117話 これマジっす

 ダンジョンに戻ると、椅子に座るリリーが、うやうやしくかしずくサンドラの仲間たちになにやら訓示をしているようだ。


「おいおい、リンもだが部外者をいれちゃ――」

「しっ、ダメっすよ! 今は黙ってみてるっす!」


 俺が声をかけると、タックにたしなめられてしまった。

 ちょっと意味がわからない。


 リリーはアンからアクリルの50センチ物差しをうけとると、すっと立ち上がる。


なんじドアーティ、いかなる時も己の良心に背かず、弱者を救済し、常に敵に勇敢に挑むことを誓えるか」


 リリーが時代がかった口調で問いかけると、サンドラの仲間は「誓います」と深く頭を下げた。

 どうやらドアーティという名前らしい。


「騎士である身を忘れず、民を守る盾となれ」

「はっ、必ずや」


 このやり取りの後、リリーは物差しの腹でドアーティの肩をバシッと叩いた。

 するとボワッと魔力光が生じる。

 リリーは1人ずつ、順に行っていく。


 これはあれだ、誓約の魔法だ。

 貴族の中には私兵を雇うときにこうした儀式を行う者もいると耳にしたことがある。

 ちなみに魔王軍では任官前に服務の宣誓を行うが似たようなものであろう。


 これにはちゃんと法的な拘束力があり、こうした言葉のやりとりがあれば私兵であっても正式な雇用関係を結んだとみなされる。


「ドアーティ、オグマ、ローガン、そなたらにはリリーリテーナ(リリーの家臣の意)の姓を与える。励め」


 リリーが告げると一同は「ははあ」と頭を下げた。

 持っているのがアクリル定規でもサマになっているのはロイヤルオーラゆえであろう。


「終わったでやんす?」

「バカッ、王女さまの前だぞっ!」


 緊張感のないリンをドアーティがたしなめるが、彼女は「オイラは家来じゃないでやんす」とどこ吹く風だ。

 まあ、ある意味ではただしい。


「おかえりなさい、エド。うまくいったようですね」

「ああ、おかげさまでな。しかし驚いたな。一体なぜ私兵を?」


 俺の質問に、リリーが「姉と連絡がとれました」と答え、イヤリングを見せてくれた。

 髪をかき上げる仕草が色っぽい。


「これは王家専用の通信器です。これを通してメッセージがとどきました」

「そうか! こちらも社長と会えてな、状況を知らせてもらったんだ。互いにすり合わせよう」


 少なくとも魔王様はご健在のようだ。

 俺は「ほっ」と胸をなでおろした。


「ちょっとその前にリリーさん、聞いてほしいっす! エドさんはベッドルームでサンドラさんと乳繰りあってたっす! これマジっす!」

「わっ、バカッ! 悪意があり過ぎる! 誤解なんだリリー、信じてくれ、何もしてないよ」


 リリーは「そう」と薄く笑うのみだ。

 怒るでもなく、呆れるでもないその様子がたまらなく恐ろしい。


「サンドラさんでしたね。エドの婚約者、リリアンヌ・レタンクールです。エドは誰にでも優しいですが、勘違いして甘えてはいけませんよ」

「へえ、アンタがねえ。アタイとエドとはもう、深ーいわりない仲なんだ。『女とチーズは古いのは食うな』ってよく言うからね。エドも腹が痛くなるような古女房は嫌だってさ。アタイに任せときなよ」


 サンドラはこれみよがしにマントを肩からずらし、俺の体へ足を巻きつけるように密着する。

 嬉しいけど、嬉しくない。


 両者から可視化できそうなほど濃密な殺気が飛び、俺は火花が散る光景を幻視した。


「サンドラっ! 相手は王女さまだぞっ! ヤバいって!」

「あわわっ、これもレディースコミックで見たやつですう」


 ドアーティとアンが騒いでいるが、俺に騒ぐような余裕はない。

 地蔵のように動かず、風景に溶け込むように気配を消して嵐が過ぎ去るのを耐えるのみだ。


「エド、あなたは王室の一員となるのですから、こうした害虫には気をつけなければいけませんよ」

「おー怖。エド、アタイはアンタの望むことはなんでもしてやるよ。働かなくても養ってやるし、甘やかしてあげる」


 俺は『なんでも』と聞き、反射的に『バニースーツ』と口にしかけたが、なんとか耐えることに成功した。

 明鏡止水、不動心だ。


「なんか動かなくなったでやんす」

「システムダウンしたみたいっす! 根性なしっす!」

  

