115話 最悪の話があります
転移した緊急避難先は元廃棄ダンジョンとは思えぬほど明るく、オフィスのような雰囲気だった。
そして意外なことに大勢の人がいる。
「あっ、マスターホモグラフトですね。72番ダンジョンでもやはり――」
なにやら公社関係者のらしき女性が声をかけてきたが、職員がいるのなら話は早い。
「すまん、負傷者だ。回復薬で応急処置は済ませているが失血で意識がない。危険な状態だ」
「――ッ!? はい、すぐに案内します。こちらにどうぞ!」
俺の言葉を聞いた職員はタオルにくるまれたサンドラを確認し、すぐにベッドのある個室へ案内してくれた。
「すぐに治療できる者が来ますから、ご安心ください」
「助かります。よろしくお願いします」
俺たちに一声かけ、職員はすぐに部屋から出た。
ここは医務室などではないようだが、とにかくケガ人を休ませる場所を提供してくれたのだろう。
こうした機転を利かしてくれたのはありがたい。
「体温が低下しているな……あまりよくない」
俺はサンドラの手を取り、ひんやりとした感触に驚いた。
脈はあるが、少し弱々しい。
「は、はわ、手を握って……? イケメン上司と仲が深まってから元カノの登場……レディースコミックのまんまですう」
アンが混乱しているが、重傷者を間近に見れば仕方ないだろう。
眼元を隠しながらも指の間からこちらを観察しているようだが、意味がわからない。
「ホモグラフトさん、やはりそちらも襲撃を受けましたか」
「社長? なぜこちらに……」
ほどなくすると、慌てた様子のエルフ社長がノックと共に入室してきた。
避難先に社長までいるとはいよいよ何かがおかしい。
「話は後にしましょう。まずは負傷者を診ます。私は2級医療士の講習も受けてますから」
「助かります。状態としては――」
俺はエルフ社長にグロスに斬られたこと、上級回復薬や痛み止めを使用したことなど、できるだけ細かく説明した。
その間も社長は脈をみたり血圧を測ったりと手際よくサンドラの容態を確認していく。
ちなみに2級医療士とは開業医などにはなれないが、1級回復士の元で医療行為をおこなう資格者だ。
または災害や軍事行動中、または過疎地帯などの非常事態や医療機関がない地域で救護施設などの開設も認められている。
多くの人命に関わるので、狭き門の難関資格と言えるだろう。
「傷口は問題なし、早い時期での回復薬が利いてますね。蘇生薬と輸液で対処すれば大丈夫ですよ。さ、ホモグラフトさんたちは部屋から出てください。後ほど私も向かいます」
「すいません、よろしくお願いします」
社長は俺たちを部屋から追い出し、部屋全体に浄化の魔法をかけていた。
ここは任せておけば大丈夫だろう
そのまま俺とアンは職員に案内され、ロビーのような場所で待機となった。
やはり意外なほどダンジョン関係者や公社職員と思わしき人が多く、そのいずれも緊迫した表情で忙しく動き回っている。
(やはり何かトラブルのようだ。念のためにアンは先に帰らせるか……?)
魔王城と通信不能だとリリーが言っていたが、そのことかもしれない。
「アン、ひょっとしたらサンドラのパーティーが待ってるかもしれない。もう大丈夫だと伝えてきてくれるか」
「は、はい。エドさんは冒険者さんとお話ありますよね」
なぜかアンは「大人ですね」などと照れているが、リリーはサンドラのこと知っているし大丈夫だろう。
たぶん。
「やあ、お待たせしました。おや、アンさんはお戻りですか?」
「ええ、先ほどの女性は顔見知りの冒険者なのですが、私とダンジョン荒らしの戦闘に巻き込まれて重傷を負いました。容態を知らせたいと思いますので先に帰らそうと思っています」
俺の言葉を聞き、社長は「なるほど」と頷いている。
もちろん、これはかなり問題のある行動だ。
部外者、それも人間をここまで引き込んだ以上、現場責任者の俺はなんらかのペナルティを負ってもしかたないだろう。
「まあ、その辺りは非常事態ということもあります。魔族のテロリストに巻き込まれてと言うのはミスやエラーではなく不可抗力でしょう」
「ありがとうございます。ですが、なんらかの問題が起きれば私の責任です。当然、彼女にも誓約や記憶除去などの処置も必要かと。しかし、テロリストとは……?」
社長がダンジョン荒らしの存在は知っていたとしても、テロリストと言うのはやや違和感がある。
「ホモグラフトさん、今のこの場の状況を見て何か気づきましたか?」
「そうですね……緊急避難先なのに人が多くて忙しそうです。トラブルでしょうか?」
エルフ社長は「トラブルですね。とてつもないトラブルです」と、こめかみに人差し指を当てて頭痛をこらえるような仕草を見せた。
かなり苦しい状況のようだ。
