60話 初めて言われたけどな

 翌朝、俺はアンにちょっと無理を言って少し料理を教えてもらっていた。

 とはいえ、大したものは作れないので目玉焼きである。


「このくらいのタイミングで布巾に乗せてください。熱をとるんです」

「む、早いな。もう火から上げるのか」


 フライパンをコンロから外し、濡れ布巾に乗せるとジュッと軽く音が鳴った。


「1回熱をとらないと、白身が焦げちゃいます。後はゆっくりゆっくり弱火で焼くんです」

「なるほど、黄身より白身の方が早く焼けるのか……知らなかった」


 まさか目玉焼きを焼くのに、一度フライパンの熱を下げるとは思いもしなかった。

 フライパンをコンロに戻し、弱火でじわじわ焼いていく。


「ここでちょっと裏技です。黄身を触ってみてください」

「触る!? 手でか?」


 さすがにこれには驚いた。

 アンが「こうです」と指の背で触るフリをしたので、マネをして触れてみる。


「どうですか? 温かいですか? 温かく感じれば大丈夫です。あとは好みの固さまで焼けばオッケーです」

「ああ、温かいな。半熟がいいからこれで皿に上げよう」


 そっと、フライパンから滑らして皿に乗せる。

 この美しい半熟目玉焼きを俺が作ったとは感動だ。


 アンが焼いてくれたトーストやサラダと合わせれば立派なものである。

 変哲もない塩をかけた目玉焼きも自作と思えば愛おしい。


「せっかくだからアンも半分食べてくれないか? なんというかさ、誰かに食べさせたいんだよな」

「あ、分かります。誰かに食べてもらうと楽しいです。私も1人だと手のこんだの作らないです」


 アンは朝食を済ませてきているので、ひとかけらだけ食べてくれた。

 たしかに食べてもらうと楽しいかもしれない。


「上手にできるようになったら皆に振る舞うのもいいかもな」

「あはっ、楽しそうです」


 手際の良いアンは洗い物をしながら俺の相手をしてくれる。

 次からは後かたづけも手伝いたいものだ。


「おはようっす! なんかうれしそうっすね!」

「ああ、おはよう。実はな――」


 タックが出勤してきた。

 そろそろ朝礼の時間だ。


「あら、エド……なにかいいことあったんですか?」

「ああ、おはよう。さっきな――」


 なんだかリリーにまで同じこと言われたが、そんなに顔に出ていただろうか。


「エドさんは表情をあまり変えないけど、微妙に変化するっす! むしろ素直に顔にでてるっす!」

「ほんとか……? 初めて言われたけどな」


 タックの指摘にリリーとアンがクスクス笑っている。

 たぶん本当なんだろう。


 しかし、そうなると……昨日、リリーと行った魔道具店ではどんな表情をしていたのだろうか。


「あっ、バレて照れてるっす!」

「まいったな……まあ、この話題はこれまでにして朝礼にしよう」


 俺は無理やり話題を変えて、皆と向かい合った。

 なんとなく受ける視線が生温かい気がするが、切り替えが肝心だ。


「では朝礼を始めよう――」


 今日は全員がいるので朝礼はスムーズに済まし、会議だ。

 議題はもちろん3階層のデザインである。


「とりあえず、宝箱には極小魔石を混ぜてみようと思う」


 俺が昨日見本として購入した極小魔石を机に置く。

 見た目は円柱形の小石だ。


「魔石っすか!? たしかに人間には喜ばれそうっすね!」

「だがよ、魔石を領外に出すのはマズくねえか?」


 魔石と聞きタックは食いついたものの、ゴルンは慎重だ。

 ゴルンのこうした姿勢は頼りになる。


「ああ、規格外になる極小魔石に規制はないそうだ。念のために問い合わせてるが、まず大丈夫だろう」

「はい。私の方でも調べましたが、規制の対象となるのは小型魔石からですね。返答はまだ来ていませんが、特に問題ないと思います」


 俺の言葉をリリーが継いで補足してくれた。

 ゴルンも一応は納得してくれたようだ。


「俺はよ、食い物がいい気がするんだがな。ちょいと見てくれるか?」


 ゴルンがモニターを操作し、一階の水場を映す。


「あーっと……いたいた。コイツらだ」

「ん? 見たことある冒険者だな」


 そこに映し出されたのはエルフと獣人の冒険者だ。

 獣人の方はなにやら柄の長いピックのようなもので水面を狙っている。


「あれは親父が水場から助けた冒険者っすね!」

