109話 これは演習ではありません
情熱の夜より数日が経った。
なんとなくだが、居心地が悪い日々を送る俺がいる。
いや、何もあるわけではないのだが、なんとなく周囲に気を使われているような……考え過ぎだろうか。
「緊急通信に不具合が出たらしいっすけどウチは大丈夫っすね! この資料を見る限りじゃ個別に入れてた装置が干渉したみたいっす! うしし」
「そうか、うちはシステム関係はいじってないからな」
こうした通常の業務連絡もタックがニヤついているせいか、なんだか落ち着かない。
アンも俺たちをチラチラと見て照れてるし、なぜ感づかれたのだろうか。
今後は職場でいたすのは控えたいところだ……ここでやめると言いきれない浅ましい部分は許してほしい。
(リリーはしれっと今まで通りなんだよなあ)
それはそれで、あの日のことは溜めすぎた俺の妄想なのかと心配になってくる。
(やはり少人数の職場で恋愛関係はあまりよくないな……結婚後ならまだしも、婚約者というのはどうも間合いが測りづらい感じがする)
今日もリリーは美しい。
早く来週の休日にならないものか……デートプランのために情報誌も買ったし、あとは――
「おい、コイツを見ろ」
「おわたっ! すまん、なんだっ!?」
ぼんやりしているところに不意を衝かれて変な声が出た。
ゴルンに「はあ? 大丈夫かよ」と呆れられてしまったが、これは俺が悪い。
「すまん、居眠りしてたみたいだ」
「おお? まあいいけどよ、コイツだ」
ゴルンが示す先には目だつ格好の冒険者(?)の姿が確認できた。
凄いスピードでダンジョンモンスターを消し飛ばしながら進んでいる。
ちょっとそこらの冒険者とはモノが違うらしい。
「あの赤い魔法使いか! 今回は仲間がいるぞ。しかも前回は三味線ひいてたみたいだな」
「おう、コイツはやべえな。このチンドン屋みてえなのはレベルが見れねえが、連れの2人はレベル57と51だとよ。この戦力はダンジョン攻略じゃねえぞ、殴り込みだ」
このデータを見る限りじゃ、この赤魔法使いの仲間たちは元軍人としか思えない。
しかも魔王軍である。
こちらの戦力は俺が70レベル、ゴルンは57、赤い魔法使いの実力いかんでは厳しい状況だ。
切り替えていかないと大変なことになりかねない。
「リリー、ダンジョン荒らしの襲撃だ。緊急回線で公社に連絡、場合によっては緊急避難もありえる。テストではないと伝えてくれ」
「はい、緊急回線で公社に繋ぎます――これは演習ではありません。こちらは72号ダンジョン、現在ダンジョン荒らしの襲撃を受けました。繰り返します、これは演習ではありません――」
リリーが開設したばかりの緊急回線に呼びかける間、こちらもボーッとするわけにはいかない。
「タックはA種のファイルをまとめてくれ、いざとなれば廃棄する。アンはハーフ・インセクトに連絡してくれ、アイツらに手出しは無用だ。伝えたらすぐ戻るように」
緊急時のシミュレーションはある。
タックはダンジョンのシステム関係、転移関係、公社からの連絡関係のファイルを持ち出し用の箱に手早くまとめていく。
この辺りの書類を人間に渡すわけにはいかない。
アンは転移でハーフ・インセクトへ伝令に向かう。
さすがにドローンタイプが敵う相手ではない。
「ゴルン、フル装備だ。俺もダンジョン用の新モデルじゃなくて旧モデルの戦闘用でいく」
「おう。あの中の1人、背の高い方には覚えがあるぜ。アイツは8年前の反乱に加わったヤロウだ。キナくせえぞ」
8年前の反乱とは、人間との間に起きた戦争のドサクサで魔王様の親戚だかなんだかが挙兵した事件である。
先々代の魔王陛下の兄の子とかいうジジイで正統性を主張して反乱を起こしたのだ。
(たしか、多くの士官学校出のエリート将校たちが反乱やらボイコットやらに加わったんだよな)
