97話 だ、ダメですっ

 村を包囲したモンスターの群れへの逆襲が始まった。

 門が開け放たれ、冒険者や衛兵隊が閧の声と共に飛び出していく。

 先頭はやはりあの男エドだ。


(やはり、ただ者ではないのだろうな)


 村長は小さくため息をつき、その勇姿を見送った。

 エドはおそらく大勢の人を統べる立場にあるのだろう。

 慣れた様子で集団の先頭に立ち、荒くれどもを見事に統率している。


 彼と並ぶと衛兵隊長やギルドの支部長までが家来か子分のように見えるのだ……器量というものがまるで違うのだろう。


(とてもではないが、田舎村長の俺にはマネできそうもないことだ)


 村長は今、村の男たちを引き連れ門の内側で待機をしていた。

 戦うわけではない。

 担ぎ込まれた負傷者を運び入れたり、攻撃を受けた防壁の内側に土嚢を積んだりと人夫仕事をこなすためだ。


 城壁の外からはすさまじい怒号と何かを打ちつけるような音が鳴り響く。

 戦いの音、これを聞くだけで村長は股間がすくむ思いなのだ。


「村長っ! 押してるぜ! このまま行けば勝てる!」

「……っ! そうか! 勝てるか!」


 見張り台で戦況を見守っていた冒険者ギルドの支部長は興奮を抑えきれぬ様子で声をあげた。

 それを受けた村長も、村の男衆も浮かれて喜びにわきたつ。


 数日間もモンスターに囲まれていたのだ。

 無理もないだろう。


(しかし、こうした状況もあるのなら、やはり兵隊を雇わねばならんか)


 思いだすのは先日、エドから指摘された『村の兵隊』のことだ。

 慣れない問題のため、つい後回しにしていたが……今の状況を考えるとゾッとする。

 次も流浪の騎士が助太刀してくれると信じきるほど村長は楽観的ではない。


(まあ、義妹マルセは疑いもしないようだが……次に備えるのは俺の仕事か)


 エドは『村長の仕事はこれからだ』と指摘していた。

 おそらく、兵隊の件も含まれているだろう。


 村長はサボりがバレたような……あの一言にドキリとしたのを記憶している。


(なるべく荒っぽくないのがいいが……あの女ドワーフみたいに礼儀正しい冒険者がいい)


 この忘れ去られた寒村には籠城どころか戦の経験がある者もいなかったのだ。

 先代の頃には魔族との大きな戦があり、村長の叔父が数人つれて出征したが誰も帰らなかった。


 村長には冒険者や兵隊の扱いは想像もつかない部分なのだ。

 できれば女ドワーフのような統率力のある冒険者を隊長にして丸投げしたいと考えていた。


(しかし、ドワーフを長にしては反発があるか……いや、そもそも話すらしてないか)


 その時「ウオーッ」と勝鬨があがり、村長は思考の淵から引き戻された。


「村長! 勝ったみたいだ!」

「やった、村が助かったんだ!」


 村の男たちも歓声をあげ、全身で喜びを表現している。

 すっかり様変わりした村だが、それでも先祖から受け継いだ土地、故郷なのだ。

 それが救われ嬉しくないわけがない。


「よし、女房どもに宴の準備をさせるぞ! 酒も麦も大盤振る舞いだ!」


 村長の言葉を聞き、さらに男衆が盛り上がる。

 村の生活では酒が飲める機会など滅多にない。


(これとて、エドから聞いたアイデアだがな。また一緒に酒を飲みたいものだ)


