26話 お、大きいです……

 追加予算と共にゴーレムメーカーが来た。

 かなりデカい。しかも2つ。


 ちょっとマスタールームに置いておこうってサイズではない。

 あらかじめタックに頼んでいたマスタールーム真下の部屋、ゴーレム生産室(仮称)に転移で移動させた。

 この生産室はマスタールームから階段で降りられる。


 ゴーレムメーカーは俺たち5人が手を繋いでも抱えきれない円柱型だ。

 アンが「お、大きいです……」と驚いているが無理もない。


 一応、ゴーレムメーカー(中)と(小)なのだが、サイズ感はあまり変わらないようだ。


(俺が知ってるヤツよりちょっとデカイが、年式の問題かな?)


 地方軍で使用していた物を8年も死蔵していたのだから、それなりに古い型なのだろう。


 上の方に穴があり、そこからゴーレムの材料となる土や鉄鉱石を入れる。

 すると、中では錬金的な処理が行われ、完成したゴーレムが扉を開けて出てくるのだ。


 ちなみにゴーレムメーカー(小)は人間よりやや小さい体格のゴーレムを作る魔道具だ。

 これで作られたゴーレムは『ガーゴイル』と呼ばれる。

 パワーは中型に劣るが、動きがゴーレムに比して早く正確なため様々な作業現場で用いられているようだ。

 名前がガーゴイルメーカーではないのは謎だ。


「次は石切場を設置して材料を集めてみるっす!」

「あ、それなんだが、ちょっと待ってほしいんだ」


 タックが設置しようとしたのは石切場(小)という鉱脈だ。

 文字通り石が採掘できるようになる。

 設置に必要なDPも500と安く、ゴーレムの一般的な素材であるためタックは選ぼうとしたのだろう。


(というか、石切場くらいしか設置できないわけだしな)


