121話 バケモンでも大歓迎さ

 ダンジョン公社、社屋前大通り。


 1人の兵士が走る。

 反乱軍により戒厳令が布かれ、ひっそりとした町並みにそれは異質な存在だった。


「まて、どこの部隊の者か!? 負傷をしているな?」


 公社を占拠する部隊の兵が誰何すいかした。


 見れば先ほどの兵は負傷をしているようだ。

 兜がひしゃげ、胴のあたりにも血で汚れている。


「裏切りだ! 降下した敵に呼応、した第2……の連中が、本営に伝令を――」


 それだけを口にし、負傷兵は力尽きたように道路に倒れ伏した。


「おいっ、裏切りとはなんだっ!」

「しっかりしろ、どこで交戦したんだっ!?」


 数人の兵が負傷兵を救助しようと駆け寄るが、それは叶わなかった。

 負傷兵の後ろから続々とモンスターが、それもデーモン種と呼ばれる存在が続々と現れたのだ。


「敵襲ーッ!!」

「警報鳴らせーッ!!」


 兵士はモンスターとの戦いに向いた訓練も装備もない。

 つまり、相性が悪いのだ。


 この哀れな兵たちは4本腕のレッサーデーモンに囲まれ、すり潰されるように討ち取られた。

 そこからは公社を占拠していた部隊を巻き込み乱戦だ。


 けたたましく警報が鳴り響き、周囲の部隊も駆けつける。

 しかし、先ほどの『裏切り者』という言葉がチラつき、兵たちは援軍を警戒して近づけることをためらった。

 これが混乱に拍車をかけることとなる。


 反乱軍は決して一枚岩ではない。

 以前より計画に携わっていた者ばかりでなく、利で雇われた者や、上官に従うように命ぜられた者、事情を把握できず場当たり的に参加した者も多かった。

 そうした事情が混乱を招いたとも言える。


 そして、その発端となった負傷兵はすでにいない。

 さりげなく、誰にも気づかれぬように喧騒を離れ、公社の裏口から内部の様子をうかがっていた。


「こちらはエステバンだ。公社への潜入に成功。これよりシステムの回復を試みる」


 鎧兜を脱ぎ捨て、身軽になった負傷兵、その正体はエステバンだ。

 彼は体力、武術、魔法ともに優れた資質を持つが、それ以上に百戦錬磨の経験の持ち主だった。


 そう、彼は狐のエステバンと呼ばれる古強者なのだ。



 一方、魔王城庁舎付近。


「よし、一気に走り込め! このまま目標へ向かうぞ!」


 俺たちは庁舎を占拠する敵兵を相手取りながら時計台を目指して駆ける。


 種族の特性として足が遅いゴルンとリーチのある槍を振り回すドアーティが殿しんがりだ。

 戦いつつ退く殿は経験と度胸が必要なのだが、ゴルンは言わずもがなドアーティの動きもいい。


「こんのっ、ナメんじゃないよ!」


 サンドラが敵兵の槍を剣で受け流し、そのまま踏み込んで盾で殴りつける。

 強力な一撃は兜の上からでも敵をひるませ、サンドラはトドメとばかりに股間を蹴り上げていた。


(うはっ、アレは痛いぞ)


