123話 ガマンできねえぜ

 時計台、内部。


「聞いたな、リンとオグマは無事に離脱したようだ。ローガイン軍の総攻撃に合わせてこちらも行動する」


 先ほどのオグマからの通信によると、ローガイン軍を城内へ引き込むほどではないが守備隊に損害は与えたようだ。

 指揮官も攻撃の機と判断したのだろう。


 ローガイン軍が防壁を越えれば勝利確定だが、ダメでも敵を引きつけて貰えば動きやすくなる。

 このまま離宮の包囲網が薄くなれば、俺が突破して魔王様と合流も可能だろう。

 そうなればステュムパリデスを誘導して魔王様を逃してもよし、近衛や魔法団の戦力が大きければ反撃に出るもよしだ。


「ここは任せたぞ、俺は屋上から離宮方面へ向う」

「おう、こっちは砲撃もねえしなんとかなるだろ。交代でやるなら何日でも保たしてやるよ」


 ゴルンがチラリと見るとドアーティは「交代ねえ」と苦笑いした。


 時計台は守りやすい構造ではあるが、ときおり打って出て包囲にダメージを与えなければ入り口から魔法で狙い撃ちにされる。

 ドアーティやサンドラでは少しばかり荷が重いだろう。


「いざともなれば機を見て屋上から離脱してくれ」

「ふむ、離脱ねえ。そうなればそうするがな」


 ゴルンがヒゲをしごきながらニヤリと笑う。

 一時的に時計台を離脱したところでどうにもならないことを知っているのだ。

 だが、それを口にすることはない。


 エステバンがシステム復旧を果たすか、俺か魔王様を逃がすか、ローガイン軍が防壁を越えるか、いずれかが達成されなければ危うい状態だ。


「すまんな、いつも無茶を言う」

「なあに、慣れっこよ」


 俺の謝罪を聞き、ゴルンは男臭く笑う。

 このドワーフは俺が戦場で最も頼りとする男なのだ。


「エド、アタイはさ――」


 サンドラが何かを言いかけるが、これから包囲を強行突破するのだ。

 さすがに連れてはいけない。


「サンドラは投擲があったな。上から敵を狙えるか?」

「あ、うん……高いとこからなら狙える、と思う」


 サンドラは少しうつむき、悲しげな表情をした。

 だが、それも一瞬のことだ。


「ローガンッ、捕虜を1人つれてといで。弱ってる方を上から突き落としてビビらせるよ!」

「いいっ? 俺かあ……」


 サンドラの指示にローガンが躊躇ちゅうちょし、指名された兵士は必死で首を振って許しをこうている。

 拘束された兵士は猿轡さるぐつわを噛んでいるが、言いたいことは痛いほどに伝わった。


「エド、ついて行けないのは残念だけどさ。アタイはさ、ここで敵を引きつけるよ。そうすればアンタが楽になるんだろ?」

「ああ、頼むぞ。だが、いきなり突き落とすんじゃなくて、はじめは上から脅すくらいにしといてやってくれよ」


 戦時ってのは民間人の方が残虐だったりするが、人質をためらいなく殺すとかサンドラもちょっと怖い。


 反乱軍は人間の軍を利用したため敵国の誘引で間違いなく指導者は死刑だが、末端の兵は有期の懲役か禁錮くらいのものだ。

 戦闘行為なら問題ないが、私刑で捕虜を処刑してはいろいろとサンドラ自身がマズくなるかもしれない。


「わかったよ。でもアンタが飛び出すときに注意を引きたいんだ。そのくらいならいいだろ?」

「そういう事か。理解した」


 どうやら俺が屋上から降下するときに囮として人質をチラつかせるらしい。

 サンドラはなかなか策士だ。


 そのまま捕虜はローガンに引き回されながら、俺達と共に長い階段を上がる。

 ときおり衝撃が伝わるのは外部からの攻撃魔法かなにかだろう。


(おっと、かなり高いな)


 屋上に出ると、想像以上の高さに驚いた。

 上空から降下してきた俺が驚くのも変な話だと気づき、苦笑が漏れる。


「この敵の数を見て笑うなんて余裕だね」

「まあな、全員を倒すわけじゃないさ」


 サンドラが包囲する反乱軍を眺めながら呆れた様子で苦笑いをする。


 俺が肩をすくめて「やれて半分くらいかな」と冗談を口にすると、ローガンと捕虜が驚いた表情を見せた。

 まさかとは思うが本気にしたのかもしれない。


「じゃあ、またな。狙撃には気をつけろよ」


 サンドラに短く別れを告げ、離宮の位置を確認した。

 屋根を伝っていけば包囲網までたどり着けそうな場所である。


「ねえ、エド」


 不意にサンドラに呼び止められ、振り返るとガツンと何かが歯に当たった。

 油断していたこともあり、あまりの衝撃に「痛った!?」と悲鳴じみた声が漏れる。


「あいたた、ゴメン。失敗したよ」


 見ればサンドラも口元を抑えて痛そうにしている。

 上唇からは血がにじんでいるようだ。


 そこで俺は『キスをされたのか』と初めて気がついた。


 振り向きざまに勢いよく口を合わせれば歯が当たるのは自明の理である。

 現実はドラマやコミックのようにはいかないのだ。


「サンドラ、また後でな」

「あ、ああ……! また後で!」


 戦というやつは気が昂ぶるものだ。

 男女問わず、戦の熱が隣の異性に対する欲情に変換される者はいる。

 好意を向けられるのは嬉しいが、俺には婚約者がいるわけで……サンドラとは落ち着いた状況で話し合う必要があると思う。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、サンドラは頬を赤く上気させ、嬉しそうに捕虜を敵に向け突き出した。

 捕虜を使って時計台を包囲する敵の注意を引いてくれようとしているのだ。


「おらおらあっ!! コイツを見なっ!! 今からアンタらの味方を吊るしてやるよ!!」

「ヒャア!! ガマンできねえぜ!!」


 しかし、2人とも演技力が……特にローガンすごいな。

 たった一言なのに、とんでもないクズにしか思えんセリフだ。

 やはりこいつは切れる。


(ローガンは鍛えたらモノになるかもしれんな。だが、今はそうも言っていられんか)


 俺は助走をつけ、突進チャージの魔法で屋上より飛び出した。

 降下の魔道具を使い、道を挟んで隣の建物にフワリと着地をする。


 そのまま身体強化をかけ、ひたすら走り、跳ぶ。

 ときおり発見され、地上で騒ぎが起こるがそれだけだ。

 屋根の上を走る俺に手出しはできない。


(もっと速く、飛ぶよりも速く、風のように、矢のように!)


 魔法とはイメージだ。

 俺は『速さ』をとにかくイメージし、さらに加速する。

 トップスピードのまま、最後の建物から走り幅跳びの要領で包囲網へと飛び出した。

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