79話 お困りっすね?
「ううむ、これをどう判断したものかの……」
内務卿はダンジョン公社からの上申書を眺めながら唸り声をあげた。
上申書には『複数ダンジョンによる後方撹乱計画』とある。
「さすがはホモグラフトさん、でよろしいかと。これは陛下から相談されたと言う軍事上の下問の答えなのでしょう」
「たしかにな。しかし、このような騒動の渦中に上申書など――」
エルフ社長が持ち込んだ上申書の内容はシンプルなものである。
国境の緊張を緩めるために人間の国や獣人の国で混乱を起こす。
複数のダンジョンで大規模な
その間に軍を再配置するのを目標とする。
(なるほど、一見子供だましのような策だが分かりやすい)
内務卿は上申書を再び目をやり「ふうむ」と自らのアゴヒゲをなでた。
計画はシンプルに作られたほうが間違いがない。
なにしろ目的は『混乱を起こす』だけなのだから。
「あの鉄の男は騒動などでは揺るがぬ、と言うことか……? さもなくば――」
内務卿はそこで言葉を飲んだ。
さもなくば正に
魔王城がスキャンダルの火消しに追われる中、当の本人は喜々として軍略を練っていたというのか。
(現状でも即時実現可能な低コストの作戦を立案してくるとは。四天王として軍権を握らなかったのは幸運だったかもしれぬな)
それを想像し、内務卿は首筋にゾクリとしたものを感じた。
「また悪い方に思考が傾いているようですね。心配はいりませんよ、彼は心ある人です。共に戦った私が保証します」
「ふん、最悪に備えるのがワシの役目よ。だがオヌシが言うのであれば信じよう。これは軍部にまわすとするか」
いかなる場面でも心を乱さず、己の役割を果たし続けられる……そんなことが可能なのであろうか。
古い馴染みのエルフ社長の言葉を疑うわけではないが、にわかには信じがたい。
「ふふ、そこは彼は独りではありませんからね。ここだけの話ですが、レタンクール女史と婚約したそうですよ。今回の件も72号ダンジョンで問題があったとは聞きませんし、彼女のサポートがあったのは間違いありませんね」
エルフ社長の言葉を聞き、内務卿は「まことかっ!?」と椅子から立ち上がった。
それが本当なら明確に誤報だと喧伝できる。
沈黙を続けたことへの答えにもなるだろう。
間違いなく騒動は沈静化するはずだ。
「ええ、本人から聞きましたから。スキャンダルに関し公社としての決定を伝える必要がありましたからね。それで呼び出したら上申書持参で婚約報告されたわけですが……こいつが傑作でしてね」
エルフ社長は実に楽しげだ。
内務卿もホモグラフトという男の人格や力量を高く評価しているが、また別の尺度を持つエルフ社長の話は興味深い。
「なんとね『公社は夫婦が同部署で働けるだろうか?』ってわざわざ法務部で確認しているんですよ」
「……ふん、問題なかろう。夫婦者のダンジョンマスターはおったはずだ」
内務卿の言葉に満足したのか、エルフ社長は「その通りです」と嬉しげに笑った。
「36号のタジマ夫妻ですね(シェイラのこと)。あちらもなかなかにぎやかで楽しい人たちです」
「それはよい。それで『スキャンダルに関し公社としての決定』とはなんだ?」
意外と気が短いところのある内務卿はエルフ社長に先を促した。
社長も慣れたもので苦笑いをするのみだ。
「スキャンダルの処分ですが正式に『保留』にしておきました。現状維持です。まあ、不敬罪などの法を犯したかは微妙な線ですし」
「ふむ、それならば免責でいいではないか。人柄を信じているのであろう?」
内務卿の問いにエルフ社長は「あなたの不安に対しての保険です」と片目をつぶる。
「いざ何かあれば、処分を決定し、停職もできましょう。期限は1ヶ月くらい。最長で半年くらいを考えています」
「気に食わん。オヌシらしい手じゃの」
内務卿は「ふん」と鼻を鳴らしたが、エルフ社長は「まあまあ」とどこ吹く風だ。
「それよりも今日はコレ、行きますか。婚約祝いですしね」
エルフ社長が顔の前でクイッと手首を動かした。
グラスを傾けるしぐさだ。
「なんでワシとオヌシが2人でリリアンヌ様の婚約祝いをするのか理解できぬな」
「はっはっは、他を誘ってもかまいませんとも。ちょっといい店ができましたね、安くてうまいワインを飲ませる優良店ですよ。市場調査といきましょうか」
内務卿は「婚約祝いではなかったのか」あきれるが、そのままデスクを片付け始める。
なんだかんだでつき合いがいいのだ。
◆
ダンジョンのデスク、そこにはいつもと変わらぬ
(うーん、このままは良くないよなあ。何かすべきなんだろうが、どうしたものか)
晴れて俺はリリーとの交際をスタートしたわけだが、ここで問題が浮上してきた。
今までと何も変わらないのだ。
ほぼ毎日職場で顔を見るわけだが、あいにく今の俺は謹慎中である。
一緒に外食したり、買い物したり、テーマパークに遊びに行ったりはできないのだ。
(ほんとうにこの美人が俺の恋人……なのだろうか?)
モテないあまり、妄想と現実の区別がなくなってきたんじゃないかと心配になってくる。
そのくらい今までと変化がないのだ。
「どうしました?」
俺の視線に気づいたリリーが書類仕事の手を止め、微笑みかけてくる。
なんだか照れくさくて「いや、なんでもないよ」と誤魔化してしまった。
まるで初恋にとまどうスクールの学生のような反応だ。
我ながらなさけない。
「ししっ、お困りっすね!?」
「いや、別に困ってないよ」
タックがなぜか床から顔を出してこちらの様子を観察していた。
何かの整備をしていたのだろうか。
(まあ、実際困ってはいないよな……)
俺がチラリと視線を向けると、やはりリリーと目が合いサッとそむけてしまった。
「やっぱり何かありました?」
「違う違う、そういうのじゃないから」
俺とリリーの慣れないやり取りを見ていたタックは、無言でハッチを閉めて床下へ消えた。
なんか言えよ。
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