28話 私、作ってみたいです

 鉱脈とはダンジョンの破壊可能オブジェクトだ。

 だが、ダンジョンオブジェクトである以上、再生機能はついている。


 つまり、塩鉱脈であれば塩を採掘した直後に再生が始まる。

 ゆえに体感では無限に採掘できるのだ(理論上では破壊できるそうだ)。


 まあとにかく、そんなこんなで俺は塩を採掘していた。

 ガツガツとツルハシで塩を削り、適当なところでねこ車にシャベルで載せる。

 ゴーレムメーカーの側まで運び、上の方の投入口に塩をシャベルですくい入れる……この作業がキツい。

 どう考えても投入口が上にあるってデザインはおかしいだろ。


 そして、これを延々とくり返し、規定量に達すればゴーレムメーカーを起動できるわけだ。


(しんどい……最近、運動不足だったったからな)


 腹の肉も出てきた気がする。

 これはダイエット的にいいかもしれない。


「ふーっ、あとちょっとか。ガーゴイルからやれば良かったな」


 作業は俺一人だ。

 つい愚痴もでる。


 ゴルンには工作用の魔道具メーカーに行ってもらっている――魔道ドリルだけでなく、何か効率的な魔道具があればカタログを持ってきてもらう手はずだ。


 タックは2階層の製図でノッカー工務店に。


 リリーやアンに力仕事は論外だろう。

 細っこいアンはツルハシをろくに持ち上げられないし、リリーは……ちょっとやらせるわけにはいかない。


 何せ、リリーの手は比喩とかではなく、輝くような美しさなのだ。

 血豆で皮でもめくれたら、なんというか……それは文化の消失というか、国の損失だと思う。


(と、言うかリリーが何かを鷲掴みにしている姿を見たことないな)


 彼女は何かを持つときは指を優雅に伸ばし、指先でつまんでいる気がする。

 思い返せば、資料や荷物は胸で抱えるように持ち運んでいた。

 俺も資料になりたい。


「エドさん、お疲れならお茶にしませんか?」


 いつの間にか階段から降りてきたアンが声をかけてきた。

 俺はどうやらリリーの胸部に思いを馳せて、ぼんやりしていたようだ。


「どうしたんです?」

「いや、お茶をするなら着替えて行こうかな」


 体中がわりと塩まみれなのだ。

 俺は自室で着替えて、リリーとアンが待つテーブルについた。


 リリーが紅茶を淹れてくれるが、同じ茶葉でも彼女の淹れる紅茶は香り高く、全くの別物と言ってもいい。

 おそらく、何か技術と勘所があるのだろう。

 お茶うけは何故か常備してあるオシャレなお菓子だ(誰が補充してるのだろう?)。


「エド、お疲れ様でした」

「やっぱり軍人さんの体力はすごいです。ちょっと憧れちゃいますね。私も鍛えたいです」


 アンは同年代と比べても小柄だろう。

 鍛えるというより、まだ体が幼く成長しきっていない。


「そうだな……アンは腕力を鍛えるというよりも基礎体力をつける運動かな。たくさん動いて食べて寝る、まずは体づくりだ」

「体づくりですか」


 アンがチラリとリリーの体を恨めしげに見つめたが、両者の違いは

 服の上からでも明らかだ。

 リリーは色気が馥郁ふくいくと香りたつ花盛りであり、アンはまだまだ固いつぼみでしかない。


(アンも10年後は花盛りだろうさ。ゆっくりと憧れの『お姉さま』に学べばいい)


