73話 私にはなびかないはずだわ
今日の俺は魔王城だ。
兵器局に頼んでいた装備、ホモグラフトモデルだが……なんと俺にロイヤリティなる賞与があるらしい。
今までの俺は公務員(軍人)だったためになかったが、今回からはもらえるのだとか。
まあ、細かいことは分からないがボーナスみたいなもんである。
「あっ、閣下! ダンジョンのプロモーション映像見ましたよ!」
「はは、ありがとう。あれはカッコよく編集しすぎだよ……あ、これは献上品と、こちらは皆さんでどうぞ」
受け付けで陛下への献上品(39話参照)を預け、軍事施設が並ぶエリアへと向かう。
さっきからちょいちょいプロモーション映像のことを冷やかされるが、思いのほか反響があったようだ。
顔見知りに声をかけられながら城内を歩くと、少し様子がいつもと違う。
(ん? なんだか慌ただしいな)
なにがどうと言われると難しいのだが、全体的に焦りのような浮ついた空気がある。
不測の事態でもあったのかもしれない。
その時、不意に「やっ、ホモくん」と後ろから声をかけられた。
俺をこんな呼び方をするのは1人しかいない。
「今はプライベートだぞ」
「承知しました。マリー」
俺がふり返ると、そこにはフワッとした幅広の帽子を被った魔王様がいた。
いつもは黒っぽい服装をお好みなのだが、今日は変装のためか白いフワフワした印象の姿だ。
まるで避暑地にいるお嬢様のような……いやまあ、避暑地に縁がないので実際にお嬢様を見たことはないが、そんな感じの姿である。
「あ、この服ヘンかな? あんまり馴れてないから自分でもしっくりこないんだ」
「うーん、どうでしょう? 私にはファッションのことはよく分かりませんが……そのお召し物はよくお似合いだと思います」
これは完全に聞く相手が悪いと思う。
服の流行にうとい俺は無難な答えしか返せない。
だが、魔王様は「そうかっ。似合うか」と嬉しげに笑った。
「き、今日はヒマなのか? 時間があったら、その、オヤツでも食べに行くか? 時間があったらでいいぞっ」
「いえ、せっかくのお誘いですが、先約があります。今から兵器局に向かわねばなりません」
俺が断ると、マリーは見るからにしゅんと弱ってしまった。
なんだか悪いことをした気分になってくるが、約束事は順番が優先である。
いちいち王族だから、金持ちだからと割り込みを許していては世の中がメチャクチャになってしまうだろう。
ちなみに、魔王領には王族や資産家等の横暴を禁ずる法律もちゃんとあるのだ。
「兵器局の後には予定があるのかっ? よければ……あれだ。迷惑じゃなければ、本当に迷惑じゃなければ兵器局についていってもいいぞっ」
この魔王様の粘りに俺は引っかかりを覚えた。
魔王様はサッパリとした性格で、この反応はかつてないことだ。
城の落ち着きのなさ、魔王様のこの態度、思い当たることは少ない。
(なるほど、有事か)
おそらく魔王様は俺に軍事の下問をしたいのだろう。
うぬぼれるわけではないが、俺は前線勤務のエキスパートである。
退役してしまったために魔王様の指揮系統から離れてしまったが、こうしてプライベートを装えば問題はない。
「少しお待ちください。内線で先方に連絡し、30分ほど予定をずらせるか確認します」
「ふぁ!? いいよ、いいよっ! そこまでしなくても!」
魔王様がパタパタと手足を動かして俺を静止する。
どうやらそこまでの緊急事態ではなさそうだ。
「そこまでしなくても兵器局なら、い、い、一緒についていってもいいかな? 大人しくしてるしっ」
「では、申しわけありませんが、魔王様さえよろしければ、その後にお話をうかがいます」
俺が頭を下げると、魔王様が「いいって! プライベートだから!」と嬉しげに困ったような複雑な表情を見せた。
理屈抜きで魔王様が領民に支持される理由は、このなんとも言えぬ愛嬌にもある。
「将軍はね、難攻不落で有名なんだ。頑張んなさい」
なぜか売店のオバちゃんが魔王様に声をかけて励ましているが、正体には気づいていない様子だ。
意外とバレないものらしい。
◆
あたり前だが、兵器局は一般市民には非公開である。
俺も魔王様も問題なく入れるのだが、セキュリティの関係で本人確認は必ずされる。
すなわち、魔王様だとバレるわけだ。
「はあ、珍しく女づれかと思いきや魔王陛下とはねえ……そりゃあ、私にはなびかないはずだわ」
なにやら女職人さんが魔王様を見てブツブツ言っている。
職人気質の彼女は上の者に職場を荒らされていると感じているのかもしれない。
「申しわけない。このあとで少し用があるので同行してもらったんだが大人しく……してないな」
魔王様も、はじめは俺の横でおとなしくしていたのだが、退屈してしまったようだ。
他の職人さんたちに囲まれながら新型ホモグラフトモデルの長剣を持ち上げたり兜をかぶったりして遊んでいる。
職人さんたちも嬉しそうなのは魔王様の人徳であろうか。
新型モデルは俺のダンジョンアタックを参考にしたため、各所に軽量化がほどこされている。
そうでなければ
「すまん、すぐに書類を整えよう」
「ま、いいんじゃないですか。あ、そこ間違ってますよ。旧型にもロイヤリティは発生しますから、日付はさかのぼって――」
なんとなく女職人さんがよそよそしい。
ここは早めに書類を整えて退散するとしよう。
俺は書類に視線を戻し、集中することにした。
「この書類はこれでいいかな。そんなにパカパカ売れるものでもないだろうけど」
「うーん、二刀流重戦士は滅多にいないからフルモデルはそうでもないけど、バラならちょいちょいでてますよ。剣だけとか、兜だけとか」
女職人さんの言葉を信じるなら思ったより臨時収入がもらえるかもしれない。
ちょっと期待してしまう。
「書類はこんなもんですかね。不備があれば連絡がありますが、たぶん大丈夫ですよ」
女職人さんのチェックも無事に終了だ。
俺の口からは「ふうー」と長い息が漏れる。
やはり書類関係は苦手なのだ。
「マリー、お待たせしました。終わりましたよ」
「あっ、ホモくん呼んでるから戻るよ。これありがとな」
魔王様が礼を述べ職人さんに剣を返している。
職人さんたちは「いえいえ」と恐縮顔だ。
「それでは少し落ち着いた場所で話をうかがいましょうか」
「うむ、よきにはからえ」
魔王様が嬉しげに笑う。
いつもと服装や場所が違うためか『なんだかデートのようだな』などと
(いかん、こんなことでは魔王様の下問にお答えできん)
俺は必死で頭を振り、邪念を払う。
背後から「マリーに、ホモくんねえ」と誰かの呟きが聞こえた気がした。
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