 現状のDP8000ちょいでは選択肢は限られてしまう。

 彼女の判断は間違ってはいない。


「ゴーレムメーカーの運用で予算が下りたんだ。確認するか――」

「DP5000ですね」


 俺の言葉に待ってましたとリリーが被せてくる。

 そして皆が『おおー』と感嘆の声を出した。


「スゴいっす! これなら鉄鉱脈(小)や銅鉱脈(小)も視野に入ってくるっす!」

「カッパーゴーレムか、相当高レベルなモンスターになりそうだな」


 タックとゴルンが嬉しそうにしているが、ドワーフは伝統的に鉱物と縁が深い。

 鉱石や鉱物資源を使った伝統工芸品などもあり、彼らは総じて金属や宝石など地下資源を好むようだ。


 だが、この『種族らしさ』というのはなかなかセンシティブな話題でもある。

 それは時に差別にもつながるからだ。


 かなり昔の話だが『ドワーフ=鉱夫・鍛冶』の代名詞だった時代もあったわけで……まあ、今は種族差別的な意味合いが出てくるので滅多に言うやつはいない。

 だが、ひどい差別になると『エルフ=森で暮らす人』みたいなのもまだあるのだ。

 公式の場でエルフに『休日は森でヒザを曲げずにジャンプするんですか?』とか聞いたら社会的な制裁は免れないだろう。

 食道楽のエルフ社長が森で木の実をもいで生活できるはずがない。


「どうしたっすか……?」


 俺がぼんやりしていると、それに気がついたタックが不安げに訪ねてきた。

 何かトラブルかと心配になったのかもしれない。


「いや、どんなゴーレムにするか考えていたんだ」

「たしかに。地域と共生するダンジョンとしては、この地域に合った資源を産出したいですね」


 何気ない俺の一言をリリーが膨らませた。

 タックとアンが『おおー』と声をあげる。


「たしかにそうっすね! 鉄とか、大理石とか、足りないものを産出してもいいっす! 特産品なら水晶もアリっす!」

「水晶か、悪くねえ。だが、何を欲しがってるか調べるのはどうすんだ?」


 ゴルンの疑問はもっともだろう。

 俺も回復の泉あたりからぼんやり眺めたことはあるが、開拓村のことはなにも分からない。


「ま、見に行くしかないだろ?」

「そりゃそうだな。万が一の防衛に大将か俺のどっちかは留守番。ウチの娘は正式なスタッフじゃねえ。そうなると組み合わせは決まってくるか」


 こうなると、俺かリリーのどちらかは残ったほうがいいだろう。

 ゴーレムメーカーや追加DPの件もあるし、公社から連絡があるかもしれない。


「俺とアンか、ゴルンとリリーか……俺とアンの方がまだ自然かな?」

「うーん、エドは人間のふりはできますけど、アンは難しくないですか?」


 リリーが首をかしげるが、下手に偽装する必要はないだろう。

 獣人は人間の国にも広く分布しているし、魔族と人間は外見的な差はほぼ無いからだ。


「私が人間の村に行くんですか?」

「俺と別行動しなきゃ大丈夫だと思うぞ」


 俺が気づかうと、意外にもアンは「はい、楽しみです」とニコニコしている。

 案外肝が太い。


「人間は排他的ですし、地方の開拓村に行く理由を考えたほうがいいかもしれませんよ?」

「うーん、シンプルに旅人くらいにしとくか。俺とアンは探し物をしていて、ダンジョンを見に来たんだ」


 リリーが心配してくれるが、作り込んだ細かい設定は忘れてしまう。

 シンプルでいいのだ。


「それじゃ、アンちゃんは一旦戻って古い服を持ってくるっす! 人間の国は魔道具がほとんどなくて旅人がキレイな格好してるわけないっす! それを靴とか泥で汚すっす!」


 タックはダンジョンデザインを学んだ時に人間の文化を調べ、それなりに知識があるようだ。


 ちなみにタックやリリーはカレッジと呼ばれる教育機関を卒業した才女である。

 学のない俺とアンはタックの言葉を聞き『そんなものか』と納得した。


「たしかに人間の軍は装備も貧弱だし、魔道化もされてない。人間の国は魔王領より貧しく、技術も未熟とはよく聞くところだ」

「冒険者も小汚えしな」


 俺とゴルンも散々人間とやり合ったが文化に詳しいとは言えないだろう。


「じゃあ、なるべく古い服を持ってきますね。恥ずかしいですけど」


 アンが転移で一旦帰宅し、俺は自分の靴と服を砂まみれにすることにした。



「ここが人間の村か」

「本当に魔族と違わないんですねえ」


 ヤギを放牧している人間を見たアンが妙な感心をしている。

 もともと人間と魔族は同根で、争いの末に分裂したそうだ。

 ゆえに両者には外見的な差異はほとんどない。


 人間に負け続けた魔族は北へ追いやられ、厳しい土地で生きるために錬金術や魔道技術を発展させた歴史がある。

 魔族というのも、もともとは蔑称だったようだ。


「あそこ、アレはため池だな。ダンジョンの水を溜めているのか」

「ひええ、田舎というか……その、何というか……」


 人間の暮らしぶりを見たアンが引いている。

 粗末な家屋、痩せた家畜、開拓村には柵すらない。

 下水道もないのだろうか、村の入り口では野営地のトイレのような悪臭が漂い、どこか難民キャンプを思わせる。

 あまりに貧しい、不潔な暮らしぶりだ。


「……なんか、皆でこっち見てますよ」


 アンが隠れるように俺のマントを引いた。

 住民がよそ者に気がつき警戒しているのだろう。


「すまない、ここに新しいダンジョンができたと聞いたのだが、詳しく教えてくれるだろうか?」