 リンとタックが何か言ってるが……ほっとけ。



 数十分後。


 なんとか落ち着きを取り戻したマスタールームでは、作戦会議が行われていた。


「姉からの情報では、現在魔王城はほぼ反乱軍に制圧されたそうです。姉は近衛武官ら少数の軍と離宮に籠城中のようです」

「そうか、こちらで得た情報より精度が高いな。離宮の防衛力はどうだ?」


 リリーは「こちらが魔王城の見取図です」と図面を見せてくれた。

 離宮とは王族のプライベート施設だが完全に建物は独立しており、庭園の大きな池や優美な鉄柵に囲まれた堅牢な造りだ。


「離宮は魔王城のパニックルームのようなものです。少数でも兵が籠れば制圧は困難でしょう」

「なるほど、近衛と魔法団が防衛すれば難攻不落だな。兵糧攻めしかできまい」


 魔王城の中でもあり、大軍を展開することも不可能。

 離宮が即座に陥落することはないだろう。


「ただ、反乱軍と交戦し……魔法団イシ・サキ団長の戦死が確認されました。姉を庇い、顔面で敵の魔道兵器をブロックする壮絶な最期だったそうです」

「残念だ。イシ・サキ団長は魔王軍でもガッツマンと名高い闘将だった」


 現在は近衛武官長のモリ・サキ武官長が防衛の指揮をとっているらしい。

 モリ・サキ武官長はSスーパーGガンバリGゲートKキーパーの異名を持つ人物だ。

 やすやすとはやられないだろう。


「スーパーがんばり屋って、褒めるとこもないのにムリヤリ褒めてる感じがするっす!」

「……5失点くらいしそうでやんすね」


 タックとリンの言わんとするところは分からなくもないが、モリ・サキ武官長もそれなりに実力者なんだぞ。

 それにしてもコイツら仲がいいな。


「現在は魔王城防壁でローガイン軍と反乱軍が交戦中です。こちらは逆に堅牢な魔王城の防備にローガイン軍が苦戦しています」

「これはやむなしだな。魔王城は難攻不落だ。長い歴史で外敵からの攻撃で1度も落城したことはない無敵の要塞だからな」


 そう、魔王城は内紛以外で占拠されたことはない。

 ローガイン軍が奪取することを期待してはダメだろう。


「それから、姉からエドにメッセージがあります」


 リリーはこちらを見て、言葉を溜める。


『ホモくん、助けて』


 その言葉を聞き、俺は「もちろんです、陛下」と応えた。

 もはや迷いはない。


「エド、この者らをお使いください。今は少しでも手が必要な時でしょう」

「なるほど、それで私兵として取り立てたのか」


 後ろで私兵たちが「とんでもないことになったぞ」「むう、だが報酬は破格だ」「帰りてえ」などと弱音をこぼしているが、まあいいだろう。

 むしろ変に突っ張って無理をされるよりも計算が立つ。


 彼らはダンジョンについての細部は教えられていないようだが、単純な戦力としてなら計算できる。

 誓約の魔法も条件が緩く、それゆえに反発することもないだろう。


「もちろんアタイも手伝うよ。命を助けてもらったからね」

「ひひっ、愛しの王子様の手伝い、オッサンらだけじゃ不安でやんす」


 サンドラとリンも参戦である。

 まさか人間の冒険者と共に魔王様救出作戦を練るとは思わなかったが、リリーの言うとおり戦力は少しでも欲しい。


「しかし救出ってもよ、魔王城をどう攻略するんだ? 今の人数じゃ何もできねえぞ。転移で内側に潜り込むのも不可能だ」


 ゴルンが見取図を眺めながら指摘するように、今までの戦術で攻略は不可能だ。

 ならば今までにない、魔王城が対策していない戦術で行くしかない。


「空挺だ。リリー、36号ダンジョンに連絡できるか? ダンジョンマスターはタジマ夫妻だ」


 そう、一斉暴走スタンピード作戦の時に見た、あの前代未聞の戦術である。


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