124話 楽しいパーティの時間は終わり

 ダンジョン公社、内部。


 天井裏のダクトから建屋内部を窺う影があった。

 エステバンだ。


 通常なら大人が通れそうもない幅のダクトを、独特の体術なのか関節を外しながら蛇のように進む。

 余人が見れば不気味な姿だろう。


(ふうん、コイツらシステムは理解してないな)


 エステバンが見るところ、兵士はさほどの数ではない。

 配置は社長室や玄関のロビーに集中している。


 おそらく、魔道回路に関して専門的な知識を持つ工作兵がいないのだろう。

 コントロールルーム付近は廊下の巡回のみだ。


(ふうむ、不意打ちならばやってやれんことはなかろうが……問題は外の敵だな)


 さすがに外で警戒する兵士を相手に単身で大立ち回りとはいかない。

 今はレッサーデーモンが大暴れして引き離してくれているが、そのうちに戻ってくるだろうし、その時に内部の兵が減っていれば警戒される。


(ならば、工夫次第よな)


 エステバンはヌルヌルとした動きでダクトを移動し、排気口の網を外して音もなくトイレに下りた。

 すかさずゴキリゴキリと関節をはめて人の形となる。


 そのまま物陰に入り、水道のパイプを魔法で凍結させた。

 エステバンは魔力量こそ乏しいが、転生者でもあり魔法に対するイメージは卓越したものがある。


 すぐに配管は凍りつき、エステバンは元のダクトへと姿を消した。

 再度、ダクトを進むうちにバンッ! と破裂音が聞こえる。

 凍らして塞いだパイプが破裂したのだ。


「なんだ!? 敵襲か!」

「西側に爆発音ーッ!」


 音につられて兵士たちが走る。

 それを尻目にエステバンはコントロールルームの前に着地した。


(ちょっと人手不足じゃないのかい?)


 エステバンはニヤリと笑い、ゆるゆるとコントロールルームへと向う。

 さすがに重要施設であり、施錠されてはいたものの、余裕の表情で解錠してしまった。

 本職の斥候スカウト顔負けの技術である。


「さて、と。こちらはエステバン。これよりシステムの復旧にかかる」


 改めてドアを内側から施錠し、エステバンは魔道装置の操作を開始した。



 離宮庭園、外縁部。


 俺は走り幅跳びの要領で屋根から飛び、包囲のそばにふわりと着地をした。

 周囲の兵が驚き振り返るが、遅い。


 俺は駆け抜けざま、左右の剣を振る。

 何かが起きたのか理解できていない兵士の頭をかち割り、続けざまに隣の兵の首筋を突く。


「敵だっ!?」

「切り込みだぞっ!」


 そこで初めて、敵は攻撃を受けているのだと気づいたのだろう。

 警戒の声を上げるが、反応が鈍い。


(軍縮とは聞いていたが、ここまで練度が落ちていたのか)


 斬りつけ、突き飛ばし、走る。

 重くなってきたと感じていた双剣が不思議と軽い。


「俺の行く手を遮るな、どけいっ!!」


 怯んだ兵士の顔面を横殴りで斬りつけ、ほぼ同時に背後の兵士の手首を斬り飛ばす。


「俺はホモグラフトだっ!! 道を開けろっ!!」


 俺の名乗りを聞き、明らかに敵が怖じ気づいた。

 魔王城を占拠し、魔王様を離宮に封じ込めた反乱軍からすれば、計画は半ば成功したようなものだ。

 このままいけば昇進は約束され、特別な褒賞もあるだろう。


 だが、ここで俺に殺されてはすべてがパーになる。

 つまり、このような勝ち戦で戦死するのはバカらしいのだ。


 勝ち戦で強敵と戦いたくない。死にたくない。

 この戦場心理こそが俺の味方であり、敵の弱点である。


(あそこか、見えたぞっ!)