 俺が声をかけると、背の曲がった老婆はこちらをジロジロと眺め「冒険者か?」とぶっきらぼうに訊ねた。


「違うが、ダンジョンについて調べているんだ」

「ふうん、村長なら畑を拓いてるはずだよ、あっちで聞いてみな」


 老婆は迷惑そうにため池の方を示す。

 俺は「ありがとう」と礼をのべ、ため池に向かった。

 そこには数名の男が土に鍬を入れているのが確認できた。


 男たちは俺たちが近づくと気づいたようで「よそ者だ」「冒険者か」と小声ささやき合っている。


「あんたら、冒険者か?」


 声をかけてきたのは壮年の男性だ。

 上半身裸でびっしりと汗をかいている。


「いや、冒険者ではないが、新しいダンジョンの話を聞きに来た。こちらに村長がいると言われてな」

「ん、ああ。村長は俺だ」


 意外にも若い村長だ。

 村長は「休憩にしよう」と男たちに声をかけ、皆が思い思いに腰を下ろしている。


「あんたら、立派な身なりだが都市から来たね?」

「いや、遠くから来た。調べものがあってな……」


 俺はなるべく嘘をつかないように気をつけながら答える。

 直感的に嘘を見破る看破のスキルや嘘を見抜く魔法対策だ。


「ふうん、ダンジョンかね。そっちの娘はなんだ? 召使いの獣人にいい服を着せて旅をしてるのか?」


 男たちの視線を感じたか、アンが身を固くする気配を感じた。

 少し怯えているようだ。


「彼女は……色々あったが、今では娘のように思っているのさ」

「ふうん、立派な剣を下げた旅人が獣人づれか。たしかに色々ありそうだが、その娘っ子をつれて悪さもできんだろ。何が知りてえんだい?」


 どうやら村長は彼なりに俺たちの疑いを解いたらしい。


「何が知りてえんだい?」

「ダンジョンの……評判というかな。冒険者なども増えただろう? それと食事ができる店があれば教えてほしい」


 村長は「ふうん」と考え込み、色々と教えてくれた。


 ダンジョンからは水が湧いており、開拓村では耕作地を拡げていること。

 村にやってくる冒険者は少数であり、あまり生活に影響はないこと。

 冒険者からの評判自体はあまり良くないが、回復の泉で村人は助かっていること。

 また、冒険者からの評判が良くない理由は『都市から遠く』『稼ぎが少ない』ためらしい。


「こんな小さい村じゃ酒場や宿なんてねえが、ウチが冒険者に食料を分けてるよ。麦粥くらいしかないが食べていくかね? 銭はもらうが」

「助かる。魔貨でいいかな?」


 俺が少し多めに4000魔貨ほど渡すと、驚きで村長の片眉があがった。

 どうやら十分だったようだ。


「おい、俺はちょいと客人を案内するから畑は頼むぞ」


 村長に連れられ、村の中を歩く。

 開拓村は意外なほど奥行きがあり、20軒ほどか。

 人口は数十人といったところだろう。


 村長の家は特に大きくもない普通の民家だ。

 そこに通され「適当に座ってくれ」と案内された。


 どうやら土間にテーブルや椅子を並べて生活しているようだ。


「おうい、客に飯を出してくれ! 2人だ! ヤギの乳があったろう!」


 村長は「ゆっくりしてきな」と言い残し、慌ただしく家を出た。

 おそらく畑仕事に戻ったのだろう。

 俺達は村長の奥さんらしき女性に応対され、麦がゆと風味の強いチーズを振る舞われた。


「むう、籠城戦を思い出させる味だな」


 何と言うか、塩味がない。

 ヤギ乳で煮込んだライ麦がゆは入れてある香草のためか強い雑味がある。

 出てきたチーズはクセがつよく、食べ慣れない俺にはなかなかツラい。


 アンは押し黙り、ベソをかいている。

 口に出して文句を言わないだけたしなみがあると褒めるべきだろう。

 ハッキリ言ってマズい。


 俺は奥さんに1000魔貨ほど握らせ、食料事情を訊ねると、極めて厳しいらしい。

 都市から離れているため担ぎ売りの商人が稀に来る程度で、自給できない塩は慢性的に不足しているのだとか。


「ダンジョンは怖いですけどねえ。水が湧いたおかげで畑を作れますし、男衆は総出で働いてますよ」


 ダンジョンに対する感情は複雑らしい。


「なるほど、ダンジョンができて冒険者が来ると道も拡がりますからね。今より商人も来るかも知れませんよ」

「うーん、だといいんですけどねえ。モンスターを間引けないと、あふれ出るって言うじゃないですか。あまり稼げなくて人がよく死ぬって冒険者が言ってましたし、不安の方が大きいですよ」


 村長も言っていたが、ウチのダンジョンは評判がイマイチのようだ。

 たしかにマナーの悪い5人を始末してよりガクンと来場者が減ってしまった。

 ハイリスクローリターンなダンジョンと認識されてしまったのかもしれない。


「なんとか下の子にも畑を分けてやれればいいんですけどねえ」


 最後にポツリとこぼした奥さんの一言が印象的だった。


「アン、初めて見た人間の暮らしはどうだった?」

「なんというか……私は家族がいませんけど、ここの人たちとどっちが幸せなのかって考えちゃいました」


 アンはショックを受けたようだが無理もない。

 この村は人間の国でもかなりキツい部類だろう。


「たしかに見なきゃ分からんことはたくさんあった」


 ダンジョンは冒険者には不評であったが、開拓村で水源は活用されており、大いに期待されているようだ。

 地域共生の始まりとしては決して悪くない。


 どうやら、次の一手は決まったようだ。

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