119話 喝だ、喝!
魔王城、外壁付近。
「たるんどる! 喝だ、喝っ!!」
ローガイン軍に響き渡る怒声に萎縮する若手士官。
彼らからすれば陽動のために動いた作戦で撤退したから怒鳴られるなど理不尽だと感じるかもしれない。
だが、ローガインは若い者らの敵に対する気合が足りないと感じ、喝を入れた。
理屈ではないのである。
「走り込みが足りんから粘りがない! 罰走だっ!」
ローガインが若手士官を追い散らすと、副官が「もうすぐ作戦開始時刻です」と時計を示した。
うまく部下を庇っているのは明らかなのだが、そこはローガインもうるさくは言わない。
「ふん、ホモグラフトめ。ワシを囮にするとはな。いまどきの若いのにしては骨がある……走り込みと素振りで下半身がシッカリしておるのだ。アッパレをくれてやろう」
空を見上げると頭上を鳥型のモンスターが編隊を組んで飛んでいく。
その戦術はローガインの常識の外ではあるが、勝負師としての勘が『勝てる』と告げていた。
ローガインは新しいものや理論は嫌いだが、それ以上に勝つことが大好きなのだ。
作戦への参加もそれが理由である。
しばらく鳥型のモンスターを見送っていると、魔王城内から何かが勢いよく打ち上がるのが確認できた。
それは直角に近い無理な軌道で旋回し、空を裂く。
狙いは編隊の先頭、ホモグラフトの乗る鳥型のモンスターのようだ。
「あれは――ホモグラフトでは荷が重い、ここはワシが出るしかあるまい。ローガイン、出る!」
ローガインは自身の過半を占める
◆
魔王城付近、上空。
「そろそろお城が見えてくるよっ! 通信機はー?」
「了解、通信機を起動する」
俺はステュムパリデスを操作するリリパットの指示に従い耳につけた小型通信機を起動した。
このリリパットの名前はナンナ。
黒髪ロングだが、活発な印象の少女だ。
話によるとレーレの次にステュムパリデスの操作に長けているらしい。
「こちらはホモグラフト、全員聞こえるか?」
手を上げて後続の仲間に呼びかけると『感度良好』『聞こえるでやんす』『大丈夫だぞ』などと個性豊かな声が届いた。
振り返ると全員が手を上げている。
通信状態は良好だ。
「現在、ローガイン軍の陽動によりこちらは無事に進行している。手はず通りハーピーなどの飛行性の敵には俺とシェイラが対応する。リンとオグマは先行し防空施設を攻撃しろ」
俺とシェイラが左右に展開すると、偵察兵であるハーピーやホークマンと呼ばれる鳥型の獣人が接近してきた。
数は少なく20人強といったところか。
「来たよ! この子は大きいから小回りできないんだ! ちょっと無理するけど落っこちないでね!」
「了解した、俺が迎撃する。接敵してくれ!」
ナンナはステュムパリデスを大きく傾け、弧を描くように旋回した。
するとそこへハーピーが飛び込み鋭い蹴爪を振るう。
間一髪、ナンナはハーピーの動きを読んだらしい。
空中戦など初めての経験だ。
耳元でうなる風切り音に俺のタマがキュッと縮み上がるのを感じた。
「ヒューッ! すごいスリルだな! こんどはこっちの番だっ!」
俺は溜めた魔力を開放し、複数の炎の矢をバラまいてハーピーたちを牽制する。
狙わずとも隊列に近づけさせなければいいのだ。
デタラメな攻撃でも運の悪いやつは被弾して墜落していく。
すごいのはシェイラだ。
めちゃくちゃな回避をするステュムパリデスの背から長弓で狙撃し、百発百中の精度で敵を射抜いている。
時には空に飛び出して落下中に弓を放ち、またステュムパリデスに着地するアクロバットを見せていた。
操縦するレーレとの息もピッタリの達人技だ。
「見事なものだな! とても真似はできん!」
「それはいいけどねっ! 前から来るよっ!」
ナンナの警告と同時に何かがドンッと炸裂した。
続く衝撃波でステュムパリデスがグラリとバランスを崩したが、すぐに持ちなおした。
モンスターの侵入を阻む高射砲だろう。
防空施設の警戒エリアに侵入したのだ。
続けてドンッドンッと炸裂音が耳を打つ。
「固まるなっ! 散開して砲撃をしのげ! リン、オグマ、防空施設を叩いて進入路を確保せよ!」
俺の指示を待つまでもなく、2体のステュムパリデスは大きく羽ばたいて前に出た。
「承知! リン、初めにぶちかませ! 俺は取りこぼしを狙う!」
「了解でやんす!
