53話 死者の国5

 5階層、ここも石造りの素っ気ない回廊だ。

 長く潜っていると、変化のないダンジョンにウンザリしてくる。


(やはり目先を変化させるのは重要だな)


 自分が歩くことで理解できることは多い。

 そのうちタックを誘って、シェイラのダンジョンでも行ってみても良いかもしれない。


 ほんの少しだけ進むと、エルフ社長が「ここですね」と教えてくれた。

 階段からほど近い、モンスターも宝箱もない小部屋だ。

 普通なら休憩のための小キャンプくらいでしか立ち寄らない場所だろう。


「ふふ、分かりますか? 隠し扉の位置が」

「いえ、お恥ずかしながら『ある』と聞いても全くわかりません」


 完全にお手上げ、俺1人で調査に来たらここで手詰まりだ。

 認識阻害は二重にかけられてあり、全く不自然なところがない。

 恐らくは扉に触れても分からないだろう。


「そうでしょう。看破、第六感、観察などがよほど優れてなければ違和感すらないはずです。でなければ意味がありませんから」


 エルフ社長はカバンから小さなキーホルダーのようなモノを取りだし、壁面に近づける。

 するとその近くから認識阻害が解けていく……なにやら魔道具のようだ。


「カギですよ。公社でマスターキーを管理しているのです。もちろんホモグラフトさんのダンジョンでも使用できます」


 そして、認識阻害が解け、物理障壁があらわになる。

 アダマンタイトと呼ばれる鋼色の魔道金属製のゴツいやつだ。


「ここから先は私には手出しが難しいでしょう。ホモグラフトさん、よろしくお願いします」

「了解しました。社長はここで待機していただき、私が退却した場合は中の保安要員が出てくる前にドアを閉めていただきたいのですが」


 さすがに俺も『絶対に勝つ』と言うほど自信家ではない。

 相性や噛み合わせによっては太刀打ちできない可能性もある。


「承知しました……それでは開けますよ!」


 エルフ社長がガチャリと戸を開けると、何もない部屋に巨体が1つうずくまっているのを発見した。

 あれが保安要員だろう。


 俺が部屋に踏み入ると、巨体がピクリと反応し、立ち上がった――デカい。


 筋骨隆々の巨体に翼とシッポが生えた異様な姿。

 左右の手には曲刀のような爪が生え、黒光りする皮膚は金属のように光を反射している。

 禍々しい角が何本も生えた面構えはいかにも恐ろしげだ。


「グレーターデーモンです! マヒと毒! 強力な魔法に回復力まである難敵ですぞ!」


 エルフ社長が教えてくれたこのグレーターデーモン、立ち上がり翼を広げると威圧感がスゴい。

 俺を睨みつける視線にすら圧力をかんじる――こいつは強敵だ。


(久しぶりだな、この感じは……!)


 俺は乾いた唇を舐め、自らが笑っているのを知覚した。


「ウオオォオォォォォッ!!」

「ゴオオォォォォォォゥ!!」


 俺たちは示し合わせたように雄叫びとともに駆け出し、部屋の中央で激突した。

 刃と爪を合せ力比べのような形となる。


「そんなものか! グレーターデーモンとやらっ!!」

「ウゴオォォォッ!!」


 そのまま足を止めての打ち合いとなる。

 巨体から生み出されるパワーは凄まじく、一撃でもまともに食らえばタダではすまない。

 それが凄まじい速さで振り下ろされ、突き出される。


 俺は突き出される抜き手に思い切り警棒をぶつけて迎撃し、長剣を振るう。

 硬いゴムまりを剣で叩きつけたような不思議な手応えだ。


 俺の剣がグレーターデーモンをとらえ、肘のあたりを引き裂いた。

 しかし、同時にグレーターデーモンの口から衝撃波が飛び、兜に強い衝撃を受ける。


 相打ち――だが、こちらの傷は浅い。

 純粋な技量ではこちらが上、しかし、いくら斬りつけてもグレーターデーモンの傷はいつの間にかふさがっている。


(ならばっ! 回転を上げてやろう!!)


 俺は身体強化の魔法を自らにかけ、さらに鋭く、強く長剣を繰り出す。

 警棒ではろくにダメージが通らないが、剣で削ることはできる。


「オオオッ!! まだまだ上げるぞっ!! ついてこられるかデカブツッ!!」


 言葉が通じているかは怪しいが、俺は気勢を上げて威嚇する。

 するとグレーターデーモンは翼を使い、宙へ逃れた。

 俺の倍ほどもある巨体がやすやすと飛ぶのはなんらかの魔法だろう。


 どうやら中間距離からの魔法の撃ち合いをお望みだ。

 グレーターデーモンがどデカい氷柱をガンガン落としてくるが、これにつき合う義理はない。

 俺は氷柱をさけながら魔力を練り、炎矢ファイヤアローでグレーターデーモンの翼を狙い撃つ。


 だが、命中したはずの炎矢は翼に触れた途端に拡散し、かき消された。


(む、魔法無効か……!? 厄介な!)


