72話 冒険者サンドラ9

 数日後、トロワジエムの街。

 ギルドの酒場で鬱々と酒を飲んでいる冒険者パーティーがいた。


「クソっ、いまいましいね」

「まあまあ、こんなのは時の運だ。普通ならチャンスさえ回ってくるもんじゃない」


 もう何度、同じやりとりをしただろうか。

 サンドラがボヤき、ドアーティがなだめる。

 オグマはムッツリとした顔でチビチビとビールをなめ、リンは興味なさげにアクビを繰り返した。


 ダンジョンの7層から帰ってきて以来、パーティーはこの調子だ。


 それと言うのもサンドラたちが撤退した後、他のパーティーに攻略されてしまったのが原因である。

 もちろん、そこにはサンドラたちが持ち帰った死体ムカデとの戦闘経験が活かされたのは言うまでもない。


「まあ、残念なのは残念だ。だが調査の報酬は出たし、悔やむほどでもない」

「そうでやんす。オイラたちは失敗したわけじゃないでやんす。いつまでもクヨクヨするのはおかしいでやんすよ」


 オグマとリンは少しうんざりした様子でサンドラを慰めた。


 サンドラとて、切り替えができないわけではない。

 事実、今日も軽くダンジョンに潜ったところだ。


(……まあ、言っても仕方ないからね。コイツらと会う前のことなんだから)


 仕事に支障はないのだが、今回の敗戦で過去の記憶……手酷く失敗し、仲間を失った試練の塔を思い出したのだ。


 こうして蘇った苦い記憶は酒を飲んでも忘れられるものでもない。

 また、思い出したところで、いまさらどうすることもできない。


(はあ、なんだろうね、この冴えない感じは)


 サンドラは鉄火な女冒険者で売り出しているが、まだまだ若い女だ。

 過去の自分、死んだ仲間たち、貧しかった生活。

 これらを思い出し、感傷に浸る時もある。


「ま、もうすぐ変化が来そうでやんす。その時まではゆっくりするでやんす」

「ん? それは直感スキルか? 変化って何だ?」


 リンが意味有りげなことをボソリと呟き、それをドアーティが聞きとがめた。

 だが、直感スキルとは本人にも分からぬ理屈で発動するものらしい。


「オイラにゃ、そこまでは分かんないでやんすねえ」

「……お前さんが分からなきゃ誰が分かるんだよ」


 二人のやり取りを横目で見ながらサンドラは炊いた野菜をチョイとつまみ、舌打ちをした。


(……マズいな、この街は飯がマズい。駆け出しのころに戻ったみたいだ)


 イモ、ニンジン、リーキをベーコンと炊き合わせただけのかんたんな料理だ。

 全体的に塩気が足りていないので味気ない。

 肉体労働の冒険者にとって、塩気が少ないのは舌に合わないのだ。

 

 ここトロワジエムは最寄りのダンジョンである死者の国からモンスター食材が産出しない。

 よって、食事が他と比べて貧しく、値段も高くなる。


「変化か、ここの飯は良くない。移動できるなら飯が安くてウマいとこがいい」


 サンドラの表情を読んだか、オグマがニヤリと笑った。

 わざわざ『安い』と条件をつけるのがケチなオグマらしい。


「俺もスネに傷もつ身。あまり無責任なことは言えんが……過去のことは終わったこと、明日のことは起きてないことだ。必要なのはこの場のこと、冒険者は今日かぎりと言うぞ」