リンが魔法を行使すると、周囲をつつむまばゆい閃光に目がくらんだ。
そのあまりの光量に魔力光だと気づくまで時間を要したほどの明るさだ。
チュドン、と聞き慣れない音が響き、次の瞬間には魔王城の尖塔が大爆発に巻き込まれ、ゴゴッ土煙を上げて崩れていく。
その根元では反乱軍らしき兵士が崩壊から必死に逃げ惑っている。
魔力を増幅して射出する魔道砲とはいえ、尋常ではない。
(デタラメだっ! 何だアレは!?)
たて続けに放たれるリンの魔法。
高度な魔力障壁が何重にもかけられた魔王城の防壁が次々に吹き飛ばされ、人が、建材が舞い上がる。
巻き込まれた守備兵の中にはわけもわからず上官の反乱に参加した者もいるだろう。
不本意ながら保身のために協力した者もいたはずだ。
だが、そうした個々の事情を忖度することなく、リンの暴力は猛威を振るう。
一種の天才であるリンと、最新の魔道技術が組み合わさり悪夢のような破壊力を生み出したようだ。
『オグマだ。このハープーンとやら、装填が面倒だが悪くない。右手の守備隊はカタがつくぞ』
オグマからの通信だ。
リンのアバウトな狙いの隙間を狙い、オグマが精確な狙撃でバリスタを破壊していく。
目だたないがこちらも大した威力だ。
「よし、右手の守備隊は無力化された。各員、そちらから突入せよ!」
散会していたステュムパリデスが再度まとまり、2列縦隊で魔王城へ侵入する。
ここで俺たちは魔王城の防壁を乗り越えた。
史上にも稀な偉業を成し遂げたわけだ。
「きゃっ、危ないっ!」
「うおおっ! どうした!?」
偉業の余韻に浸る俺を、ナンナの悲鳴と急激な旋回が現実に引き戻した。
メチャクチャな軌道で回避行動をとる俺たちの至近距離を閃光がいく筋もかすめていく。
明らかに攻撃だ。
(なんだ!? あれは魔道兵器――いや、人か!)
凄まじい勢いで下から突撃してくる異形、どうやら
「油断したなホモグラフトッ! 戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ!」
「あれはっ!? グロスかっ!」
目の前を通過した異形の顔はグロスだった。
信じがたいことに首から下は全て
魔道化とは欠損した肉体を義肢や義体ではなく、魔道具で補った生体兵器のことだ。
肉体の一部であっても心身の負担は極めて高く、ここまでの比率で魔道化した前例を俺は知らない。
「ちいぃっ! チョコマカと!」
「総員、コイツには構わず先に行けっ! 俺が抑える!」
グロスは両手の指先から複数の閃光を同時に放ち、俺を執拗に狙う。
こちらも負けじと炎の矢を乱射するが、全く通用していない。
「ちょっとお兄さん! 弾幕薄いよっ! 何やってんの!?」
「そうは言うがな、守りで手一杯だ!」
俺はグロスの攻勢に耐えかね、
だが、閃光の威力は桁違いに強化されており防ぎきれない。
ナンナも必死で曲芸じみたきりもみ回転で回避を試みるが、閃光の数が多すぎる。
(このままではやられる!)
地上ならまだしも、この条件では勝ち目がない。
しかし、俺にトドメをささんと両手を広げたグロスの動きが止まった。
「来る! このプレッシャー、ローガインかっ!?」
「ワシが来るまでに仕留めきれなかったのは気のたるみよ、喝だ喝っ!」
俺が覚悟を決めたその瞬間、グロスを目がけて一筋の流星が衝突した。
ガイィンと凄まじい音と激しい火花が散る。
「しばらく見ぬ間に魔道化したかグロス! 足までない空戦仕様とはアッパレ!」
「空戦に足など飾りだ! キサマらには分かるまい!」
なんと、俺たちを救ったのはローガイン元帥だ。
こちらも全身の魔道兵器を起動し、背中から魔力光を噴出して飛んでいる。
「ここは引き受けた、ホモグラフト! 作戦を続行せよ!」
「ええい、邪魔をするなっ!」
そのまま極限まで魔道化した戦士たちは信じられない速度でもみ合いながら離れていく。
鋭角的にぎこちなく、だが凄まじいエネルギーを感じさせながら飛行するグロス。
なめらかな曲線を描くように自在に飛び回るローガイン元帥。
彼らは「見える、見えるぞっ!」「喝だ、喝!」などと激しく争っている。
(魔道化を進めると、ああも人間離れするものなのか)
自力で自在に空を飛び、全身を魔道兵器とする戦いは現実とは思えない迫力だ。
この戦いには手出しができない。
「ナンナ、皆と合流してくれ」
「了解、スピードを上げるよ!」
ここは元帥に任せて降下ポイントに向かうのが先決だろう。
ナンナが「はいやーはいやー」とステュムパリデスに指示を出すと、大きく羽ばたいてスピードを上げた。
降下ポイントは中庭。
俺が陛下の威光を損ねた……苦い思い出の場所だ。
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