54話 死者の国6
「どうしたんだ? 変な顔して」
「なぜ陛下がここに……? リリーはダンジョンの留守はどうしたんだ?」
俺の疑問に2人はクスクスと笑う。
なぜか笑い声がヒドく甘い。
「ふふ、おかしなエドですね。ダンジョンは皆に任せたじゃないですか」
「こらっ、なんでマリーって呼ばないんだ。名前で呼ぶって約束しただろ?」
留守番……そうだ、ゴルンとレオに任せたんだったか。
ならリリーがいてもおかしくないのか。
「そうか……何もおかしくない、のか?」
「そうですよ。何もおかしくありません。ここで私達と暮らしていたじゃないですか」
リリーが俺に寄り添い、それを見た魔王様が「ズルいぞっ」と俺の腕に絡みついた。
2人の柔らかな感触に思考が汚染される。
(そうか、そうだったか……俺は2人と暮らしていたのか……?)
俺の胸に寄り添うリリーの甘ったるい香り。
男の理性を溶かしつくすような女の香りだ。
(甘い、香りだと……!?)
だが、この強烈な違和感に俺は理性を取り戻し、
リリーの姿をしたモノを斬る不快さはある。
だが、それを利用された怒りのほうが
俺はそのまま剣を突き出し、なにかの胸を貫いた。
かなり危なかった。
恐らくは精神攻撃……リリーの香りを知らなければ逃れられなかっただろう(6話参照)。
リリーはもっと、こう……柔らかくて透明感のある、それでいて高貴な香りだ。
(そうだ! 社長は――)
慌てて振り返ると社長に気味の悪いのっぺらぼうのようなモンスターが絡みついている。
信じられないことに、俺は先ほどまで社長の存在を完全に忘れ去っていたのだ。
そのまま俺は即座にのっぺらぼうの首をはね飛ばす。
のっぺらぼうからの反撃はなかった。
「はっ!? 今のは一体!?」
俺が得体の知れないモンスターを斬り捨てると、エルフ社長は驚いて声をあげた。
「なにやらモンスターの精神攻撃だったようです。ご無事でしたか」
「はあ、はあ、ドッペルでしたか。完全に油断していました。人の望む姿で現れ、幻覚でとり込むやっかいなモンスターです」
エルフ社長は「別れた2番目の妻が現れましたよ」と薄く笑う。
今は何人目の奥さんなんだろうか……きっと、こんな人がいるから俺まで回ってこないんだろう。
モテの格差社会である。
「とりあえず、マスタールームを調べましょうか。察するにあの小部屋が私室のようですよ」
「お気をつけください。まだドッペルがいないとも限りません」
エルフ社長が慎重にマスタールーム脇の個室のドアを開けた。
すると猛烈な腐臭がさらに強まる。
ここに臭いの原因があるらしい。
「遺体ですね。かなりの時間が経過しているようですよ。恐らくはダンジョンマスター」
「このモンスター……ドッペルにマスタールームを奪われた、ということでしょうか?」
強烈な臭いから、すでに死者がいるのは予想できていたが……なかなか刺激的な光景だ。
腐乱死体……恐らくは男性。
ベッドに寝た状態だ。
もはや真っ黒に変色しており、拡がった体液が衣服やシーツを不気味に染めている。
ハエなどがたかっていないのはダンジョンゆえだろうか。
正直、時間が経ちすぎていて見て取れる情報は少ない。
「いえ、ドッペルは恐らくDPモンスターでしょう。彼らは侵入した我らになにやら暗示をかけようとしていました。つまり、複雑な自律行動をし、侵入者を撃退しようとしていたと思われます」
「なるほど、DPモンスターに運営を補助させるダンジョンマスターがいるとは聞き及んでいます。つまり、ドッペルがマスター亡き後もダンジョン機能を維持していたのでしょうか」
だとすればドッペルたちは亡君に仕え続けた忠臣か。
斬ったことに後悔はないが、見事なものだ。
古い価値観を持つローガイン元帥ならば『アッパレ』とでも言っただろうか。
「後のことは専門家の調査が必要でしょう。コアを確認したら帰還します。ダンジョンマスター死亡によるシステムの不具合、これが結論です」
エルフ社長は「お疲れ様でした」と複雑な表情を見せた。
引きこもりだったとはいえ、ダンジョンマスターが亡くなったのだ。
心中は穏やかではないだろう。
「コアも確認しました。回収チームを要請しましょう。あ、それとすぐにダンジョンを維持するスタッフも派遣する必要がありますね。あー、それから――」
珍しくエルフ社長がテンパっているが、そりゃそうである。
ダンジョンマスターは死亡。
補助のスタッフも(俺が)皆殺しにしてしまったのだ。
放ったらかしにすればさらなる不具合は免れないだろう。
「もう私が残りましょう。ホモグラフトさんは転移で送り届けますよ。転移システムは権限者が許可をだせない状態のためにスリーブしていただけです。私に権限を移譲して――」
エルフ社長がモニターを操作し、俺の足元から魔力光が発生した。
「それではまた連絡をしま――」
そこで視界が暗転し、俺は見慣れたダンジョンに戻った。
半日ほど離れただけなのにヒドく懐かしく感じる。
「あっ、エドさんです!」
「おかえりっす!」
時計を見ればとっくに終業時間は過ぎている。
俺のことを待っていてくれたのだろうか。
責任者としては褒められないが、個人的にはたまらなく嬉しい。
そして、駆け寄って来たアンが顔をしかめ、急ブレーキで立ち止まる。
続くタックも「ゔっ」と変な声をだした。
「こいつはくせーっす! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜーっす!」
タックは露骨に鼻をつまんで顔をそむける。
アンはさすがにそこまでしないがシッポが力なく垂れ下がり「臭いですー」とションボリした。
さすがに傷つくだろ。
まあ、ゾンビまみれのダンジョンに最後のアレだ。
臭いが移ってないはずがない。
「その格好、ずいぶんやりあったな。ミスリルの鎧がベコベコじゃねえか」
「ああ、久しぶりにやられるかとゾクゾクしたよ。とんでもないのがいてな――」
ここでゴルンがスッと手の平をこちらに向け「続きは風呂の後な」と素っ気なくあしらわれた。
見ればリリーとレオは遠巻きにしてこちらの様子を窺っている。
賢いとは思うが、それはそれで傷つくぞ。
それにしてもレオは見たことない表情だな。
フレーメン反応ってやつか。
「はあ、じゃあ今日はここまでにして報告は明日な」
俺は自室に戻り、着替えることにした。
転移でランドリーと銭湯に行こう。
「頑張ったんだけどなあ」
つい、愚痴がこぼれた。
仕事帰りの男なんて、そんなにカッコいいモノではないのだ。
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