95話 あんなの相手にできるのかよ

 開拓村、3日目。

 リリーからの定時連絡でウェンディの都市攻撃は初日に大変な成果をあげたと確認していた。


 もう俺としても開拓村を封鎖する必要もないのだが、ゴルンがチョイチョイと仕掛けてくれるおかげでダレずに籠城が続いている。

 俺とアンはキリがついたら退散するつもりだったのだが、あまりにも上手いゴルンの攻めのおかげ(?)で長引いている状態だ。


「そっちだ! 村の奥に行かせるな!」

「侵入したのはカニとゼリーだ! 落ち着いて駆除しろ!」


 今も再生産されたであろうゴーレムがウォーターゼリーやロッククラブといった小型のモンスターをひたすら投げ入れてきている。

 それと同時に門や防壁でも戦闘が始まったようだ。


 地味だが防壁の内外で同時に発生した戦闘に対処するのは難しい。


「ウワーッ! モンスターだっ!!」

「避難所に隠れろー!」


 今も旧村域、村人の居住区の方で悲鳴が上がる。

 俺は「任せろ」と周囲に伝え、居住区の方に向かう。


 そこにいたのは数体のウォーターゼリーだ。


 俺からしてみれば無害に近いモンスターだが、戦闘経験のない村人からすれば十分な脅威になるのだろう。

 今も水を吹きかけられた男衆が大げさに悲鳴をあげている。


「落ち着いて行動しろっ! 大丈夫だ、コイツらの足は遅い!」


 俺は走る速度そのままにロッククラブとウォーターゼリーを蹴り潰し、住民を落ち着かせる。

 あえて派手に、簡単にやっつけて見せたのだ。


「トルネードだっ! 助けが来たぞ!」

「落ち着いて塩蔵まで移動しろっ!」


 村長をはじめ、村の男たちが誘導し、住民を石造りの建物へ向かっていく。

 こうした避難もあらかじめ決められた行動である。


(よし、これなら大丈夫そうだな)


 前回、アサルトカチムシが飛んで侵入してきたときはパニック状態になった住民も、落ち着いて行動できているようだ(ちなみに、アンがいる冒険者ギルドは安全地帯だ)。


「ここは俺が引き受ける! 後ろは気にせず落ち着いて行動しろ!」


 俺が声をかけると村民から「ワッ」と歓声があがった。

 籠城戦ではパニックからの住民の暴動が恐ろしい。

 ここで落ち着いて行動できるのはなによりだ。


 ゴルンによる襲撃自体は30分ほどで終了。

 警戒態勢は維持しつつも当番の衛兵や冒険者以外はパラパラと防壁から離れていく。

 冒険者たちの切り替えの速さは大したものである。


 見れば避難先では早くも炊き出しが始まり、村民や冒険者が群がっていた。

 やはり目だっているのはアンと巨大な寸胴鍋。

 俺もそちらに向かうことにした。


「エドさん、今朝は玉子スープです。村のお野菜とダンジョンの塩でつくってみたんです」

「アンもお疲れさん。毎日の炊き出し、大好評だな」


 俺が褒めると、アンは少しはにかみながら「熱いから気をつけてくださいね」と器を手渡してくれた。

 とき卵と野菜のシンプルで優しい味だ……なんと言うか、すごく口に合う。


「ん、これはウマいぞ。野菜のダシかな? すごく体に良さそうな味だな」

「はい、運動した後は体が塩分を求めますから塩味を強めにしました。でも、そのままだと食べづらくなりますから野菜をダシにして玉子を入れてます。この村の野菜は味が濃いのでダシをとるのにピッタリなんです」


 さすがにアンは専門家らしく色々と調整しているらしい。

 いろいろ入っているし、栄養価も高そうだ。


 アンは籠城戦の中での癒やし担当、その炊き出しはいつも賑わっている。

 村の者も炊き出しには協力しており、マルセさんの姿も確認できた。

 ただ、この籠城戦の中ではあまり会話はできていない。


「トルネード、いいとこに来たね。焼き菓子はどうだい?」

「麦こがし(炒った麦を挽いて粉にしたものをお湯で溶いた飲料)も飲んでおくれよ。ウチのはウマいんだ」


 俺が炊き出しに顔を出すと、村の奥様連中が積極的にかまってくれる。

 トルネードと呼ばれるのは恥ずかしいが、こうした『オバちゃん連中のコミュニケーション』俺はわりと嫌いではない


(軍に入隊するまで近所のオバさんたちにも世話になったなあ。今はどうしているだろう?)