 だが、この村長の願いもむなしく、エドは宴の席には現れなかった。

 従者の獣人もいなくなっており、また旅に出たであろうことは疑いない。

 義妹のマルセは大層悔しがっていたが、村長はどこか『あの男らしいな』と感じていた。



 一方、塩の洞穴内。


「ふん、3日もあったから報告書ができちまったぜ」

「これは……すごい成果じゃないか」


 帰還の挨拶もそこそこに俺はゴルンからズイッと報告書を差し出された。


 それによると陽動のゴーレム部隊は目標の橋まで迅速に移動し、これを破壊。

 農場を破壊した後に都市から派遣された部隊と会敵し、数を減らしながらもこれを撃破。

 そのまま水車小屋の破壊に至ったようだ。


(むう、どれだけ数を減らしても撤退しないハーフ・インセクトとゴーレムの部隊はかなりの成果を出しているな。8割の損耗で作戦続行とは……魔王軍では不可能だ)


 今までの常識を覆すハーフ・インセクトの用兵に俺は舌を巻いた。

 ソルトゴーレムの魔法無効は都市部ではあまり知られていなかったらしく、こちらもかなりの戦果を叩き出している。


「マスター・ゴンザレス(ウェンディの本名)の戦線でも素晴らしい成果を出しています。こちらをご覧ください」

「おっ、こちらも報告書ができているのか。これはありがたい」


 リリーは言わずもがな、実はゴルンも報告書の類は軍で親しんでいる。

 見かけで忘れそうだが、ゴルンは軍でもかなりの地位にいた高級士官なのだ。

 本人いわく『書類仕事は嫌いだが苦手ではない』らしい。


「ふうむ、防壁の一部を破壊。内部に侵入し、建屋を破壊か」


 ウェンディの攻撃部隊は防壁の外側の地域を壊滅させ、防壁や城門にかなりの損害を出したようだ。

 特に城門には壊れたアイアンスパイダーが積み重なり、門の使用を阻害している。

 これにより復旧作業はかなり遅れることになるだろう。


 その被害は建物の破壊がほとんどであり、住民への攻撃は混乱を引き起こすための最小限のものだ。

 このあたりにウェンディの細やかな気配りが見てとれる。

 画像も添付されており、とても分かりやすい報告書だ。


「この成果はスゴいぞ。陽動は大成功と言っても過言ではないな」

「はい、ダンジョンが連携して暴走スタンピードを起こすなど前代未聞ですから、非常に効果的だったと言えますね。マスター・ゴンザレスからもご挨拶がありましたが、エドが不在のため後日にするそうです」


 どうやらウェンディが作戦終了を知らせに来てくれたようだが、入れ違いになってしまったようだ。

 また今度、菓子折りでも持参してこちらから出向くのが良いだろう。


「そっちはどうっすか!? なんか面白いことあったっすか!?」

「面白いことねえ……まあ、人間の村に滞在するのは刺激的ではあるな」


 相変わらずタックは人間の村に興味津々のようである。

 本来ならば彼女も出向きたいのだろうが、残念ながら他社の社員にそれは許可できない。


「タックもお疲れさま。作戦中にトラブルが起きなかったのはタックのおかげだな」

「たはっ、あざまっす! でもトラブルはないのが当たり前っすから!」


 タックは顔の前で手を振って照れているが、なかなか愛嬌があり魅力的な娘さんだ。

 同じ仕草でも斧戦士の気持ち悪さとは全然ちがう。


「やっぱりエドさんはモテモテでした」

「おいおい、あまりおかしなことを言ってくれるなよ。アンだってな――」


 ここでアンが「だ、ダメですっ」と俺の口を塞ぐような動きを見せるが……身長に差があるのでぴょんぴょんと跳ねる。


 さすがに部下のプライバシーは守らねばならないので言うつもりはないが、抑止力にはなるだろう。

 リリーが無表情なのが怖い。


「あれ? ひょっとしてアンちゃんもなんかあった系っすか!?」

「ないです! ないですよっ!」


 タックとアンがキャアキャアと騒いでいるが、なんというか……ひどくかしましい。

 女3人寄れば〜とは言うが、2人でも十分のようだ。


 結局、アンはタックの巧みな尋問により洗いざらい喋ってしまい、俺の配慮はムダになった。

 ま、それはそれでいいんじゃないか。

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