25話 ういやつ

「へへっ」

「どうしたの? 姉さん。気持ち悪い笑い方して」


 姉妹の朝食時、姉のマリーが突然笑いだした。

 どうやら思い出し笑いをしたらしい。

 マリーは「気持ち悪くないし」と抗議をしたが、特に気分を害してないようだ。


「昨日さー、ホモくんからメール来たんだけどさ……ぶふっ」

「え? エドからメール来たんだ」


 姉の言葉を聞いたリリーは、内心穏やかではない。

 エドはメーラーが苦手で、リリーとのやりとりも業務連絡ばかりなのだ。


(……姉さんにはプライベートでメールするんだ)


 それを考えると、鼻の奥がツンと軽く痛んだ。

 エドはリリーから見ても堅物の部類だ。

 それが立場を越えて姉に私信を送ってるなんて――しかも、冗句で笑わせている。


 嫉妬ではなく、ただただショックだった。


「それでさー、それが笑えるんだよね。ちょっと見てみる?」


 マリーがメーラーを差し出した。

 ちょっと不気味なネコスケルトンのシールでデコレーションした趣味の悪いやつだ(かわいいじゃん! とはマリーの言葉である)。


 リリーは「いいのかな」と呟いてためらいがちにメーラーを受け取った。

 他人の私信をのぞき見る背徳感はある。

 だが、好奇心がまさり、差出人が『ホモくん』と書かれたメールを開く。


『りりいから ききました こおれむめえかあ の けん よろしく おねかいします』


 リリーはメールを読み「えっ?」と声が出た。

 そこにあったのは想像したような文章ではなく、業務上の挨拶だったのだ。


 しかし、マリーは我慢できなくなったようでケタケタと笑っている。


「やばいよねー、ぶふっ。『りりいからきいたこおれむめえかあ』ってワケ分かんないよねー」

「ああ、そこなんだ……」


 たしかにエドは文字変換を活用できていない。

 なぜかそこがマリーの琴線に触れたのだろう。


「そうなんだ。私はてっきり――」


 リリーは顔を赤くし、口をつぐんだ。

 姉から遠回しに『交際相手のエドに手を出すな』と言われるのかと戦々恐々としていたのだ。


「てっきり?」

「ううん、なんでもない!」


 マリーがニヤニヤしているが、これ以上の追撃はないようだ。


「しかし、ぷくくっ、こおれむめえかあ、か……ホモくん、ういやつめ」


 マリーは「これは褒美をあたえねばならんな」と上機嫌だ。


「これで軍縮派のケチンボどもに吠えづらをかかしてやれるぞ。形ばかりとはいえ、私から軍縮に乗り出すんだからなぁ。ぷぷっ、ヤツらの手柄などにさせるものか。ホモくんの手柄だぞ」


 そう、マリーは政治家なのである。

 どうせ軍縮は避けられないならと新派のエドに功績を稼がせたのだ。


 この辺のしたたかさは自分にはないとリリーは舌を巻いた。


「ご褒美は何がいいだろ?」

「うーん、最近のエドはダンジョンの増設がしたいと考えてますから――」


 マリーが「私をプレゼントしようかな」とふざけて、リリーが叱る。

 今日もレタンクール家の朝は賑やかだった。



「お久しぶりです」

「いやいや、時間があって良かった。色々進捗が聞きたいと思っていたんですよ」


 昼時、俺は久しぶりにエルフ社長と会っていた。

 場所は公社からやや離れたうなぎ屋である。


「ここのうなぎはね。私の行きつけなんですよ」

「ははあ、うなぎ屋で飲むのは初めてです」


 エルフ社長は「先ずは1杯」と俺の盃に米酒を注いでくれる。

 俺は「ややっ、恐縮です」とそれを受け、すぐにご返杯をした。


「さすが豪傑、いける口ですなあ」

「おっとと……いやあ、社長こそお強い」


 俺と社長は特に意味もないやり取りをしながら、お新香しんこをつまんで酒を飲む。


「時にどうですか、ダンジョンは」

「慣れないなりにボチボチですね」


 互いに『どうですか』『ボチボチです』で会話が成立するのは文化だろうか。


「レタンクール女史が優秀ですので書類仕事は問題ありません。保安要員として元軍人も雇えました。最近入った若い子も頑張ってくれてます」

「今回もレタンクール女史はご活躍でしたね。上申書、拝見しましたよ」


 俺は盃を置き、無言で頭を下げた。

 あの企画はリリーが考え、魔王様の主導で先行してしまったのだ。


 これは叱られても仕方がない。

 社長の上を飛び越した形となったのだから。


「いえいえ、レタンクール女史の家庭環境は存じてますとも。怒ったりはしませんよ」

「はっ、恐縮です」


 エルフ社長は飄々と俺の盃に酒を注ぐ。

 俺はそれをグイと飲み干した。

 

