94話 冒険者サンドラ13
パーティーは城門に急ぐ。
だが、混乱する地区は火災までが発生したようだ。
ダンジョン地区は木造家屋ばかりか、屋根や壁の穴に布を張っただけのようないい加減な補修をした家も多い。
火災には極めて弱く、瞬く間に火は広がっていく。
(くっそ、モンスターが出てるうえに防火に当たる冒険者がいないんだ、どうしようもない)
逃げ惑う住民の喧騒、さらに煙までが充満して視界を奪う。
「うわっ! もうここまで来てるのかっ!?」
「ドアーティ、槍を振り回すのは無理だ! アタイとオグマに任せなっ!」
狭い路地から突如として現れたオオカミのようなモンスター、4階で見覚えのあるヤツだ。
「コイツ、これでも食らえっ!」
見当をつけて繰り出した剣はモンスターに命中し、軽く「ギャンッ」と悲鳴を上げて退いたようだ。
「やったか!?」
「浅い! オグマ、仲間を呼ばれる前にこっちも退くよ!」
視界と耳を塞がれては、さすがのサンドラたちも身を守るので精一杯である。
モンスターの深追いは避け、人混みをかき分けながら城門へ急いだ。
「サンドラ、これはおかしい! 人が多すぎる!」
抜け目のないオグマが周囲を観察し、違和感に気がついた。
たしかに大混乱の状況、城門の内側を目指して人が避難するのは理解できるのだが……この混雑ぶりはおかしい。
それに、ここまでたどり着いたのに逆に逃げる者がいるのも奇妙な話だ。
群衆がモンスターに襲われているのか、城門前からはすさまじい悲鳴が続いている。
「誰か捕まえるよっ! 逆に逃げてるヤツ、冒険者だっ!」
「ほいきた、あらよっと」
サンドラが声をあげると、ドアーティが「待ってました」とばかりに逃げる冒険者を転ばした。
槍で足をすくい上げたようだ。
「うわっ!? 何しやがる、この野郎っ!」
「だれが野郎だい! アンタは逆向きに逃げただろう! あっちで何があったか教えてもらうよ!」
サンドラは転んだ冒険者を路地に引きずり込んで尋問する。
少々手荒だが余裕がないのだ。
「オメエ知ってるぞ、たしかサンドラ――」
「うるさいぞ、こっちは他の冒険者に聞いてもいいんだ」
わめく冒険者にオグマが長剣の柄を押しつけた。
その迫力に冒険者は「ヒッ」と縮みあがる。
すでにサンドラたちは冒険者として一流に近いキャリアと実力が備わっていると言っても過言ではない。
三下を怯ませるだけの貫禄が備わっているのだ。
「城門が閉まってんだよ! だけど次から次へと人が集まるし大混乱だ!」
「なんだって!? ダンジョン地区は見殺しかいっ!」
サンドラが声を荒げるが、ドアーティが「まあまあ」となだめた。
「コイツが門を閉めたわけじゃないだろう? むしろこれはチャンスだぞ」
ドアーティは「落ち着けよ」とサンドラと冒険者をなだめた。
もったいぶった態度にカチンとくるが、さすがにここで揉めないくらいの分別はサンドラにもある。
「いいか、俺達はギルドの指示で城壁まで来た、そして城壁は閉まっていた。ならどこに逃げても文句は言われまいよ」
「む、それはそうだ。だがリンはどうだ?」
ドアーティの言葉を受けたオグマがさらにリンに訊ねる。
だが、リンは軽く顔をしかめて首を振った。
スキルは発動していないらしい。
「よし、このまま逃げるよ。ただし逃げるだけじゃ後から何を言われるかわからないからね、固まってるヤツラに声をかけるくらいはしてやろう」
「うむ、あまりかまい過ぎて深入りするな。我らは固まって逃げるぞ――おいっ!」
オグマは冒険者に「死にたくなければついてこい」と声をかける。
ただ逃げたわけではない証人にするつもりなのだろう。
「よし、行くよっ!」
サンドラは路地から飛び出し、人混みの最後尾近くで「引き返せっ!」と大声を張り上げた。
喧騒で声はかき消されるが、それでも数人には届いたらしく、振り返った者がいる。
「城壁は閉まってるよっ!! こっちに逃げるんだっ!!」
「こっちだ! 街から離れるぞ!」
サンドラたちが誘導すると釣られて人が動き、小さな人の動きはみるみるうちに流れとなった。
「こっちに行けば助かるのか!?」
「そうだっ! 煙の少ない方に行けっ!」
オグマが適当極まりない誘導をする。
だが、サンドラたちに当てがあるわけではないので流れに任せるのはある意味で正解かもしれない。
城門の前でとどまるよりも固まって逃げた方が生き残る可能性が高いのは事実だ。
この機に乗じ、サンドラたちも人の流れと共に駆け出した。
「オイコラァ!! 死にたくなければついてきやがれ!!」
「できるだけ遠くまで逃げるでやんすっ!! あの丘まで逃げれば大丈夫でやんす!!」
意外なことに先ほどの冒険者もリンと大声を張り上げている。
この動きはモンスターも呼び寄せる結果となったが、幸いと言うべきかサンドラたちが走りながらでも十分に対処できる低層のモンスターが多い。
「ドアーティ、そっちにサソリが行ったよ! オグマとリンは集団を守れっ!」
「オラァ! テメェらの相手はこっちだっ!!」
ドアーティは大サソリの尾を巧みに打ち落とし、槍で突きふせた。
その素晴らしい手並みを見た群衆から『ウワアーッ』と歓声があがる。
ダンジョン地区に住むと言っても一流に近い冒険者の槍働きなど見る機会はない。
サンドラたちの勇姿はまさに救世の英雄にも等しく見えたろう。
群衆は『このままついていけば助かる』と信じ、踏み出す足に力が増す。
ドアーティは照れて頭をかいているが、兜の上から頭をかく姿を見てサンドラはついおかしみを感じた。
「進めっ! 進めっ! 足を止めるなっ! 動けなくなった者は手を引いてやれっ! 邪魔な荷物は捨てんだよっ!」
サンドラが振り返り檄を飛ばす。
やはり集団の後方はモンスターに補足されて混乱が起きているようだ。
(だけど、今は足を止められない! 勘弁しとくれっ!)