 珍しくオグマが説教くさいことを言う。

 小言ではなく、仲間を案じたものだ。


「すまないね、わりと前の話だけど、私以外のパーティーが全滅したことあってさ。いざ自分が死ぬような目に遭ったらブルっちまったみたいなんだ」

「うむ、サンドラは斥候。勇敢さが美徳ではない。臆病さは斥候に必要な資質だろう」


 無骨で実利を尊ぶオグマらしい言葉だ。

 サンドラはこれが女を慰める言葉かと呆れる反面、実力のみで判断する言葉に冒険者としての喜びを感じた。


「ほう、いいことを言うじゃないか。『冒険者は今日かぎり』古い言葉だな」

「ひひっ、引退して屋台を担ぎたいオジサンが何か言ってるでやんす」


 オグマの言葉に感心したドアーティをリンがからかい、ガシガシと肘で突きあっている。


 オグマやドアーティの言う『冒険者は今日かぎり』とは冒険者に伝わる格言だ。

 これは『冒険者は危険な仕事、いつ死ぬとも分からないのだから享楽的に生きろ』と言う意味と『今に集中し、懸命に生きろ』と言う2つの解釈がある。

 無論、オグマの言葉は後者の意味で間違いはない。


「ふん、心配されるほどでもないよ。ちゃんと仕事はやってたろ?」

「うむ、毎日の稼ぎは大切だ。金が尽きるとロクなことがない」


 サンドラの言葉にオグマがニヤリと笑う。


「ここもミソがついたしな。街を移動してもいいんじゃないか?」

「いいっすね、せっかくなら飯がウマいとこがいいでやんす」


 ドアーティが拠点を移そうと提案したが、何も特別なことはない。

 冒険者はげん・・を担ぐものだ。

 拠点どころか失敗のたびに改名する者もいるほどである。


「ふん、たしかに飯は塩が利いてウマいほうがいいね」


 サンドラが味気ない煮物を指でつまみ、口に放り込んだ。

 味のついていないリーキの先っぽは固く、青臭い。


「――飯の味に文句があるなら食わなくていいぜ。だが、そんなことはどうでもいい。移動するなら渡りに舟の依頼があるぞ」


 突如、不機嫌そうに割り込んできたのは当ギルドの職員だ。

 ギルド併設の酒場は冒険者ギルドの施設である。

 マズいマズいと大声で騒いでいれば機嫌が悪くなっても仕方がない。


「お誂え向けのスゲえヤマがあるぜ。プルミエのダンジョンだ。あの街は塩が出るから飯はウマいだろうよ」

「プルミエのダンジョン?」


 オグマがピクリと反応した。


「そりゃダメだね。ウチのパーティーには――」

「――いや、話を聞こう、それから判断したい」


 オグマはプルミエの街で気が狂った殺人ドワーフに絡まれ、後難を避けて逃げたのだ。

 その事情を知るサンドラは即座に断りかけたのだが、当のオグマに制された。


「わざわざ声をかけにきたんだ。実がある仕事かもしれん。それに、こちらとて……あの時のままではない」


 オグマもサンドラと同じく、過去にとらわれながらも冒険者として先に進みたがっているのかもしれない。


「すまないね、話の腰を折った。そんでヤマってなんだい?」

「おう、ダンジョンブレイカーって知ってるか」


 その職員の言葉にサンドラは思わず「はあ?」と変な声を出した。


 ダンジョンブレイカーとは、ダンジョンを破壊したという噂の人物だ。


(……まさか、実在したってのかい?)


 あまりに突拍子もない言葉に、サンドラは形の良い眉をひそめる。


「うさんくせえのは分かる。だが、プルミエの街から来たダンジョンブレイカーを名乗る冒険者が、腕のいいパーティーを集めているのは本当だ。なかなか条件がきびしいんだが……その条件に当てはまるのがお前さんたちしかいねえわけだ。会うか?」


 この職員の言葉にサンドラたちは顔を見合わせた。




■パーティーメンバー■


サンドラ

レベル28、女性

偵察(達人)、剣術(上級)、罠解除(上級)、投擲(中級)、統率(中級)、盾術(中級)、交渉(初級)、モンスター知識(初級)


ドアーティ

レベル30、男性

製図(達人)、槍術(達人)、調理(上級)、精霊術(上級)、農業(初級)、統率(初級)、精霊の加護(ギフト)


リン

レベル28 、女性

攻撃魔法(達人)、第六感(上級)、看破(上級)、短剣術(初級)、先天性魔力異常(ギフト)


オグマ

レベル29、男性

射撃(達人)、観察(上級)、剣術(上級)、応急処置(上級)、体術(中級)、隠密(中級)、モンスター知識(中級)、偵察(初級)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る