 俺は親父を早くに亡くしているので憐れまれたか、近所のオバさんたちにも親切にされたものだ。

 元気にしているといいのだが。


「そうだ、いい機会だし聞いてみようかな。女衆から見て、この村でなにか不便や不足している物資はあるのか?」


 つい、ダンジョンのリサーチでもと考えたのだが、これはアテが外れた。

 なにが琴線に触れたかは分からないが大爆笑されてしまったのだ。

これには苦笑いしかできない。


「はて、何か変なこと言ったかな……? 俺は外からの人間だし、希望があれば持ち込めるモノもあるとは思うが」


 俺の言葉を聞いた女たちは不思議そうに顔を見合わせている。

 その様子は『コイツなに言ってんだ?』と言わんばかりだ。


「いいかい、トルネード。アタシらこの村の女房衆はね、口減らしで嫁いで来たか、この貧しい土地で産まれたかなんだよ」

「そうそう。私も先祖も足りないながらにナントカやってきたのさ。キレイな服を着て、立派な剣をさげたアンタから見れば不足だらけでもね」


 女たちは「不満を言えばキリがないじゃないか」「増えたら次が欲しくなるだけさ」などと口を揃える。

 どうやら苦しく貧しい生活でも家庭を守ってきた自負があるようだ。


(この辺は価値観が違うのかもな。村長が苦労するわけだ)


 この様子では村が拡大することも望んでいないのかもしれない。

 新しいものを受け入れ村を豊かにしたいと望む村長は、この村では野心家なのだろう。


「そうだよ女は強いのさ。見てみなよ、籠城に慣れてるのは女ばかり。男は縮み上がってるだろう?」

「そうだねえ、そこまで言うならナマイキな息子の嫁をしつけとくれよ」


 女房の1人がおどけると、皆が「そいつはいい」「アンタならアタシが寝床で躾けてほしいよ」などとゲラゲラと笑った。

 もうなんと言うか、ノリが違う。


 愛想笑いしながら離脱の機を窺っていると、離れた位置のマルセさんと目が合った。

 マルセさんも何か言いたげにしているが、女房たちの迫力に圧されて入ってこれないようだ。


 アンは「エドさんはモテモテです」などと笑っているが……これはちょっとモテているのとは違う気がする。


「おい、トルネード。ちょっといいか?」


 この空気の中、声をかけてきた勇士がいる。

 斧を持った戦士だ。

 隣の弓手と合わせて何度かダンジョンで見かけた顔である。


「支部長と衛兵隊長が相談したいそうだぜ」

「ああ、そうか。すぐに行こう」


 俺は女衆に「それでは失礼」と声をかけてきびすを返す。

 アンとマルセさんには軽く手を振るのみである。


 背後から「いやー『それでは失礼』だなんて町の人は違うわ」とかナントカ聞こえているが、聞こえないフリをしておこう。


「アンタ、スゲえな。あんなの相手にできるのかよ」

「む? そうだな……たしかに女衆は賑やかしいが、あれはあれで味方になると頼もしいものさ」


 アンが始めた炊き出しも、もはや村の女衆が取りまとめている。

 本人らも言っていたが、村の男よりもよほど順応しているようだ。


(次は手のアカギレに利く軟膏でも持ってくるか……いや、製法の方がいいかもな)


 俺をバンバン叩いていたオバちゃんの手のひらは固くふしくれだち、アカギレだらけだった。


 この土地で生きるのは一筋縄ではいかないのだろう。


(そうだ、あの世話になったオバさんにも連絡してみよう。ハンドクリームを添えて)


 騒がしい奥さまとの交流は、俺にとって郷愁を感じさせるものなのかもしれない。

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