「あ、いたなあ。思い出した」


 俺はタックの言葉に思わずヒザを打った。

 ゴルンに小銭を貰った冒険者たち(41話参照)だ。


「コイツらよ、毎日水場で漁をしてんだよ。狙いはスローターフィッシュ、ロッククラブ、ジャンボオイスターだな」

「へえ、ダンジョンで漁か。面白いじゃないか」


 ぼんやりと見ている間に、獣人はピックの先をすばやく水中に落とし、ジャンボオイスターを仕留めていた。

 エルフの方は周囲を警戒しているようだ。


「毎日漁をするくらいだからな、食料の需要はあるんだろうぜ。3階にも食料になるモンスターが配置できればいいと思ってよ」

「なるほど、いいアイデアだな。食料になるモンスターか」


 リリーが黒板に魔石、食料と並べて大書した。

 するとタックが「はい! はい!」と手を上げる。


「産出する資源はいいんすけど、アタシは構造の話もしたいっす! 2階層はかなりDPを抑えた単純な構造だし、3階層は大きくしたいっす!」


 タックの提案を聞き、リリーが黒板に大規模と書き込む。

 これは俺も同意見だ。


「先日調査した死者の国……40号ダンジョンだが、階層ごとにかなり広いんだ。そう考えると大きめでいいと思うし、DPもある。ここは1枚マップはどうだろう?」


 俺の提案にタックが「1枚マップっすか!?」と声を上げた。


「1枚マップはDPの消費が多いっすよ!? 少なくとも1万DPにオブジェクトが必要っす!」

「そうだな。対策としてはリポップモンスターを使いまわしをすることを考えている。水場があればカモノハシを入れてもいいだろう」


 リリーが『1枚マップ』と書かれた横に『モンスター使いまわし』と書き加えた。


 そこでアンが「あの」と小さく声を上げる。

 少しシュンとした表情だ。


「1枚マップってなんですか? ……すいません、話についていけなくて」

「ああ、1枚マップって言うのは間仕切まじきりや通路を作らずに1つの大きな空間を作るタイプのダンジョンだ。その中に木や建物を用意して、まるで外にいるみたいにしたりするのさ」


 俺がアンに説明したが、こればかりは見なければ分からない部分もあると思う。

 アンは決して頭の回転が悪いたちではないが、あまり理解していない様子だ。


「分からないことを聞くのは悪いことじゃないぞ。せっかく縁があってダンジョンに就職したんだ。少しずつ学び、いずれは公社や他のダンジョンでも活躍してほしいと思う」

「えっ、私はまだここにお世話になったばかりで、先のことなんか……あまり考えられないです」


 先のことを考えて不安になったのか、アンの表情が曇る。

 若者とはいえ、将来のことを考れば楽しい未来ばかりでもないだろう。


「社長も言ってたが、アンはすでにある料理に少し手を加えて改良する名人だ。それに人に教えるのも上手い。ダンジョンの経営や改善に向いた才能じゃないか?」

「アンちゃんは16才っす! アタシがダンジョンの勉強した時期より早いっす! いずれは公社の重役コースっすよ!」


 タックが少しおどけて場を和ませてくれた。

 ここは本当に良い職場だ。


 アンは素直で真面目だ。

 俺の軍時代の経験で考えると伸びるタイプといえる。

 現段階で飛び抜けた才能がなくても、いずれは積み重ねた経験と知識で活躍できるタイプだろう。


 アンはどう答えてよいか分からないのか、恥ずかしそうに苦笑いしている。


「焦ることはない。今はこのままでいいさ……さて、食料と魔石を産出、1枚マップを基本にして考えていこう。もちろん違うアイデアがあれば遠慮はいらない。少し休憩し、その間にモンスターやダンジョンの雰囲気など考えといてくれ」


 俺はここで一旦区切り、休憩を取ることにした。

 話が脱線したし(俺のせいだが)、モンスターなどを調べる時間も必要だ。


「コーヒー淹れますね。皆さんコーヒーでいいですか?」


 本当にアンは働き者だ。

 すぐに動き、全員分のコーヒーを用意している。


 淹れてくれたコーヒーはなんだかいつもより香りが良い。

 豆を変えたのだろうか。


 休憩中もリリーとタックはモンスター辞典でいろいろ調べているようだ。

 リリーは言わずもがな、タックもなんだかんだでマジメなのである。


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