114話 いい度胸だな

 塩の洞穴4階。


(なんだったんだ、サンドラはどこへ消えたんだ)


 サンドラと男が消えたのち、部屋には赤魔法使いの仲間を拘束するヤクザドワーフのみが動く奇妙な静寂が残った。


 オグマや仲間たちは眼前で起きたできごとに理解が及ばず、一言も発することができない。


 おそらく赤魔法使いも、男も、転移の魔道具を用いたのだろう。

 それはオグマにも分かる。

 転移は一生お目にかかることもないような魔道具ではあるが、存在は広く知られているからだ。


 だが、なぜ赤魔法使いらダンジョンブレイカーとヤクザドワーフらが戦っていたのか。

 ヤクザドワーフとエドという男は仲間なのか。

 対立しているとして、なぜ彼らはわざわざダンジョンの深部でまみえたのか。


 考えだせば理解できないことばかりだ。


「おい、ここにいると、そのうちハーフ・インセクトがでてくるぞ。やることねえなら帰れ」


 ヤクザドワーフが動けずにいたオグマたちをに声をかけてきた。

 それは彼を知るオグマにとって恐ろしいことでもある。


 つい、ビクリと身構えてしまった。


「斬られた女はウチの大将に任せておけば悪いようにはならねえよ。このまま帰るなら女の容態は開拓村まで知らせてやる」

「帰れないでやんす! このまま引き上げたら会えなくなるでやんす!」


 リンはヤクザドワーフの言葉を拒絶し短剣を構える。

 何やら勘が働いたようだ。


「待て、リン。そちらさん――察するところ事情をご存知のようだが、少しでも説明してくれないか? このままじゃ若い衆が治まらないんでね。ハーフ・インセクトとはここに出る亜人のことかい?」


 ここでドアーティがリンを制する形で前に出た。


 これには『うまい』とオグマもうならずにはおられない。

 わざと『答えやすそうな質問』を問いかけることで会話の糸口を探っているのだろう。


 ドアーティらしい曲者ぶりだ。


「ふん、その質問の答えは『そうだ』だ。アイツらはハーフ・インセクトと呼ばれている」


 このヤクザドワーフの答えが呼び水となったのか、奥からハーフ・インセクトとやらが姿を見せ始めた。

 どうやら拘束された男を狙っているようだ。


「まて、コイツはこちらで預かる。それと話があるんでな、しばらく引っ込んでいてくれ。武器は持ってけ」


 信じがたいことに、ヤクザドワーフの言葉を理解したのかハーフ・インセクトは剣や防具だけを回収し奥の部屋へと戻っていく。

 これにはオグマも驚かざるをえない。


(なんだと!? ダンジョンモンスターを、亜人を使役しているのか!)


 モンスターを使役する『テイム』と呼ばれるスキルは存在する。

 だが、ダンジョンモンスターは基本的にはテイムできない存在だ(例外はあるそうだが)。

 さらにモンスターの知性が高くなればなるほど難度が上がると言われており、亜人のような存在をテイムするのは至難の技だろう。


「オイオイ、参ったね。いざとなれば数をたのんで……とも考えていたが前提が崩れた。数でも負けてるわ」

「ああ、それは無理だ。どうにかなったとしても他の者が倒れては意味がない」


 ドアーティのぼやきにオグマが応じる。


 結局、ここは法の及ばぬダンジョンの中だ。

 単純な暴力以上の交渉材料などはない。


「オイラは帰らないでやんすよっ! あの男はどこに消えたでやんすか!? 返答次第ではそこに乗り込むでやんす!」


 怯む男たちを尻目に、リンが前に出てヤクザドワーフに詰め寄る。

 今にも襲いかかりそうな剣幕だ。


 ヤクザドワーフはいかにも不思議なモノを見るようにアゴヒゲをなで「ふうむ、どうしたもんか」と呟いた。

 案外、本気でリンに困っているのかもしれない。


「こちらにもあまり大っぴらにできない事情はあるんだがなあ。聞いたら嬢ちゃんらもタダでは帰せなくなるぜ。その覚悟はあるのか?」


 この言葉を聞き、オグマとドアーティは思わず顔を見合わせた。

 意外にも、ヤクザドワーフはこちらに選択肢を与えてくれるようだ。


「リン、そのままでは話し合いもできんだろう? 第1は安全、第2にサンドラのゆくえだぞ。アチラさんと戦うことが目的じゃない。それはどうしようもなくなってからだ」


 ドアーティがリンの肩を軽く叩いてなだめる。

 その言葉にはオグマも同感だ。


「サンドラが心配なのは分かる。だが、戻ってきた時リンがいないような事態になっていればサンドラは悲しむ」

「オグマの旦那の言うとおりだ。とりあえずは剣を納めてくれ」


 2人がかりの説得により、リンもしぶしぶ「後は任せるでやんす」と引っ込んだ。


 このパーティーでは大物食いジャイアントキリングと呼ばれる格上殺しが成せるのはリンの火力しかない。

 戦いの可能性がある以上、彼女を後方に下げれたのは幸運だった。


「んで、どうすんだ? 退けばよし、追撃はしねえよ。突っかかってくるなら容赦はしねえ」

「いや、聞かせてくれ。事情とやらを」


 ドアーティが大胆にも踏みこんでいく。

 そこに驚きはあるが、オグマもリンも黙って見守っている。


「もうサンドラ――さっきの女のことだが、すでに『事情』とやらに巻き込まれてるんだろ? なら見捨てることはできないからな」

「ふうむ、そうきたか……ふうむ」


 この提案にヤクザドワーフも驚いたようだ。

 しきりに口ヒゲをしごいてうなっている。


「それは構わねえが、武器は預からせてくれ。こちらには戦えねえ者もいるからな」

「分かった、いきなりズバッとやらねえでくれよ」


 ドアーティが槍を床に置くと、オグマもそれに倣い剣帯を外した。

 クロスボウも同様だ。


(向こうがその気なら戦っても逃げても殺られる。ならば賭けるだけか)


 熱くもないのにオグマの額はびっしりと汗をかき、寒くもないのに指が震える。


 丸腰で敵地に乗り込むのだ。

 捕虜になるのと変わらない。

 たまらなく怖いのだ。


「ほーう、いい度胸だな。できる限り悪いようにはしねえよ」


 ヤクザドワーフはニヤリと笑う。

 凄まじい笑みだ。


 後ろでローガンが小さく「帰りてえ」とベソをかいた。

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