108話 すごくバカにされてる気がする
(まったく、風呂に入るとは面倒くさいことだ)
レオは誰もいない職場で「くあっ」と大きくアクビをし、後ろ足で耳をかいた。
首の後ろ辺りにノミとりの薬を塗られてからどうにも違和感がある。
レオのみならず、ガティートは濡れるのを嫌う。
それなのに我慢したのは、やはり
ガティートにも教育機関はあるのである。
(それに、あれほど尽くされては無下にはできまいよ)
あのアンという名の獣人の娘はレオにひとかたならぬ好意を寄せてくれている。
ああまでかしずかれては情も湧き『好きにさせてやろう』と考えても無理はない。
(面倒と言えばあやつらもだ)
レオは片目を開けてチラリとあの男の巣穴を見つめた。
先ほど、そこへ
(まったく、腕っぷしが自慢のウスノロよな。交尾ひとつでガタガタしおって)
ドワーフの娘とアンが気を利かせて2人きりにしたにもかかわらず、小一時間もまごついていたのだ。
ガティートならば成人を前に発情期が来て子づくりを初めるのも珍しくはない。
あの男は6才の子供(ガティートの成人は7才)よりも奥手なのであろうか。
(まあ、知ったことではないか。上の間が抜けておればこそ下は育つわけだ。アンの気が利くことはあの男のおかげもあろうさ)
レオはごろりと机に横になり、気だるげにシッポで机をパシパシ叩く。
ノミとりの薬が不快なのだ。
◆
(……なるようになった、と考えればいいのかな)
2回戦後の気だるい倦怠感の中、私室でリリーと2人ぼんやりと抱き合う。
今朝起きたときは、まさかこんな急展開があるとは思いもよらなかった。
「……あ、そろそろ」
ベッドからリリーが身を起こし、乱れた髪を整える。
リリーの肢体は驚くほどに均整がとれており、その姿はまるで絵画のような美のオーラを放っているようだ。
思わず拝みたくなる美しさである。
「なんだ、もう行くのかい?」
時計を見れば午後7時すぎ、まだ驚くほど早い時間だ。
これから移動して食事でもとれそうな時間である。
「ええ、だって明日も服がそのままだと恥ずかしいもの」
「あ、そうか。それもそうだな――でも」
俺はリリーの胸元に顔を埋めるように
小さくあえぐリリーの声が耳に甘い。
「もう、エドは思ったより甘えん坊ですね」
そりゃあ、誰だってリリーのような大人の女性には甘えたいだろう。
俺のほうがはるかに年上ではあるが、それはそういう問題ではない。
「でも、もうダメですよ。遅くなると姉も心配しますし」
「そうか、そうだな。じゃあ、またの機会にするよ。次の休みとか一緒にでかけよう」
俺が腰に手を回すと、リリーは「もう」と少し呆れた様子でベッドから立ち上がった。
あわよくば3戦目を狙っていたのにスルリとかわされた形だ。
「少しシャワーを浴びてきますね」
「ああ、タオルはそこの棚の……いや、俺が出すか」
ベッドから立ち上がり、棚からタオルを取る。
振り返ると、不意に裸で向き合う形になってしまった。
「あ、これ」
「あ、はい……ありがとうございます」
なんだろうかこれは。
すごく恥ずかしい気がする。
リリーも同様なのか、タオルを胸の前で抱くようにして受け取った。
「あ、リリーは……あれだ。素晴らしかった」
「その……エドも素敵でした」
何か言わなきゃとアセった結果、微妙な空気になってしまった。
リリーはそそくさとシャワールームへ向かう。
(なんだかなあ……する前は『役に立つ』のかと不安だったのに、いざとなったら治まらんな)
俺もズボンをはいてキッチンに向かうことにした。
水でも飲んで落ち着きたい。
部屋を出ると、パシパシと変な音が聞こえる。
確認すると、モニターの前でレオが机をシッポで叩いているようだ。
(何か楽しいのだろうか……?)
よく分からないが、レオを目を薄く開け「ふん」と鼻を鳴らす。
なぜだろう、すごくバカにされてる気がする。
この後、風呂あがりのリリーとちょっとだけイチャついて見送り、必死で痕跡を隠蔽することにした。
(さすがに変なシミとかあったらアンに悪いよなあ)
シーツを取り替え、私室の隅から隅までコロコロ(輪になった粘着テープを転がして掃除するアレだ)をかける。
消臭剤も多めにまいておいた。
(……リリーの香りが消えるのはちょっと残念だけどな)
思い出したら反応してしまう。
俺もまだまだ現役のようだ。
「あっ、シャワーも掃除するか。バスタオルも洗っておこう」
まさか王女の使用済み浴室に足を踏み入れる機会があるとは思いもよらなかった。
まあ、シャワールームで興奮するほどイカれてはいないが。
(ここは職場でもあるわけだし、今後は控えるべきだろうなあ)
何もここでする必要はない。
外ですればよいのだ。
念のために脱衣場もコロコロをかけたが、このあたりは特に問題はないだろう。
さすがにリリーはマナーがよく、使用済みタオルもきちんとたたまれている。
「……俺もシャワーに入りながらモップをかければ無駄がないだろう。うん、これは自然な流れだ。タオルを使うのもおかしくないか」
好奇心に負けた俺は誰かに言い訳をしながらシャワーに入り、リリーが使ったタオルを使ってみることにした。
ちょっとドキドキしたが、我に返って落ち込んだのは内緒だ。
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