62話 イチャついてないで行くっすよ

 数日後、俺たちは3階層の中央部、階段を下りてすぐの地点に転移した。


 今日は、できあがった3階層の内覧である。


「もう目処がたったとは驚いたぞ。早かったな」

「実は1枚マップは造るのは簡単っす! 構造としてはただの広い空間を造るだけっすから!」


 タックによると、1枚マップは広さ故にDP消費は高額になるものの、構造が簡単なので割安は割安なのだそうだ。


「あはっ、暗いです。探検みたいでワクワクします」


 アンが持ってきた照明用の魔道具のスイッチを入れた。

 ランタンのような形状のライトは強い光で周囲を照らす。


「たしかに暗いな。ゴルン、灯明ライトたのむ」


 続けて俺とゴルンが灯明ライトの魔法を使い、不自由ない程度の照度を確保できた。


「ここは休憩所っすね! 外にはトイレもあるっす!」


 まだ2階層とは繫げていないが、ここはモンスター部屋から下りてくる形だ。

 すぐ側で回復の泉が湧いている。


「休憩所なら小さな照明をつけてやったほうがいいな。明かりは外からも目印になるだろうし」

「了解っす! 休憩所に照明っすね!」


 タックは手に持ったクリップボードに修正指示を書き込んでいく。

 彼女の勤務態度は極めて真面目なのだ。


「それじゃ、宝箱がある建物まで案内するっす! 建物は4っつっすけど、だいたい同じなんで見るのは1ヶ所でいいと思うっす!」


 タックの案内で皆が休憩所の外に出た。


 濡れるのを嫌がったレオのみは留守番でモニターを監視しているが、あとは全員参加だ。

 木が生い茂った水場を歩くので全員が動きやすい服装にヘルメット、長靴である……リリーのこの姿は貴重ではなかろうか。


 外は蒸し暑く、足首の辺りまで水が張ってある。

 床は砂地のような感触だ。


 うっそうとした木々、なにかの遺跡を思わせるような石柱などが月あかりほどの照明でぼんやりと照らされている。

 これらはダンジョンオブジェクトなので、破壊されても修復されるらしい。


「少し蒸し暑いですね」

「マングローブの雰囲気に合わせて空調で少し温度をあげてるっす! それにナマコやトカゲがいるっすから!」


 リリーはすでに少し汗ばんでいるようだ。

 普段あまり運動などしないだろうし、無理はしてほしくない。


「リリー、疲れたら転移で戻っても構わないぞ。無理をするところじゃないからな」

「はい、ありがとうございます。でも歩き出す前から気が早すぎですよ」


 言われてみればその通りだ。

 頭をかく俺を見てリリーがクスリと笑う。


「さ、イチャついてないで行くっすよ! 早く視察してもらって手直ししたいっす!」


 よく分からないがタックに叱られてしまった。

 リリーは笑っているが、明らかに怒気を発しており怖い。


「お? こりゃあ道になってるのか?」

「そうっすね、四方の建物まではなんとなくっすけど歩きやすくしてるっす! 遠回りっすけどね!」


 タックいわく、必要以上に道を蛇行させて距離感を狂わせているらしい。

 ゴルンも「なるほど悪くねえ」と納得した様子だ。


「石柱や木を採用したのは、とにかく安いからっす! 苦し紛れだったっすけど、不思議な雰囲気に仕上がったっす! でも、これで終わりにはしたくないんすよ!」


 タックはDPに余裕ができたら少しずつ手を加えたいそうだ。

 1枚マップはそれなりに珍しいらしく、巡り合わせたチャンスに納得のいくものを作りたいらしい。


「いいと思うぞ。月イチくらいで少しずついじっても」

「いやいや、今でもこの階層は殺意たけえぞ。これ以上タフなヤツは人を選ぶぜ?」


 俺の安うけあいをゴルンがたしなめる。


 言われてみれば冒険者は松明を持ってモンスターに襲われながらマングローブを進むのだ。

 もちろん長靴なんか履いてないだろうし、足元も最悪の状態になるだろう。


「……たしかに殺意たかいな」

「だろ? 今でも間違いなくダンジョンの難度を上げる危険地帯ホットゾーンだ。次の階層はぬるくしてやるのがいいぜ。メリハリってもんがあるからな」


 ゴルンの指摘は正しいのだろう。

 だが、タックは下唇を突き出して不満顔だ。


「せっかく無制限にDP使って1枚マップが造れるのに邪魔しないで欲しいっす!」

「ふん、ひよっこのオメエに必要なのは場数だ。ここの完成度を上げるくらいならDPを貯めて次の階層を造るほうが実になるだろうぜ」


 歩きながらタックとゴルンが揉めているが、わりといつものことだ。

