61話 エドさんも嬉しそうです

「そう言えばよ、マルタン行ったぜ。なかなか洒落たもんが出てな」

「おっ、そうだろ。客筋が良くて落ち着いた雰囲気がいいよな」


 休憩中、俺とゴルンは雑談をしていた。

 調べものをしているリリーやタックとは対象的だが、これでいいのだ。

 若い彼女らとは違い、しっかり休まないと集中力が続かないのである。


「どうぞ、チョコレートです。ちょっと甘さ控え目のやつです」


 アンが甘さ控えめのお菓子をくれたが『中年は糖分控えろ』という忠告だろうか……?


「ちと便所に行ってくる。どうもコーヒー飲むと近くなるぜ」

「そうか、なら戻ったら再開するか」


 ゴルンが小用を足しに行ったが、ダンジョンも3階層にもなればその辺りも考えてやらねばなるまい。


「タック、ダンジョンのトイレってどんな感じを考えてるんだ?」

「ボットン便所のオブジェクトがあるんでそれっすね! 浄化槽もあるんで、たまにスライムかゼリーでもくっつけてキレイにすれば大丈夫っすよ!」


 なるほど、トイレはあるらしい。


 そんなやり取りをしてる間にゴルンが戻ってきた。

 会議再開だ。


「さて、ダンジョンのデザインだが、トイレはいるだろ。変なとこにされるより衛生的だしな」

「そっすね! バランスを考えたら3階に下りてすぐ、回復の泉と併設っすね!」


 打てば響くようなタックの反応が実に心地いい。

 リリーが黒板に休憩所と書き加えた。


「ダンジョンのデザインですが、1枚マップだと、廃村や町をイメージしたようなタイプか、森や砂漠などを模したタイプに大別できるようですね」

「でも建物をズラリと並べるには相当広いマップになるっす! それに建物はオブジェクトとしても高価っす! ここは岩とか木がいいっすよ!」


 タックは自然を模した1枚マップを推す。

 やはりDPの問題があるようだ。


「それなら、宝箱を設置する建物とスタート地点の休憩所だけ建物にするか」

「じゃあ、この紙をマップに見たてて、こう……東西南北に遺跡風の建物を配置するっす! 中央に階段を配置して休憩所にするっす!」


 タックは紙に十字状に建物を書き入れていく。


「正直に言って手の込んだ造りにすると、構造だけでも2万DPではきかないっす! だから節約していくっす!」

「ほう、節約か……しかし、1枚マップで節約は難しいんじゃねえか? ヘタするとちゃちなマップになっちまうぜ」


 タックの提案にゴルンが質問をぶつける。

 やはりゴルンも父親というもので、タックに対して手厳しいところがあるのだ。


 しかし、タックは「ふん」と鼻を鳴らして笑っている。

 よほど自信があるようだ。


「そんなのは簡単っす! 照明っす! 照明をかなり絞って足元は水びたしにするっす! これで証明と床のDPはほとんどいらなくなるっす!」


 タックは自信ありげに「ここは水が出るダンジョンっすから」とニンマリと不敵に笑った。


「全体的に水を薄く張るから、水の循環器をつけるっす! あと換気のために空調も入れて風を出せるようにするっす!」

「そうですね、3階層ですし念のために換気は必要かもしれません。現状でも大規模な火の魔法などを使わなければ大丈夫でしょうけど、ここで入れておけば2階層も4階層も問題なくなりますし、無駄にはならないはずです」


 リリーの説明によれば、基本的には4〜6階層で換気装置は必要になるらしい。

 3階層での導入は少し早いが、タックは空調による風の発生を活かして1枚マップの演出とするつもりのようだ。


「これに石柱とか、マングローブみたいな木を植えればかなり厄介な地形になると思うっす!」

「なるほど、真っ暗で足元に水か……モンスターは手加減する必要があるかもな」


 タックの案でかなりDPは抑えられるようだが、冒険者にとってはキツイ内容になりそうだ。


「じゃあ、水の生き物とかがいいですか? ワニとか」

「飛ぶモンスターや飛び道具を使うヤツもいいかもしれないぜ。足元が悪い時の飛び道具は最悪だ」


 アンとゴルンが意見を出し合っているが、モンスターのチョイスに殺意が高い。

 俺としてはあまり冒険者を殺したくはないのだが。


「飛ぶモンスターだと鳥でしょうか? しかし、鳥は暗い場所では……フクロウくらいでしょうか?」


 たしかに鳥目と言うくらいだし、鳥は暗闇に弱いのだろうか?