転移ポイントでアンを見送り、社長と俺は少し場所を変える。
先程のロビーとは別の広い場所だ。
ガランとした空間に椅子とテーブル、自動販売機が並んでいる。
「ホモグラフトさん、コーヒーでいいですか? 微糖のしかありませんけど」
「あ、すいません。お気づかいなく」
自動販売機の紙コップ、最近はフタまでついてくるらしい。
社長は適当な場所に座り「どこから話したものですか」と深くため息をついた。
「ホモグラフトさん、悪い話、もっと悪い話、さらに悪い話、最悪の話があります」
社長は不穏なことを言う。
悪い話しか選択肢はないようだ。
さすがに言葉遊びをする気にはなれない。
「では、順に聞いていきます」
「そうですね。現在、少なくとも17ヶ所ものダンジョンが同時にダンジョンブレイカーを名乗るテロリストに襲撃され15ヶ所が緊急ロック、もしくは破壊されました。魔王城はエネルギーが絶たれて都市機能がダウンしています」
俺は思わず「やられたな」と呟いた。
グロスが口にしていた計画とは、魔王城へのエネルギー遮断を狙ったダンジョンへの同時攻撃だったのだろう。
ダンジョンブレイカーとはグロス個人ではなく組織の呼称のようだ。
「では、魔王城へのアクセス不能もそれが原因ですか?」
「それもあります。では次、人間の軍と大規模な衝突が始まりました。先のテロ攻撃と連携していることは明白です」
これも特大のネタだ。
現在、軍は大きく人間の国、獣人の国、魔王城近郊の軍事基地に別れている。
人間の軍と戦うキスギ司令は決して弱くはないが、魔王城が混乱していてはローガイン元帥が率いる中央軍の支援も遅れるかもしれない。
万全とは言い難いだろう。
「どんどん悪くなりますよ、次は魔王城の陥落です」
「はあっ!? 一体なぜ……そうか、謀反ですか?」
守りの固い魔王城がいきなり陥落とは、外部からの攻撃ではありえない。
考えられるとしたら中央で兵権を握るローガイン元帥の謀反くらいしかありえないではないか。
「さすがですね、半分は当たりです。反乱を起こしたのは先日脱走した王族のドワルゲスです。もともと8年前の反乱以前にも影響力がありましたが、拘束された後も残党が活動していたようですね。彼らは各所で一斉に蜂起し、魔王城を短時間で占拠しました」
俺は「あっ」と小さく叫んだ。
グロスは『俺の今の主は反乱軍の首魁ドワルゲス様だ』と言っていたではないか。
もともと反乱軍はエリートが多く、作戦の立案能力や交渉力が高い。
おそらくは人間の国を抱き込み、何年も前から準備していた計画なのだろう。
魔王城でも時間をかけてシンパを浸透させていたに違いない。
「おそらくはここ数ヶ月の魔王陛下の不在を衝いたものですね。ひょっとしたらスキャンダル報道を仕掛けたのも彼らなのかもしれませんよ。してやられました」
この言葉は効いた。
相手に見せた決定的な隙、これは俺が原因なのだ。
「まだ続きますよ。魔王陛下の安否は完全に不明です。魔王城にいた近衛隊と魔法団が護衛しているはずですが、激しい戦闘もあったようですし状況が分かりません。我々は公社も占拠されたために緊急転移で避難してきたところです」
社長は「新システムとこの施設がなければ危うかったですよ」と苦笑いしているが、事態は極めて深刻だ。
「現在、魔王城奪還のためにローガイン元帥が動いているようですが、魔王城は難攻不落です。ドワルゲスも王位を狙っているのなら後の影響を考えて玉体(君主の身体)は害さぬとは思いますが……魔王城のことは全て不明です」
ぐうの音もでない。
魔王城、方面軍ともに封じ込める完璧な攻撃だ。
あとは議会や貴族らが魔王陛下の廃位とドワルゲスの即位が承認すれば――これは武力で承認されるだろう。
ナイフで脅され『従えば地位は約束する』と言われれば抗えるのはよほどの豪の者だけだ。
「時間が経てば敵を利するだけです。リリーなら我々には知りえない魔王城のことも分かるはず、救出作戦を練りましょう」
「無論、できることはやりましょう。ですが、今はローガイン元帥とのコンタクトと魔王城へのアクセス復旧で職員は動いています」
ここでエルフ社長はニヤリと笑い、言葉を溜める。
なにやら悪巧みでも思いついた顔だ。
「適材適所といきましょう。こちらは情報収集につとめ、ローガイン元帥と協調する手を考えます。救出作戦はホモグラフトさん、あなたに一任します」
「承知しました。実現可能な方法を探っていきます」
俺の言葉を聞き、エルフ社長は嬉しそうに「公社は協力は惜しみません」と頷く。
こうして、ダンジョン公社による魔王様救出作戦が始動したのだ。
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