107話 どうするのか、この微妙な雰囲気

 翌日、タックが緊急措置関係のシステム周りをいじっているため、俺とリリーは隅でぼんやりとお茶を飲んでいた。

 ゴルンは休み、アンはレオをシャワーで洗うのに熱中している(ノミがいたらしい)。


(ゆっくりとリリーのお茶を飲むのも、なんだか久しぶりだな)


 特別なにかあるわけではないが、こういう時間を共有するのは婚約者っぽいのではなかろうか。

 公私混同と言えばアレだが、職場恋愛と言えばトレンディな感じもする。


(うーむ、次の休暇を合わせてどこかに行きたいとこだが、どう切り出したものかな)


 俺がぼんやりと眺めていると、リリーが視線に気づき「どうしました?」と訊ねてきた。

 正直、何も考えてないので困ってしまう。


「いや……大したことじゃないが、リリーは昨日の休みに何をしてたのかなと考えてた」

「え? うーん? とくに変わったことはしてませんけど、姉とショッピングに行って服をたくさん見ましたね。あとは話題のダイエット法を2人でやってました」


 リリーは「姉を連れ出すのがたいへんでした」と苦笑いするが、その姉君は国家元首なのだ。

 連れ出すのはなかなか難しいだろう。


「リリーや魔王様がダイエットか……あまり想像がつかないな」

「……あー、これでもいろいろ気になるんです。そんなことより、急にどうしたんですか?」


 この『どうしたんですか?』は『急に休みのことを聞いてくるなんてどうしたんですか?』という意味だろう。

 俺は職員のプライベートの話題はなるべく避けてるし、珍しいのかもしれない。


「いや、プライベートのことを聞いて悪いとは思うんだが、その……もっとリリーのことを理解したいと言うか、なんというか、俺もリリーと一緒にどこか行きたいし傾向と対策を練りたいというか」


 なんだか言わなくてもいいことまで口走った気がするが、リリーは「まあ」と嬉しそうに笑ってくれた。


「うれしいです。私にもエドが昨日何をしたのか教えてくれますか?」

「俺か――そうだな、昨日は公社に行って、昼は親父さんの店に行ったくらいかな? なかなか味もいいし、安くて繁盛してたよ。あとは……あまり普段と変わらないな」


 休日だったリリーとは違い、こちらは通常勤務なのだ。

 変わったことは特にない。


「そのお店、次は私もご一緒していいですか?」

「えっ、いやー、男性客しかいない大盛りの店だしなあ。リリーと行くなら……こう、シャレた感じのトコにだな」


 さすがに屋号が『めし処』だけの店はデートには向かないのではなかろうか。

 高貴なリリーが、あの馬蹄型テーブルカウンターに座る様子は想像もつかない。


「いいんです。私もエドを女性客しかいないスイーツの店に連れていきますから」

「はは、お手柔らかに頼むよ」


 たわいもない会話だ。


 なぜか先ほどから緊急避難先への転移をテストしているタックとチラチラ目が合うが気のせいだろうか。


「あっ、たぶんシステムの更新はできたっすよ! 気にしないで続けてほしいっす! 今日はアタシとアンちゃんは早めにあがったほうがいいっすかね!?」

「えっ!? あの、レオさんは『俺がいても気にするな』って言ってますし、大丈夫です!」


 タックの一言になぜかアンまで反応しているが、隠れていたのだろうか。


(アンにはレオの言葉が理解できるのか? いや、ニュアンス的なモノを感じとっているのかも)


そう言えばアンはハーフ・インセクトともコミュニケーションが上手い。

何かしらのスキルや種族的な能力がある可能性はある。


 しかし、レオが『気にするな』とは意味深な気がして何か微妙な感じだ。

 ひょっとしたら先ほどのやりとりをアンと覗いていたのだろうか。


「それにしても濡れたレオはガリガリだな」

「ぺちゃんこのレオさんもかわいいです。しっかり乾かしてからノミとりの薬を塗りますね」


 アンが乾いたタオルでレオをガシガシと拭いている。


 毛が濡れたレオは驚くほど細い。

 ふんわりとしたアンのシッポも濡れたらあんな具合になるのであろうか。


「もうちょっと待ってほしいっす! 緊急転移は調整したんで、脱出ボタンを色んなとこに配置するっす!」


 タックが忙しげに走り回り、トイレや俺の私室にも装置を設置していく。


(私室は少しやめてほしいが……まあ、これはタックが正しいな)


 いざ危険が迫った時に緊急脱出ボタンを探しているようでは話にならない。

 タックらしい細やかな気くばりだ。


 部屋に見られてマズいものは出しっぱなしにはしていない……はず。


「いしし、これが終わったら帰るっす! ささ、そっちも続きをぶちゅーっとやるっす!」

「いや、ぶちゅってなんだよ……」


 思わずリリーと目が合ってしまう。


「はは、なんかスマンな」

「ああいえ、エドが謝ることではないですし、タックさんも悪気はないですし」


 互いに謎の愛想笑いが出た。

 さすがに職場でぶちゅっとするのは無理だが、つい唇に目が行くのは仕方がないところだろう。


「あ、お茶のおかわり淹れましょうか」

「そうだな、変な感じになる前にちょっと仕切り直そう」


 俺とリリーが席から離れると、なぜか私室から「ちっ」と舌打ちが聞こえた。

 チラ見をするとタックのみでなく、レオを抱えたアンもこちらを覗いているらしい。

 あれで隠れているつもりなのだろうか。


 この後、本当にタックとアンは5時前にかえってしまい、俺とリリー(レオもいる)がポツンと取り残される。

 いや、業務的には問題ないけども。


「はは、どうしたもんかな?」

「しばらく時間もありますし、どうしましょうね」


 どうするのか、この微妙な雰囲気。


 静寂の中、カシッカシッと耳慣れない音が響く。

 ふと目を移すと、首の後ろにノミとりの薬を塗られたレオが不快げに首を机にすりつけていた。

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