サンドラは飛びかかってきたオークの下をくぐるようにかわし、腹を剣で突き刺した。
腸をぶちまけるオークの顔面をバックラーの縁でかち割り、首筋にトドメの剣を振るう。
オークは決して弱いモンスターではないが、今のサンドラには苦にもならない。
だが、体の大きなオークを若い女性であるサンドラがひねったことに群衆は衝撃を受けたようだ。
集団から「あの赤毛の冒険者につづけ!」「あの強い冒険者についていけば助かるよ!」などと希望の声が聞こえた。
(よし、目だつのはガラじゃないがパニックは防げたみたいだ)
サンドラは「こっちだ! アタイに続け!」とさらに群衆を励まして進む。
彼らは窮地から救ってくれる存在を求めているのだ。
応えるフリをするだけで統制がとれるなら『頼れる冒険者』くらい演じてやるとサンドラは腹をくくった。
「よしっ! 抜けたぞ!」
ついにダンジョン地区を抜け、視界が開けた。
ここは市壁の外、ろくに外界と遮るものがないのが幸いした。
「このまま走り続けるんだっ! 丘を目指せっ!!」
いつの間にか目的地となった小高い丘をサンドラは剣で示す。
しばらくその場で群衆を誘導し、モンスターを2匹ほどやっつけてからサンドラも離脱した。
「サンドラ、退けっ。他にも冒険者はいる」
「ああ、他の冒険者もモンスターと戦えばギルドへの言い訳がたつ。後は任せよう」
まだまだ人の流れに貼りついているモンスターはいたが、さすがに全ては面倒を見ることはできない。
オグマとドアーティのすすめるまま、サンドラたちも丘へと向かった。
牧草地となっている丘は見晴らしがよく、煙を吹き上げるダンジョン地区の様子が一望できる。
「ふぅーっ、すごいことになったでやんすね」
「ああ、だが上出来だぞ。多くの住民を避難させたんだからな」
今回、街で魔法を放つわけにいかなかったリンだが、群衆の誘導に大声を出し続けて声が枯れていた。
ドアーティもそれを気づかい水筒を手渡している。
「モンスターも振り切ったようだね。さすがにここまで来ないらしい」
「――いや、様子がおかしいぞ。あれを見ろ」
ホッと一息ついたサンドラは、オグマの示す方角を見てがく然とした。
試練の塔から大量の大型モンスターが湧き出て城壁を攻撃しているのだ。
「アイアンスパイダーとゴーレムか、あのまま城門にいたらヤバかったな」
ドアーティが言うように、アイアンスパイダーやゴーレムは強力なモンスターだ。
動きは鈍いが力が強く、ダンジョン地区の建物を蹂躙しながら城壁に体当たりを繰り返している。
「あっ、あそこっ! 城壁を乗り越えるでやんすっ!」
城壁を守る衛兵も必死の防戦だが、とにかくモンスターの数が多い。
アイアンスパイダーは倒れたゴーレムをよじ登るようにして城壁をよじ登っていく。
「なんだコレは……? いったい、どうなっちまうんだ」
サンドラの呟きに答えられる仲間はいなかった。
■パーティーメンバー■
サンドラ
レベル34、女性
偵察(達人)、剣術(上級)、罠解除(上級)、投擲(中級)、統率(中級)、盾術(中級)、交渉(初級)、モンスター知識(初級)、隠密(初級)、カリスマ(初級)
ドアーティ
レベル34、男性
製図(達人)、槍術(達人)、調理(上級)、精霊術(上級)、農業(初級)、統率(初級)、挑発(初級)、扇動(初級)、詐術(初級)、
リン
レベル33 、女性
攻撃魔法(達人)、第六感(達人)、看破(上級)、短剣術(初級)、応急手当(初級)、未来予知(初級)、
オグマ
レベル33、男性
射撃(達人)、観察(上級)、剣術(上級)、応急手当(上級)、体術(中級)、隠密(中級)、モンスター知識(中級)、偵察(中級)、扇動(初級)、威圧感(初級)
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