「正直に申しまして、当社では彼女を扱いかねておりました。なにせ王女様ですからね……彼女は優秀ではありましたが、上の者が遠慮してしまうんですな。72号ダンジョンに転籍した時はホッとした者もいたでしょう」


 これは分かる気がする。

 俺も初めからリリーの素性を知っていたら遠慮してしまっただろう。


「ですがホモグラフトさんはこうして彼女の事情を含めて使ってみせた。さすがの胆力ですな」

「……いやはや、汗顔のいたりです」


 俺はエルフ社長の盃に酒を注ぎ、徳利が空になったことに気がついた。

 ペースが早い。


「そこでですよ、本題は。魔王陛下はホモグラフトさんに褒美として便宜を図るように言われたのですが……早くも2階層を造られるとか?」

「はい、実は――」


 俺は内務卿にマスタールームの位置が悪いと指摘されたことを伝えた。

 階層を増やして誤魔化すつもりなのだとも。


「なるほど、ゴーレムメーカーを使えばDPの節約になりますな」

「いやはや、私が不慣れなものですから部下に気を使ってもらってます」


 ちょうど注文していた白焼きがきたので、社長は酒の追加とシメのうな重を注文した。

 なんでもうなぎは焼くのに時間がかかるから早めに注文するのだとか。


「いけますよ、ここの白焼きは」

「ほう、これはうまい。米酒に合いますね」


 おべんちゃらではなく、身はふっくらとし、皮はカリカリで本当にうまい。

 薬味に塩、ショウガ、ワサビと並んでいるが、どれをつけても合う気がする。


「白焼きは初めてでしたが、うなぎの味がハッキリ分かってうまいですね」

「ここは何代も続く老舗でしてね。うな重も驚きますよ」


 俺が「楽しみです」と言うと、エルフ社長はニッコリと笑った。

 どうやら相当な食道楽らしい。


「先ほどの話ですが、ダンジョンで何かお困りはありませんかな?」


 あまりにうまくて本題を忘れそうだ。

 うなぎとは罪深いものである。


「おっと、そうでした……お困りと言われましてもDPの問題はゴーレムメーカーで解決できますし、夜勤ができる方を募集してはいますが、こちらも急いでいるかと問われれば……」

「なるほど、なるほど。ならばスタッフよりDPにしておきましょう。上申書にあった『ゴーレムメーカーのテスト運用』でしたか、そのテスト費用としてなら問題はありませんから」


 エルフ社長はぐいぐいと酒を飲み、白焼きを食べ進める。

 年のわりにかなりの健啖家のようだ。


「しかし、これは軍縮とダンジョン運営の両面で理がある計画です。さすがは名将、目のつけどころが違う」

「いえいえ、そんなことは……」


 追加した酒がなくなったころ、うな重がとどいた。

 こいつも実にうまそうだ。


「ホモグラフトさん、お酒はまだいけるでしょう?」

「はあ、お付き合いします」


 この社長、エルフじゃなくてドワーフではなかろうか。

 俺が応じると「さすが、頼もしいですなあ」とニコニコしている。


 米を食べながら飲むのかと驚いたが、意外やうな重での酒もなかなかいける。


 すっかり満足した後は「ここは私が」「いやいや私が」と大人の譲り合いをした後でごちそうになってしまった。

 様式美というやつだ。


 エルフ社長が「ではまた飲みましょう」としっかりとした足取りで会社に戻ったときはさすがにたまげた。

 これからまだ仕事をするらしい。


 俺は「すげえな」と呆れ、降参することにした。

 酒量ではあの華奢なエルフの老人に敵わない。


 帰宅(帰ダンジョンとでもいうべきか)後、ゴルンとタックに「酒の匂いがする」と文字通り嗅ぎつけられたのはご愛嬌だ。


「ふふ、社長はお酒好きですからね。うなぎ屋さんですか?」


 リリーにはお見通しらしい。

 ひょっとしたら社員をよく連れて行くのだろうか。


「仕事中にズルいっす! 昼から何時間も飲んでるなんて!」

「うなぎ屋さんって行ったことないです」


 タックが直接的に、アンは遠回しに俺を非難するが、俺も仕事だからな。


「じゃあ、そのうち皆で行くか『うなぎボードワン』って店なんだけどな」

「うなボーか、名店じゃねえか」


 ゴルンも知ってる店らしい。

 エルフ社長も老舗だと言っていたし有名店のようだ


「リリー、どうやら企画は上手くいったみたいだよ」

「よかったです。でも、社長がうなぎ屋さんに行くときは機嫌が良い時なので心配してませんでしたよ」


 リリーがクスリと笑う。

 ひょっとしたら魔王様から聞いて知っていたのかもしれない。

 俺が「ありがとな」と伝えるとリリーは「エドのメールのおかげです」と意味ありげに微笑んだ。

 よく分からないが、うまくいったなら良しとしよう。


 なぜかアンが「大人の会話ですね」と喜んでいた。

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