 魔法が通じなくては、この距離での勝ち目は皆無。

 俺は床に突き刺さった氷柱を足場にし、高く飛び上がった。


(ここが屋外ならば完封負けだったかもな!)


 だが、ここはダンジョンだ。

 俺はフルパワーで剣を振るい、グレーターデーモンのつま先を切り飛ばした。


「ガアァァッ!?」

「逃がすか! おかわりだっ!」


 グレーターデーモンが羽ばたき逃れようとするが、すぐに天井に遮られた。


 俺は氷柱の間を縫うように飛びまわり、グレーターデーモンの下半身を引き裂いていく。

 すると、何度目かにグレーターデーモンは何やら唸り声をあげ、泥のように溶け床に広がった。


「いけないっ! ホモグラフトさん、それは自らを触媒にした召喚です! 新手が来ますよ!!」


 エルフ社長が叫ぶ。

 俺がとっさに離れると、床の染みからヌッと新手のグレーターデーモンが出現した。


「く、くくっ、面白い! ならば触媒に使えぬほどに刻んでやろう!」


 強敵と戦うのは武人のほまれ、例えようもない喜びだ。

 俺は勇み、新手のグレーターデーモンに飛びかかった。



「素晴らしい! 実に素晴らしい! まさか3体もグレーターデーモンを倒してしまうとは!」


 エルフ社長が顔を上気させ、俺をたたえてくれる。

 そう、俺はなんだかんだで都合3体もグレーターデーモンを討伐した。


 さすがに疲労困憊、俺はぐったりと床に座り込み、エルフ社長の治療を受けていた。

 何度か爪を受けてしまい、毒ももらってしまったようだ……マヒだったらヤバかったと思う。


「まさかグレーターデーモンほどの大物に保安をさせるとは。万が一コントロールを失えば被害は計り知れませんよ。下手をすれば人間の都市がなくなってしまう」

「たしかに。屋外であれば勝ち目はありませんでした。恐るべき存在だ」


 魔法が効かない大火力のバケモノが自在に飛び回れば、魔道兵団でも引っ張り出してこなければ厳しい。

 屋内で戦えた俺はツイていた。


「グレーターデーモンの爪や角は大変珍しいので高価な素材になりますよ。どうされますか?」


 エルフ社長の言葉に、俺は手元を確認する。

 何度も爪と打ち合ったオリハルコンの長剣は一目で分かるほどに刃こぼれをしている。

 警棒は完全に歪んでしまい、縮めることすらできない……残念だが、これは廃棄だ。


 改めてグレーターデーモンの爪の恐ろしさを実感し、冷や汗が背をつたう。

 見れば胴鎧もかなりヘコんでいた。


「ならば頂いていきます。いつもお世話になっている兵器局に検体として提出しようと思います」

「それは良い。きっと喜ばれますよ」


 エルフ社長はニッコリと笑い「歩けますか?」と訊ねてきた。

 治療が終わったのだろう。


「はい、ありがとうございます。爪を拾うので少しだけお待ちください」


 改めてグレーターデーモンの死骸を見ると損傷が激しい。

 俺は比較的状態の良い爪と角を回収し、簡単にロープで縛った。

 少しかさばるが、マスタールームに入れば転移が可能だ。

 特に問題ないだろう。


「それでは、マスタールームを開けます」


 社長がマスタールームへの扉を開くと、ガツンとくる悪臭が鼻についた。

 この臭いはよく知っている――死臭だ。

 臭いの強烈さから判断すれば、かなり腐敗が進んでいるらしい。


「社長、これは死臭です。気をつけてください」


 俺はエルフ社長を庇うように前に出てマスタールームの様子を窺う。

 すると、信じられない人の姿を見た。


「ホモくん早かったな。待ってたぞ」

「エド、お疲れ様でした」


 そこにいたのは魔王様とリリー、信じられないが実際に目の前にいるのだ。


(……バカな、転移が復旧したのか……? いや、それにしても)


 猛烈な腐臭、2人の美女。

 想定外の事態に動揺し、胸が早鐘を打つ。

 これは本当に現実なのだろうか。

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