80話 冒険者サンドラ10

 サンドラたちが出会ったダンジョンブレイカーとは奇妙な男だった。


 赤い服に不思議な形のヘルメット。

 目もとを隠しているので顔つきは分からないが、おそらく中年の男性だ。


 身ごなしには隙がなく、いかにも古強者といった雰囲気がある。


「ふむ、なかなかスキルは高い。これなら任せられそうですね」


 挨拶もろくにせず、ダンジョンブレイカーは上着のポケットから不思議な物体を取り出した。

 手のひらにスッポリと収まるくらいの黒く四角い小箱だ。


(なんだコレは……魔道具?)


 ダンジョンブレイカーは「これは探知機です」と小箱を机の上に置いた。

 やはり魔道具のようだ。


「あなたがたに依頼をしたいのは、この探知機を使った調査です。場所はプルミエのダンジョン、試練の塔と塩の洞穴。成果報酬ですが、前金で8000ダカット」


 この報酬には皆が驚いた。

 条件にもよるが、8000ダカットもあれば都市で庶民が住む家が1年から2年は借りられるだろう……大金だ。


「なるほど。それで、探知機とやらは『隠し部屋』を見つけるものだと考えていいのかね?」

「話が早い。厳密に言えば違うが、その認識でかまわない。使い方の説明をしよう」


 ダンジョンブレイカーはドアーティの質問にサラリと答える。

 魔道具と言えば高価なもの、しかも宝の部屋に続く探知機を貧乏冒険者に預けることに警戒心は抱かないようだ。


「心配しなくても、これだけでは『扉』は開きません。それに、これ自体は単純なものですから複製できます」

「……へえ、アタイら以外にも頼んでるのかい?」


 サンドラがチラリと探りを入れると、ダンジョンブレイカーは隠すでもなく「いかにも」と頷いた。


「これは観察、第六感、看破が高い水準にあるパーティーにしか頼めません。他の都市でも頼んでおりますが、プルミエではあなたがただけですね」

「……なるほどね。それで? こいつはどう使うんだい」


 小箱には特に細工などはなく、ツルンとした光沢をまとっている。

 一見して使用法は想像もできない。


「目標に近づけば近づくほど強く振動します。初めは微弱な反応ですから観察スキルがある方が持つのがよいでしょう。この探知機を使い、調査範囲を狭めていくのがアナタがたの仕事です。時には第六感や看破が必要な場面もあるでしょう」


 ダンジョンブレイカーは少し言葉を溜め「ただし」ともったいをつけた。

 芝居がかった動きだ。


「誰にも気取られてはなりません。特に、ダンジョンに・・・・・・見つかれば・・・・・命はないでしょう。命がけの依頼です――ゆえに、この前金だと理解していただきたい」

「ダンジョンに見つかる? それは一体……?」


 まるでダンジョンに意思があるかのような口ぶりである。

 サンドラはその意図が読めず、ドアーティに目配せをした。


「ダンジョンブレイカーさん、俺達にはダンジョンに見つかる……ってのがイマイチ理解できんのだが、説明をお願いしてもいいだろうか?」

「ふむ、ダンジョンブレイカーと呼ばれるのは少々目だちます。私のことは赤魔法使いとでもお呼びください」


 ダンジョンブレイカー……いや、赤魔法使いか。

 彼は「さて、ダンジョンの意思でしたか」と一同を見渡す。

 話をもったいぶるクセがあるようだ。


「ダンジョンに意思はあるのです。思い返してください、あなたがたにも思い当たることはありませんか?」


 問われてみると、たしかにダンジョンには大きな意思があるような気がする。


 サンドラたちも暗き森を荒らした時に排除されたのだ。

 ダンジョンには何らかの意思があり、邪魔な冒険者を排除するのだろう。


「ふむ、それは了解した。ダンジョン内でも探知機は取り出さず、慎重に確認をしよう。そこで成功報酬だが――」

「まったく成果がなければゼロ。何らかの成果があれば4000ダカット。階層特定で追加4000。それ以上の成果でさらに4000。これが2つで最高24000ダカットです。いかがですか?」


 前金と合わせて最高32000ダカット――思わずサンドラのノドがゴクリと音をたてた。


「乗った!」

「俺もだ。それだけあれば4人で割っても店が出せる」


 オグマが飛びつき、次いでドアーティも応じた。

 リンは少し躊躇ちゅうちょしているようだ。


「リン、なにか嫌な予感がするのかい?」

「嫌な……とはちがうでやんす。うまくいかないような気も……うーん、でも悪くないような気もするでやんす」


 リンの第六感もうまく働かないようだ。

 これにはサンドラも迷ってしまう。


「うまくいかなくても前金がデカい。こいつは乗るべきだ」

「悪い予感じゃないんだろう? こんなにデカいヤマは二度とないぞ」


 たしかに2人の言い分も理解できる。

 だが『こんなにウマい話があるだろうか?』と疑ってしまうのも事実だ。


 赤魔法使いは迷うサンドラの様子を見ても何も言わない。

 おかしな仮面のせいで表情も読めないのは不気味だ。


(オグマとドアーティは賛成、リンは保留……ならアタイが反対してもムリだね)


 あまり気は進まないが、サンドラもパーティーを解散する気はない。

 サンドラも頷き、ここに契約は成立した。


「ただし、試練の塔での調査は無理をしなくてかまいません。あそこは最終的に50レベル近くないとキツいはずです。たとえば『6階までは反応なし』でも、こちらとしてはありがたい」

「ふん、ご忠告には感謝するよ。どうやって連絡つなぎはつけるんだい?」


 試練の塔は攻略すれば国への仕官がかなうほどの難関ダンジョンだ。

 何人も勇者を輩出しており、野心的な高レベルの冒険者も多く集まっている。


 たしかにサンドラたちには荷が重いと言えるが、この赤魔法使いの言い草にはカチンときた。

 だが、赤魔法使いはサンドラの感情に気づかないか、気づかないふりをしたのか、特に気にした様子もない。


「連絡はギルドを通して行います。ですが少なくともすぐには結果を求めません。次を考えれば試練の塔でレベルを上げてもらってもいいかもしれませんね」


 この言葉を聞いたドアーティとオグマ……特にオグマだが、色めきだって小さく「おおっ」と歓声をあげた。


(まったく、つき合ってらんないよ)


 なぜかは分からないが、サンドラは赤魔法使いを見ると無性にイラだってくる。

 理由は特にないが、虫が好かないのだ。


 チラリと見ればリンも微妙な表情をしている。


(ま、仕事は仕事だ。しっかりとこなしてやるさ)


 かくして、サンドラたちはこの奇妙な依頼を受けることになった。


「なんかムカつくでやんす。あのケツアゴ」


 リンがサンドラにだけ聞こえるボリュームでボソリと呟いた。

 たしかに赤魔法使いのアゴは割れている。

 サンドラは笑いをこらえるのに大層苦労をした。

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