32話 下 鉄血もぬるくなったもんだぜ

 1階層、不審な冒険者たちの隣の部屋でゴルンは身を潜めた。

 まだ彼らは不審なだけ、排除する理由はないのだ。


(まあ、問答無用でもかまわねえが、あまり殺すと冒険者が来なくなっちまうのがあるからな)


 1階層の適正レベルは10以下だ。

 平均17レベルの4人パーティーが全滅というのはそれなりに不自然な事件になるだろう。


 じっと待つことしばし、先ほどとは別の冒険者が現れ、部屋の中でモンスターと戦い始めた。

 いつの間にかモンスターがリポップしていたようだ。


(ふうん、ソロでクロスボウか。大勢に不意を衝かれたらマズイわな)


 どうやら、事情が見えてきた気がした。

 この冒険者は狙われているようだ。


「おい、アンタ」


 ゴルンが物陰から姿を現し、声をかけることにした。

 驚いた様子の冒険者は無言で素早く身構え、距離を空ける。


 そこそこ腕の立つ男のようだ。

 所々に補強がしてあるフード付きの厚手のコートにクロスボウ。

 腰には幅広の剣を下げている。

 おそらくは野伏レンジャーだろう。

 年は30前後、なかなか苦みばしった男前だ。


「ああ、驚かせてすまんな。この先に待ち伏せしてる野郎が4人だ。心当たりはあるか?」


 男は警戒を解かず、じっとゴルンを観察していたが「何者だ?」と至極まっとうな質問を口にした。

 彼からすれば物陰に潜んでいた怪しいドワーフである。


「通りすがりのドワーフだ。行くも帰るも自由だがな、忠告だけはしといてやる」

「通りすがりにしちゃ装備が良すぎる。自由騎士か?」


 ゴルンは男の質問に「似たようなもんだ」と答えた。


 自由騎士とはちょっと上等な生まれの傭兵のことだ。

 報酬やロマンを求め、どの勢力にでも陣借りをする連中である。

 中には冒険者のマネごとをする者もいるだろう。


「ふん、チョイと報酬の分配で揉めた連中がいたが、まさか殺しにかかるとはな」


 男はチッと舌打ちをし「引き上げることにする」とハッキリと口にした。


 連射の利かないクロスボウに軽装は乱戦に向かないだろう。

 妥当な判断だとゴルンはうなずいた。


「騎士様はどうするんだ?」

「ふむ、ワシはこのまま先の様子を見に行くとしよう。おとなしくするならばよし、ワシに襲いかかるようなバカならおしおきだ」


 そう、このまま引くならば問題はない。

 冒険者同士の争いにゴルンは興味はないのだ。


 ただ、当ダンジョン内での犯罪行為は見逃すわけにはいかない。

 それを取り締まるのはダンジョンマスターであるエドの意志であり、このダンジョンのルールなのだ。


 ゴルンは左手にまとめて持つ手斧を1本、右手に持ちかえた。

 チャリチャリと鎖帷子が鳴るが、意にも介さずに進む。


 後方で先ほどの男が様子をうかがっているようだ。

 自分を狙った者らの始末を見届けるつもりなのだろう。


(ふん、それならそれでいい)


 ゴルンはわざと無防備を装い、冒険者たちが潜む小部屋に足を踏み入れた。


 その瞬間「オグマ、死にやがれ!」と声を荒げ、潜んでいた冒険者が槍を突き出してきた。

 だが、遅い。


 ゴルンは振り返りざまに手斧を投げ打つ。

 狙いをあやまたず、唸りをあげて飛んだ手斧は深々と槍冒険者の胸に突き立った。


「なんだコイツ!?」

「野郎、やりやがったな!」


 無言のままゴルンが連投した手斧は、声を上げた冒険者を次々に襲う。

 ただ、先ほどとは違い、斧は肩やすねに突き刺さった。 


 瞬きをする間の早業だ。

 この手練を見た残りの1人は戦意を失い、武器を捨ててうずくまる。


「おい、テメエらから襲っておいて『なんだコイツ』はねえだろう」


 ゴルンは冒険者たちに平手打ちをおみまいし、床に叩き伏せた。


「おい、手斧は返してもらうぜ」


 言うが早いか、ゴルンは冒険者たちを踏みつけながら手斧を回収する。

 胸に斧が生えた槍冒険者は血の泡を吹いて痙攣している……これはもう無理だろう。

 他の冒険者はヒイヒイと泣き言をもらしたが、ゴルンは無慈悲に手斧を引き抜いた。


「おい、テメエら。見逃してやろうじゃねえか」


 ゴルンは鼻紙ぶくろ(鎧の外につけるポケット状の小物入れ)から小銭入れを取り出し、中身を冒険者らに放り投げた。


「いいか、テメエらはマヌケにも1階層のモンスターにヤられたんだ。小づかいをやるから俺のことを表に出すんじゃねえぞ。ツラは覚えたぞ、オグマもな」


 ゴルンは振り返り、様子をうかがっていたオグマとやらにも警告した。

 オグマの存在に気がついた冒険者らは恨みがましい視線を向ける。


「黙っていられるならオメエにも小づかいをやろう」


 無造作に近づくゴルンにオグマは反応できないようだ。

 先ほどの投げ斧を見れば無理もないだろう。

 どのような動きを見せてもゴルンの斧からは逃れられない……それに気がついたオグマはあぶら汗を浮かべるのみだ。


 ゴルンはオグマの手をとり、硬貨を握らせる。

 するとオグマはガクリと膝をついた。


「お前さんは長生きするぜ。己の分ってやつをキッチリわきまえてやがる」


 ゴルンはニタリと笑い、その場を離れた。


(鉄血もぬるくなったもんだぜ)


 敵への容赦のない対応から『鉄のように冷えた血が流れてる』といわれたゴルンだ。

 金を渡して口止めとは我ながらおかしく、つい「ククク」と声がもれる。


 しばらく歩くと転移がかかり、マスタールームに呼び戻された。


「お疲れさまです。お茶を冷やしておきました」


 アンがすぐに冷えた緑茶を差し出してくれた。

 ゴルンは「ありがとよ」と受け取り、のどをゴクリゴクリと鳴らしながら一気に飲んだ。


「まあ、こんなもんだ」

「いいんじゃないっすか? 相変わらずバカ強いっすね」


 タックと軽いやりとりをし、鎧を脱ぐ。

 たったこれだけのやりとりでも、ゴルンは少し嬉しかった。


 その後『あのダンジョンにはドワーフのヤクザが出る』と謎の噂が立ったらしいが、それはまた別の話だ。


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