耗狙いか……? いや、冒険者が退いた」

「おう、圧に耐えかねたな」


 そして、冒険者たちが保安室から退いた瞬間、それは起きた。

 ドローンたちが折り重なるように通路を塞いだのだ。

 無論、ドローンたちもただではすまず他の仲間に押しつぶされ次々に圧死する。


 ぎゅう詰めになって動かなくなるドローンたち、この怨念じみた迫力を食らえばトラウマになりそうだ。

 そのむくろが通路を完全に封鎖するまでさほど時間はかからなかった。


「これは……ハーフ・インセクトは群体になれば驚異度が跳ね上がるとは聞いていたが言葉もないな」

「おう、ここまで個を捨てるとはな」


 冒険者たちも肝を潰したらしく、そのまま引き上げるようだ。


 ハーフ・インセクトはレベル差のある冒険者にひるまず、これを撃退した。

 結果として防衛戦力を失ったが大勝利だ。


(ハーフ・インセクト、これはすごい戦力だな)


 ハーフ・インセクトを推薦したのはリリーである。

 俺はその見識に舌を巻いた。


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