 包囲の先、離宮へと続く唯一の橋がある。

 まるでカメラのズームのようにハッキリと知覚した。

 感覚が研ぎ澄まされ、広がるのを感じる。


「そこをどけえっ!!」


 俺は走る。

 敵を切り裂き、殴りつけ、突き飛ばしながら。


 口から荒い呼吸が漏れる。

 ドクンドクンと心臓が跳ねる。

 戦いのリズムだ。


 勇敢な兵士の反撃に頬を裂かれた。

 それがどうした、お返しにはらわたをぶちまけてやる。


 敵の魔法で体が燃えた、悪くない。

 ご褒美に剣を投げると魔法使いの胸に突き立った。


 隊列を整えた敵兵が一斉に槍を繰り出し、俺を叩き、槍で突く。

 そのままおかまいなしに接近し、順に斬り裂いてやる。

 中には士官もいたようだが、肩から斬り下げてやると動かなくなった。


「俺を殺すのはどいつだっ!? 首が欲しければ剣を合わせろおおっ!!」


 吼える。

 もはや言葉に大した意味もない。

 

 充満するのは、かぐわしき血と、糞と、小便の臭いだ。

 悲鳴と怒号が実に心地よい。


 この場には立場や種族も何もない。

 後も先もなく、今この瞬間だけだ。


 互いが練り上げた武を競う。

 命がけで、命を奪う。

 ここは闘争に狂った修羅どものちまただ。


「楽しいなあっ! いくさってやつはよおおオォォォッ!!」


 敵勢から矢が飛んでくる、かなりの数だ。

 味方ごと仕留める腹だろう。


(やるじゃないか!)


 俺は目の前の兵士の首根っこを掴み盾にする。

 哀れな兵士は矢が刺さるたびに悲鳴をあげ、じきに動かなくなった。


 わずかばかりの矢が俺にも突き刺さる。

 この痛みが俺に『血を求めろ』と激しく命じるのだ。


「そこのお前かああっ!!」


 走れ、走れ、獲物はそこだ。

 俺は本能が命じるままに兵士を捨て、弓隊を指揮する者へと向う。

 小さな悲鳴が耳に甘い。


 そのまま指揮官らしき者の上顎うわあごを掴み、力まかせに引きちぎる。


「ドワルゲス様を守れっ!!」

「距離を取れ! たかが1人、通してやれいっ!」


 すると、これが引き金となったのか敵勢が割れた。

 見れば後方に悪趣味なやたら角の生えた金ピカ甲冑を着ている年寄がいる。


 あれが反乱軍の首魁、ドワルゲスだ。

 こんなところにいたらしい。


 反乱軍はドワルゲスと俺の間を阻むように距離を取る。

 どうやら総大将がたった1人に対し臆病風に吹かれたらしい。

 大それたことをしでかしたくせに肝が細いやつのようだ。


 大将の戦意は兵に伝染する。


 何か恐ろしいモノでも見たかのように目をそらす者、悔しげに歯噛みしてこちらを睨みつける者。

 反応こそ様々だが意味することは1つだ。


(終わったか)


 楽しいパーティの時間は終わり、俺は敵の間を進む。

 おそらく暴れまわる俺を見たドワルゲスが『これ以上の損害は無視できない』『通したほうが得だ』と判断したのだろう。


「損得で戦うなど、くだらんな」


 もうひと押しだったのだ。

 俺は乱戦で剣を失い、敵から奪った武器と身体のみで戦っていた。

 傷つき、疲れはてていたのだ。


 敵勢の損耗も無視できなかっただろうが、戦いの局面は気力と気力のステージだったのである。

 そこで引かなければ俺は倒されていただろう。


「ふんぞりかえって走り込みが足りないから最後の粘りがないんだよ。喝だな」


 疲労で身体がきしみ、失血で足がふらつく。

 だが、俺は「ふん」と鼻を鳴らし毛筋ほどの弱みを見せずに離宮への道を進む。


 ここに俺を殺すだけの武人はいなかった、その事実に少し落胆しながら。

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