 敵ながら男として同情してしまう。

 俺は玉がヒュンと縮みあがるのを知覚した。


 おそらく、レベル的にサンドラチームと一般兵士は大差ないだろう(ややサンドラたちが上か)。

 だが、サンドラたちのケンカ殺法じみた動きは兵士を翻弄ほんろうするに足る働きを見せている。


「ぎゃあー、やられたっ!? いや、やられる? 痛え! やっぱりやられてるっ!?」

「走れローガン! ここは引き受けた!」


 俺はローガンの尻を突いていた敵兵の槍を切り割り、続けざまに逆の剣で首をはねた。

 同じ魔族ではあるが、反乱に与して戦うならば武人同士。

互いに手心は非礼である。


「そこをどけっ! お前らが相手をしているのはホモグラフトだぞっ!!」


 俺は大喝し、先頭の敵兵の頭を兜ごとぶち割った。

 無惨に殺すことで敵を怯ませ、その隙に走るのだ。


「ぎゃあー! こっちくるんじゃねえ! 戦うのはあっち! 俺はムリだって!?」


 ローガンが大騒ぎしながら走るが、目だつことで見事に敵の狙いを俺たちから分散させている。

 レベルこそ低いが、彼の戦術眼は侮れない。


「うおおっ、開かねえ!? 扉が開かねえよ!」


 いち早く時計台にたどり着いたローガンだが、時計台の扉が施錠されていて開かないようだ。

 ガチャガチャとノブを回しながら鉄扉を押したり引いたりと大騒ぎだ。


「想定内だ! サンドラ、解錠できるか!?」

「やってみるよ、大丈夫だと思う!」


 サンドラが扉に取りつき、俺たちはそれを囲むように布陣する。

 解錠できなければゴルンに殴って破壊してもらうつもりだったが、扉があるほうが防衛には都合がいい。


「ゴルン、前に出て蹴散らしてくれ!」

「おうさ、巻き込まれんなよ」


 敵の中に大きな盾と鎧に身を固めた重装兵の部隊が追いついてきた。

 ゴルンは戦鎚を頭上で大きく弧を描くように勢いをつけ、それを思いきり重装兵に叩きつける。

 唸りをあげる戦鎚は金属の盾と衝突し、ガシャーンと交通事故のような音とともに重装兵はぶっ飛んだ。


「ほうれ、そっちに行くぞ」


 ゴルンはそのままの勢いを減じることなく戦鎚をぶん回し、次々に重装兵をぶん殴っていく。

 盾も鎧もお構いなしだ。

 そのたびにガチャンガチャンとにぎやかに衝突音が鳴り響き、敵が比喩ではなくぶっ飛んでいく。

 まるで人間ベースボールだ。


「ヒエッ、すんげえ! なんだありゃ!?」

「ゴルンはレベルも高いが凄まじい怪力だ。尋問では敵の肉を指でちぎり取るのさ、逆らうのはオススメせんぞ」


 ドアーティは槍を振るいながら、俺は飛来する矢や魔法を防ぎながら世間話をする。

 このドアーティも腕はそこそこだが胆のすわり方が並ではない。


「味方ならバケモンでも大歓迎さっと! まだかサンドラ、敵が増えてきたぞ!」

「もうちょい、いけそうだよ!」


 ドアーティの声に答えたサンドラだが、次の瞬間「よし、開いたっ!」と歓声をあげた。

 重そうな鉄扉がギギィと軋みながら開いていく。


「よし、ゴルンッ! こっちだ! ローガンは倒れた敵を引っ張ってこい、人質だ!」


 俺の声を聞き、ゴルンは「あいよおっ」と戦場に似つかわしくない間の抜けた返事をした。


「へっ、人質とはいいや。うまい手だ」


 ローガンは動かなくなった兵士を2人、片手ずつで引きずり回収する。

 モタモタとした動きだが、俺とゴルンが目を光らせているため敵も手出しはできないようだ。


「なかなか行儀がいいじゃねえか。ほんじゃ、いい子にはプレゼントだ」


 ゴルンは連ねて腰から下げた手斧を1つ抜き、振り返りざまに投擲した。

 力みも狙いもない、軽い動作だ。


 あまりにもさり気なく、自然に放り投げたそれは、まるで吸い込まれるようにストンと敵兵の胸に突き立った。


 レベルとは、人によってある程度の上限がある。

 ゴルンのレベルは57。

 魔王軍でもかなりの上位クラスではあるが、いないわけではないレベルである。


 しかし、鍛え上げられた個人のスキルは違う。

 ゴルンは超人クラスの鎚術と投擲術に加え、才能ギフトとして怪力を持っている。


 その力は経験と相まり、無類の力を発揮するのだ。

 そう、鉄血ゴルンは魔王軍屈指の実力者と呼ばれる存在なのである。

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