 リリーもアンも気にしていない。


 しばらく歩いているとアンが小さく「わひっ」と変な声を出して尻もちをついた。

 見事にびしょ濡れだ。

 特にケガをした様子はないが痛そうだ。


「スライム踏んじゃいました。水の中にいたから気づかなくて……ゴメンなさい」


 アンは律儀にスライムに謝っている。

 スライムは物理無効だから大丈夫だが、たぶん本気ですまなかったと思っているのだろう。


「アンちゃん大丈夫っすか!?」

「えへへ、お騒がせしてすいませんでした」


 タックが助け起こしたが無事のようだ。

 アンのフサフサのシッポが濡れて見たこともないくらい細くなっている……ちょっと触ってみたい。


「あーっ! 濡れたお尻みてるっす! 変態っす!」

「いやいや、心配はするだろ」 


 タックがからんでくるが、これは不可抗力だろう。

 アンも慌てて尻を隠しているが、少し傷つくぞ。


「アン、着替えてきなさい。レオにメールをしておきます。転移ならすぐに追いつけますから心配はいりませんよ」


 リリーがレオにメールを送り、すぐにアンが魔力光に包まれて転移をした。


「すみません、勝手な真似をしました。明るいところで着替えればケガの有無を確認できますし、ムリをさせたくありませんでした」


 リリーは実に頼りになる。


 タックはすぐにアンを助け起こした。

 リリーは身を案じて戻らせた。


 それに比べて俺は『大丈夫そうだ』と見て取っただけだ。

 これは少し反省しなくてはならない。


 俺の感覚だと「転んだくらいなんだ」「濡れたがどうした」と歩かせただろう。

 さすがにそれは部下の扱い方としてはよくない気がする。


(先ほどのリリーとアンの扱いに差がある。これは良くない兆候だ)


 待遇の不公平は全体の士気に関わる。

 小さいことが大きな差になり組織の亀裂となりかねない。

 これは反省だ。


 その時、俺の顔を見ながらリリーが「たぶん大丈夫ですよ」と笑った。

 おそらくはアンのケガのことだが、内心を見透かされたかのような言葉にドキリとする。


「スライムが水中を好むとなると、木の上がレッサーワイバーンだけになってしまいますね」

「……そうだな。レベルを抑えたモンスターを何か考えよう」


 あまり悩んでも仕方ない。

 徐々に慣れていくしかないだろう。


 暗くて蒸し暑くジメジメしたところにいるせいか、なんだか思考までが暗く、ネガティブになっていく気がする。

 これはよくない。


「タック、悪いが少しだけ照明を増やしてくれ。このままだと危なすぎる」

「うーん、たしかに暗すぎたっすね! 了解っす!」


 タックも素直に頷き、クリップボードになにやら書き込んでいる。

 侵入者を殺すのが目的ではないのだ。

 ほどほどに滞在し、ほどほどにダメージを負ってもらうのが理想である。


 しばらく蛇行した道を進むと、石造の建物にたどり着いた。

 周囲の石柱と相まって、古代遺跡のように朽ちた雰囲気がある。


「いいじゃねえか」

「うん、これはなかなかのもんだな」


 中に入ると外に輪をかけて真っ暗だ。

 半ば水に浸かった遺跡の中にヘッドレスクリーチャーが寝そべっており、実に気味が悪い。


「あそこに宝箱を置いたらどうかって思うんすよ! ちょっと高くなってるとこっす!」

「ああ、いいんじゃないか? 2つくらい並べるか。宝箱は罠のレベルも上げよう」


 遺跡の内部は水に浸からない場所があり、そこに宝箱を設置することにした。

 1つの遺跡に2つずつ、計8つの宝箱だ。


「やっぱり照明だな。小せえのでいいからつけてやらにゃ、松明片手にアイツの相手は荷が重いぜ」


 ゴルンがヘッドレスクリーチャーを眺めて「ふん」と小さく息を吐いた。


「きゃっ、ぶにぶにして気持ち悪いですー」

「本当に動かないですね。移動しないんでしょうか?」


 いつの間にか戻っていたアンがリリーとヘッドレスクリーチャーを触って遊んでいた。


 俺だったら触りたい見た目じゃないが……女ごころというものだろうか?



■消費DP■



構造部、10600

水源(大)、600

ダンジョンオブジェクト(全体で)7100

オブジェクト破壊防止加工(全体で)、910

照明、150

回復の泉(小)、1000

水の循環装置、300

空調関係、500



合計21160

残り1306

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