 俺は心の中でアンにエールを送る。

 彼女は時給計算だが、調理師としての能力もふくめて給与を考え直してやりたい。


「たくさん食べるですか。あの、朝はどうしてもお米を炊く時間がなくてパンになっちゃいますけど、お姉さまはどんな朝ごはんなんですか?」

「今朝はフルーツサラダとスムージーだったわ。姉がスムージーに凝ってるみたいなの」


 俺にはリリーの答えがサッパリイメージできない。

 だが、言葉の響きからするとオシャレな食べ物なのだろう。

 アンも「わあっ」と感嘆の声をもらし、キラキラとした眼差しでうっとりとリリーを見つめている。


「私、作ってみたいです。エドさん食べてくれますか?」

「ん? ああ、もちろん」


 俺は安請け合いしたが、フルーツサラダってどんなサラダか全く分からない……リンゴでも添えてあるのだろうか。

 サラダと食べるのだからスムージーはたぶん主食……丼か麺か、そんな感じだろう。


「お茶ごちそうさま。さて、再開するか。そろそろゴーレムメーカーを起動できそうなんだ」

「今から起動すれば終業までには十分間に合うはずです。夜間はゴーレムに採掘してもらうのもいいですね」


 いや、まあ……いいんだけど、リリーは手伝うそぶりも見せない。

 たぶん肉体労働を手伝うとか、発想がないんだろうなと思う。

 手伝うと言われても止めるけどな。


 一方のアンは「お掃除しますね」とホウキを手に、こぼれた塩を集めてくれるが、育ちの差というものだろう。


 ほどなくするとゴーレムメーカーは起動した。

 ゴーレムは起動までに5時間強かかるらしい。

 次はガーゴイルだ。



 その後、午後にはゴルンも戻ってきた。

 なんと魔道ベルトコンベアなる魔道具を担いでいる。


「おう、ちょうど良いのがあったぜ。土台なしで14万魔貨マッカだ。土台に使えそうなパイプとキャスターも買ってきたからワシが作ってやろう」


 魔道ベルトコンベアはその名の通り、自動で動くベルトに物を載せて移動させる装置だ。

 工場などで使われるが、小型のものはなかなか見る機会がないので驚いた。


「ま、安いやつだしちと短いが、ナナメにして投入口に塩が届くようにすればいいと思ってよ」

「こりゃすごい! 高い位置まで担ぎ上げるのがしんどいんだよ。さすがゴルンだ」


 俺が喜ぶと、ゴルンは「ドワーフには高さがな」と苦笑いした。

 たしかにドワーフには厳しい高さだろう。


「おはよーっす! とりあえず図面作ってみたっすよ!」


 タックも元気に登場だ。

 昼を過ぎているが、ノッカー工務店では出社時の挨拶は『おはようございます』で統一されているらしい。


「皆で見てほしいっす! ギリギリまで切り詰めたっすよ!」


 バンと机に広げたのはシンプルな図面だ。


 サイコロの『5』のように小部屋が並び、少し離れた位置に大部屋が2つ……大部屋はモンスター部屋とゴーレム部屋だろう。


「1階層のボス部屋を降りたら小部屋のエリアっす! この5つの小部屋のうち、3つ攻略すると転移トラップでモンスター部屋に行くっす!」


 タックは自信満々に「少ない部屋でたくさん戦闘させるっす!」と胸を張る。

 なかなかおもしろい工夫だ。


「ほほー、転移トラップか。モンスター部屋からは脱出できねえな」

「そこは一定のクールタイムを置けば帰りの転移陣が再起動する仕組みっす!タイマーをつけとけば冒険者でも分かるっす!」


 タックはゴルンの質問にもよどみなく答える。

 実によく錬られたアイデアだ。


「すごいな。オブジェクトは決めたのか?」

「オブジェクトは作らないっす! その代わり、冒険者にやられたゴーレムやガーゴイルの塩とか、ゴーレム部屋でこぼれた塩とかを集めて床や壁に接着して固定するっす!何年か時間が経てば塩の回廊になるはずっす!」


 これには皆が「おおー」と歓声をあげた。

 見事なアイデアだ。


「未完成の美ですね。満月よりも欠けた三日月をよしとするオードラン派の提唱した――」

「へへっ、実は建築家のル・ブルトンが再現した鏡の回廊を――」


 リリーとタックが何やら難しい話を始めた。

 彼女らの頭には美術史とやらが詰まっているらしい。


「すごいですー、私は全然分からないです」


 アンが戸惑いと尊敬の混じった複雑な視線を2人に向けた。

 俺もサッパリ分からん。


 あと、余談だがスムージーはドロドロした飲み物だった。

 これは食事なのか?



■消費DP■


構造部、3900

転移トラップ、300

照明、220


合計4420

残り2476

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