96話 アンはかわいいからな
斧戦士と魔法弓手に連れられて門の前まで来ると、すでに何人かが集まっていた。
「おっ、来てくれたかトルネード」
「ああ、相談とか聞いたが」
この場には衛兵隊長と、おそらく副官のベテラン衛兵。
それに冒険者ギルドの支部長と女ドワーフパーティー、斧戦士と魔法弓手だ。
これが防戦の現場を支える主力である。
「おう、実はよ。さっきの防戦でモンスターの数をだいぶ減らしてな。包囲も薄くなった気がするんだが――」
「我々は現時点なら反撃に出て駆逐できると判断したのだが、エド殿の意見を聞きたいのだ」
なるほど、この様子を見るに攻撃は決定したが、アドバイザーみたいな立ち位置の俺に意見を求めたということだろう。
「いいんじゃないか? よほど無謀ならば諌めるが、衆議で決したことに否やはない」
この俺の答えは意外だったのか衛兵隊長は「むっ、ホントにいいのか?」と問い直した。
「うーん、なんと言うか、アッサリしたもんだな」
「うむ、エド殿は慎重であるから反対かと思っていた」
支部長と衛兵隊長の言葉には苦笑してしまう。
そもそも手出しをさせず、慎重に籠城させたのはゴーレム部隊を展開するためなのだ。
ウェンディの破壊工作がうまく行ったのならば籠城する意味はない。
(ま、冒険者と村民の仲は縮まったかもな)
俺は先ほどの村の女房たちを思い出してクスリと笑ってしまった。
「なんでえ、笑ってやがらあ」
「ああ。俺ってそんなに慎重かな?」
斧戦士が俺の笑いを見とがめたが、適当に話を合わせておく。
さすがに女衆を思い出してニヤついていたとは言えない。
「手出しを控えていたのは状況を判断するためだ。あの後ゴーレムの大群が湧いたろう? あれとやり合わなかったのは正解だったと思うぞ」
「たしかに。あれが村に来たら木の防壁なんてひとたまりもなかっただろうな」
俺の言葉に魔法弓手も納得してくれたようだ。
彼と女ドワーフは冒険者にしてはかなり知的な印象だが、それが冒険者としての成果につながっているのかもしれない。
「総がかりなら乱戦になるな。万が一に備えて村を守る戦力も残したいが、どうだろう?」
俺が尋ねると、支部長が「なるほど」と頷いた。
乱戦のさなかに
「ふうむ、まとまった数の冒険者に『待て』をさせるのは難しいかもな。衛兵隊はどうだ?」
「我々ならば大丈夫だとは思うが、モンスター相手は不慣れなトコがあるから――」
支部長と衛兵隊長が打ち合わせを始めた。
俺は部外者だし、他の冒険者は指示を受ける立場だ。
これでいいと思う。
「なあ、ちょっといいか?」
「もちろんだとも。よほど無茶じゃなければ協力するさ」
俺に話しかけてきた斧戦士が「違う違う、そうじゃねえんだ」と顔の前でしきりに手を振っている。
なんだか気持ちの悪い動きだ。
「あのよ、ほら、あの子いるだろ? 炊き出ししてるアンタの連れの」
「ん? アンのことか?」
斧戦士は「そうだ」と照れているが……こんなむさいヤツに恥ずかしがられても気味が悪い。
「アン……さんとな。その、話とかしてみたくてよ」
「ああ、そういうことか。本人が嫌がらなきゃかまわんよ」
この斧戦士、アンに気があるようだ。
無精髭がむさ苦しいが、斧戦士はおそらく20代前半から半ば、ハイティーンのアンと釣り合わなくもないだろう。
「保護者の俺に話を通したのは感心だが、本人が嫌がるようなことや乱暴なことはしてくれるなよ。あの娘は俺と連絡を取る魔道具を持ってるからな」
「分かってるよ、そんなことはしねえさ」
俺が釘をさすと斧戦士はいかにも『心外だ』と言わんばかりに天を仰いだ。
大げさな身振りがうっとうしい。
「まあ、アンはかわいいからな。わからんでもない。個人的に親しくなるくらい咎めないさ」
「そうか、ありがてえ!」
斧戦士が喜びを見せるが……まだ喜ぶのは早いのではあるまいか。
アンはわりと誰にでも優しくて愛想がいい。