 残念だが、ここには鳥の生態に詳しい者はいない。


「うーん、フクロウって食えるのか?」

「獣人の国の北部と、その習慣が残る一部地域は食うと聞いたことあるぜ。一般的な食材ではないわな」


 俺の疑問に物知りなゴルンが答えてくれたが、人間がフクロウを食べるかは微妙なとこだ。


「では、これはどうでしょうか? レッサーワイバーンです」


 リリーがモンスター辞典を開きながら見せてくれた。


 レッサーワイバーン、レベル18。

 コイツは樹上で暮らす大型のトカゲだ。

 肋骨が左右に伸びた形をしており、その間を発達した皮膜が覆う……要はトビトカゲの親玉である。


 名前こそワイバーンだが、モンスター学的には全くの別種のようだ。

 魔族の成人女性ほどの体長があるそうだが、巧みに風魔法を使って滑空するらしい。


「たしかにフクロウよりはトカゲの方が食用にはされてるはずだ」

「それにトカゲ革は軽くて丈夫、模様も面白い高級素材っすよ!」


 俺からすれば革はともかく食用にするには抵抗があるが……ゴルンやタックも乗り気だし、コイツは決まりでいいだろう。


「遠距離攻撃かどうかはわからないんですけど、ナマコはどうですか? ビュッて内蔵をかけてくるんです。それに食べれます」

「ナマコのモンスターは珍しいですが、いるにはいますね。ヘッドレスクリーチャーといいます」


 リリーが出したのは、強烈な見た目のモンスターだ。

 レベルは23。


 コイツは牛のような巨体のナマコで、内蔵ではなく触手を吐きかけてくるらしい。

 その触手は体長の何倍もあり、それで獲物を捕食する凶悪なやつだ。

 動きは鈍いが強力な再生能力がある。


「コイツは……強すぎるな。いっそ遺跡の中で宝箱を守るボスにするか」

「それなら遺跡も水没してる感じにするっす! 凶悪でいいっすね!」


 タックが「アンちゃん、エグいのチョイスしたっすね!」と喜んでいるが、エグいと言うのは一般的な褒め言葉ではないだろう。

 当のアンも曖昧に笑っている。


「ナマコはウマいが、ここまでくると迫力ありやがるな」

「はは、あまり食用にはなりそうもないが、これはこれさ」


 俺もこのわた・・・・は好きだが、コイツの内蔵は食べられるのだろうか。


「水の中はカモノハシやスローターフィッシュを転用できますし、木の上のモンスターを増やしましょうか?」

「うーん、スローターフィッシュを使おうと思うと水深が深くなっちゃうっす! スライムとかカモノハシは十分イケるっすよ!」


 リリーとタックのやり取りを聞いていたゴルンが「カニだな」と呟いた。


「カニっすか!?」

「おう、フィドラークラブってシオマネキがいるんだよ。デカくて食いでがあるし、なかなか危険なヤツだぜ」


 ゴルンが説明するフィドラークラブとは、大人がひと抱えもするようなサイズのシオマネキらしい。

 レベルは14と低めではあるが、とにかく集団で襲ってくるのだとか。

 さらに片手が大きく発達しているが、こいつでマトモに挟まれると腕でも足でもグシャグシャにされてしまうそうだ。


「ま、横に動くのは早いが前にいればまずやられねえよ。気をつけるのはハサミだけだ。それに挟まれてもすぐに仕留めれば大したことはねえ」


 ゴルンは平然と言うが、それは鉄血ゴルンのレベルの話だ。

 レベル20やそこらの冒険者がコイツに囲まれたら生きた心地はしないだろう。


「これでボスのヘッドレスクリーチャーと、レッサーワイバーン、フィドラークラブ、使いまわしでジャイアントカモノハシとスライムか……節約できたな」

「マップを作って余裕があったら木の上にモンスター追加したいっすね!」


 タックは腕の見せどころと張り切っているが、すでに1万オーバーだし、そこまで余裕はないのではあるまいか。


 浅く水を張った1枚マップに石柱と樹木。

 配置するモンスターもひと通りはいいだろう。


 これで大まかな方針は決まった。

 細部はタックに任せて大丈夫だろう。


「それじゃ、頼んだぞ」

「了解っす! 明日から作業に入れるように頑張るっす!」


 タックは腕まくりして胸を張る。

 相変わらず小さな体に豊かな胸元だ。


 俺の表情を読んだアンが「エドさんも嬉しそうです」と喜んでいた。



■消費DP■


レベル14・フィドラークラブ(リポップ)、2800


レベル18・レッサーワイバーン(リポップ)、3600


レベル23・ヘッドレスクリーチャー(リポップ)、4600


合計11000

残り22256

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