本来なら叩き上げの俺は当時やっとこ士官になるくらいだったのだが、戦況が悪化したためにメチャクチャに戦場を転戦し武功を稼いでいた。
そこでエリート将校が抜けてスカスカになった上を埋めるためにバカみたいなスピード昇進をすることになったのだ。
平時であれば俺はいまごろ小隊長でも不思議じゃない。
「意外だな、ゴルンが元エリートの知り合いを紹介してくれるのか」
「いや、そんないいもんじゃねえ。アイツは変態だ、真正のサディストよ」
ゴルンは「ふん」と不快げに鼻を鳴らす。
屋外であればツバの1つも吐いたに違いない。
「作戦にかこつけて捕虜や民間人を殺しまくってな……問題になって軍法会議、脱走、反乱軍入りってわけよ」
「クズだな。ここで殺そう」
戦いってのはキレイごとではないが、それでも超えるべきではないラインはある。
それを何度も繰り返してるやつはクセになっているのだ。
「オイオイ、いつになく過激だな」
「更生の機会を捨てて敵に転ぶヤツだ。キリをつけてやるのが情けだよ」
そんなヤツを使っているのだ。
赤魔法使いもロクなものではないだろう。
俺とゴルンは手早く装備を整えてモニター前に戻る。
赤魔法使いらは2階の転移罠にも迷うことなくこちらに向かっているようだ。
どうやら構造も予習しているようだ。
彼らは3階層の水場をそのまま歩いている……水上歩行、それもかなりのグレードの魔道具だろう。
「ダメです。なぜか公社側で緊急回線が混線しているみたいで……対応に遅れが出ています」
「そうか、リリーはそのまま続けてくれ。今回は強敵だ。俺かゴルンがやられたらここは放棄して緊急転移するように」
俺の言葉にリリーはムッと表情を険しくした。
だが、俺が冗談で言っているわけではないと悟ると、覚悟を決めたようだ。
赤魔法使いも、仲間の2人と同等かそれ以上と見るべきだろう。
今回はかなりの強敵になる。
負けるつもりはないが、絶対に勝つなどと無責任なことは言えない。
ならば負けたあとの手だても考えるべきだ。
「分かりました。ここは任せてください」
「ああ、武人の女房はそれでこそだ。リリーだからこそ任せられる」
ここで泣きながら『死なないで』とか『そんなこと言わないで』などと怒るようなガキでは困る。
その点でリリーは満点だ。
「でもこれだけ言わせてくださいね。エドが死んだら私も死にます」
「……まいったな。肝に命じよう」
隣でゴルンが「見事なカウンターだ」と感心している。
たしかにこれは強烈だ。
「ふふ、簡単に逃しません。責任はとってもらいます」
「分かった。いざとなれば転移の魔道具で逃げる。その、ちゃんと責任は取りたいからな」
俺はリリーに「全力をつくすよ」と伝えた。
映画やコミックなら『約束するよ』とか言うのだろうが、俺はちょっと不誠実な気がして無理だ。
「ゴルン、ハーフ・インセクトの保安室で迎撃する。赤魔法使いは57レベルのコイツより1割高い63レベルの魔王軍士官と仮定する」
「了解だ。なかなかハードな設定だが問題はねえだろ」
俺とゴルンはその場で軽く跳ねながら会話を続ける。
ちょっと馬鹿みたいだが脱力しつつ体を温めているのだ。
モニターの赤魔法使い一行は迷うことなく隠し階段を見つけたようだ。
頃合いだろう。
「よし、転移頼む。4階保安室だ」
「了解しました。エド、気をつけてくださいね」
リリーに見送られ、薄暗い部屋へ転移する。
少しの間、俺とゴルンは体を伸ばしたり、その場でスクワットをしたりと体のエンジンに火を入れていく。
アップが足りない、などは何の言い訳にもならないのだから。
「来たぜ」
「ああ、確認した」
部屋には派手な衣装の変人と、ひょろリと背の高い人殺しが好きな大男。
残りの1人もロクデナシだろう。
俺は剣を抜き、ダンジョン荒らしと対峙した。
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