ちょっと話すくらいなら、紳士的に接すれば問題なくできるはずだ。
だが、逆にいえば『ある程度』は親しくなれるだろうが『それ以上』を望むなら難敵だろう。
俺にもアンの好みはよく分からない。
(アンもしっかり者だし、自分で考えて相手を選ぶだろうさ)
さすがに『結婚します』とか言い出したら止めるように警告するかもしれないが……最終的にはそれだって自由意志だ。
斧戦士を応援することはないが、邪魔をする気もない。
「一言だけアドバイスするならな、体と歯を清めてヒゲを剃ることだな。他人に不快感を与えない清潔感は大切さ」
「そうか、そうだな。参考にさせてもらうぜ」
斧戦士は小さくガッツポーズを見せた。
ひとつハードルを越えた気分なのだろう。
俺がアドバイスを送ったことで応援されていると感じたのかもしれない。
(それにしても総攻撃の打ち合わせ中に呑気なもんだな)
先ほどの女衆や斧戦士、籠城の中でも人の営みはあるということだろう。
「さ、それもいいがな。先ずは戦の話だぞ」
俺が斧戦士を促すと、隣で魔法弓手が「まったくだ」と応じた。
「ダンジョンモンスターは基本的に人を襲う。討ちもらすことはないだろう」
「今回はそれで大丈夫だ。だが、今後を考えるとダンジョン前に観測所くらいは造る必要があるんじゃないか?」
支部長と衛兵隊長の話は『その後』の話に移ったようだ。
衛兵隊長は今後のために見張りを置きたいが、支部長は『封鎖をすると暴走が起きる』と心配しているらしい。
チラチラこちらを見ているが、何か意見が欲しいようだ。
「折衷案ではないが、小さな小屋くらいを建てて1人か2人くらい常駐させるのはどうだ? 異変を観測したら木板でも叩いて村に知らせればいい」
「たしかに他のダンジョンでもダンジョン村のようなものはあるからね。封鎖ではなく、監視を兼ねて仮設の売店でもいいかもしれないな」
俺の意見を聞いていた女ドワーフが補足してくれた。
彼女も観測所を置く必要があると考えているのだろう。
俺としても範囲内に冒険者や衛兵が常駐してくれたらDP的に美味しい。
借
「ま、そりゃ攻撃の後で考えりゃいいんじゃないの?」
「そうそう『明日のことは起きてないこと』だからね」
女ドワーフの仲間たちがアッケラカンと先送りを提案したが、それは賢明な判断だろう。
まず勝たねば先はないのだから。
(まあ、ゴルンに連絡するからある程度で収めてくれるだろうがな)
皆が勝利への決意を固める中、俺だけ舞台裏を知っているとは何とも締まらない話だ。
「それじゃ、攻撃の準備が整ったらおしえてくれ。それと――」
俺は斧戦士に向かいニヤリと笑う。
「包囲が解けたら俺とアンは村から離れるからな。近いうちにまた来る予定だが、伝えることがあるなら早めにしておくことをオススメするよ」
俺の言葉を聞いた斧戦士は「んなっ!?」と奇声をあげた。
彼の気持ちも理解できるが、俺の立場でアンをこれ以上滞在させるわけにはいかない。
それに、あらかじめ教えてやったことは俺なりの誠意でもある。
「俺にはまだやるべきことがあるのさ。悪く思うな」
「ぐ、ぐ、わかった。それまでのチャンスを活かすとするぜ」
この言葉には感心した。
困難な状況を知り、さらに挑むのはなかなかできることではない。
(斧戦士よ、俺の中ではポイントが上がったぞ)
俺は軽く手を振り、その場を離れた。
アンにも撤収を知らせねばならない。
ちなみに、この斧戦士。
バカ正直に体と歯を磨いてからヒゲを剃ってアンに交際を申し込んでいた。
炊き出しの真っ最中、さらに獣人であるアンへの堂々たる態度、さすがの俺も応援したくなったのだが……アンは「よく知らない人とはおつき合いできません」と普通に断っていた。
当たり前の反応ではあるのだが、さすがにちょっと気の毒じゃないかなとも思ったり。
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