93話 冒険者サンドラ12

 試練の塔、8階層。

 さらに強くなる探知機の反応を頼りに、サンドラたちは上の階層を目指して進んでいく。


 もはや彼女らのレベルはかなりの高みに達しており、多くの冒険者でにぎわう試練の塔でも目だつ存在に成長していた。


「間違いない、は7階よりかなり反応している。目的地はこの先だ」

「範囲が絞られたのを喜ぶべきか、さらに進むのを嘆くべきか」


 オグマの報告を聞いたドアーティが嘆くが『ダンジョンに悟られないため』さりげないやりとりだ。


「7階から8階層まで来るのに手こずったからね。これ以上は厳しいかも――」


 サンドラが撤退を口にし始めた時、リンが「ダメっ! 戻るでやんす!」と大声を出した。


「急にどうしたんだ? なにか勘が働いたのか?」

「そうでやんす! 戻らないとまずいでやんすっ!」


 軽く訊ねたドアーティも、リンのこの反応に驚いているようだ。

 リンからは普段の飄々ひょうひょうとした雰囲気は消え失せ、表情からも鬼気迫る様子が見て取れる。

 明らかにただ事ではない。


「引き返そう。7階には帰還装置があったろう?」

「ああ、6階、7階とあった。8階もある可能性は高いが引き返すのが無難だ」


 サンドラの提案にオグマが頷く。

 今までリンの第六感がこのような反応したことはない。

 間違いなく非常事態だと全員が感じていた。


 幸い、この試練の塔は帰還装置と言われる脱出の仕掛けがある。

 それを使えば戻れるはずだ。


「荷物を捨てるぞ。戦利品は惜しいが、命のほうがもっと惜しいからな」

「うむ……仕方ない。背に腹は代えられん」


 ドアーティが気前よく戦利品を捨てる。

 ケチなところのあるオグマはうらめしげな視線だが、納得はしているらしい。


「急ぐでやんすよ! 外に逃げるでやんす!」

「ああ、7階のモンスターはできるだけやりすごそう」


 身軽になったサンドラたちはきびすを返し、急いで7階層に下りる。

 敵を倒しても素材を回収せず、パーティーは大急いで帰還装置を目指した。



「なんだ、何ともないじゃないか」

「まあ、予感が外れたならそれでいいんだが」


 ダンジョンを脱出し、サンドラとドアーティがホッと一息をつく。

 だが、リンは緊張したまま「まだでやんす」と警戒を解いていないようだ。


「うむ、様子がおかしい。ダンジョンに備えた衛兵がいない……何があったのか聞き込みをするか」

「ダメっ! 早くダンジョン地区から離れるでやんす!」


 冷静に周囲を観察するオグマをリンが急かし、パーティーは当てもなくダンジョンから離れることにした。

 試練の塔はプルミエの街よりほど近い場所にあり、そこは市壁より外に位置している。


 周辺は冒険者や市壁の内側に住むことができない貧民が集まるダンジョン地区と呼ばれていた。

 都市も市壁の内側に得体のしれない者が集まるよりは、外でまとまっていてくれたほうが管理しやすいらしい。

 騒ぎに備えた衛兵を配置するのみで半ば放置されている地区だ。


「ここはゴチャゴチャして見通しが悪い。開けた場所に移動しよう」

「早くっ! まずいでやんすよ!」


 状況を確認するため、サンドラたちは移動を開始する。


 その直後、異変は起きた。


「ウワッ! モンスターだっ!!」

暴走スタンピード、暴走だーっ!! 」


 背後で突然騒ぎが起き、悲鳴が巻き起こる。


「チッ、これか! リンの予感は!」

「まだっ! まだ治まらないでやんす! の事態もあるかもしれないでやんすーっ!」


 こうなれば下手に逃げられない。

 この状況で逃げだせば評判に関わるし、後ろから暴走したモンスターに襲われるかもしれない。

 冒険者は伊達や義理の世界、悪い噂がつけば依頼が回ってこなくなるし、パーティーも組めなくなり廃業だ。


(それにしても、リンの第六感……もう未来予知じゃないか)


 未来予知は素晴らしくレアなスキルとされる。

 大抵は先天的な才能ギフトとして発現するそうだが、本当に身につけたとしたら大変なことだ。


 あのままリンの第六感がなければダンジョンの内部で暴走に巻き込まれただろう。

 そうなれば、どのような目に合ったか想像もつかない。


(いや、それよりも今は暴走だ)


 サンドラは少し考え「ギルドに向かおう」と告げた。


 事情は分からないが、ダンジョン地区を守る衛兵がいないのだ。

 場当たり的に動いては思わぬ危機を招くかもしれない――それでは危険を予知したリンに申しわけがない気がした。


 すでに騒ぎは拡大し、ダンジョン地区全体で火がついたように逃げ回っている。

 サンドラたちは互いにはぐれぬように注意をし、ギルドへ向かう。


 ギルドはダンジョン地区にある唯一と言ってよい石造りの建物だ。

 試練の塔のために造られた堅牢な建屋。

 このような非常時には他の冒険者も集まっているだろうと予想したのだが……冒険者ギルドに入ると、すでにもぬけの殻だった。


「オイオイ、非常事態に衛兵もなし、ギルドは無人、どうなってやがるんだ!?」

「うるせえな、いるよ。1人だけだがな」


 ドアーティが大声をだすと、奥から馴染みの職員が顔をだした。

 どうやら何か作業をしていたらしい。


「おう、サンドラたちか。知っての通り暴走のようだ。かなりデケエ規模のようだし、できれば城門で衛兵とモンスターを食い止めてくれ。いまの状況で強制はできんがな」

「城門だと? ダンジョン地区は放棄なのか!?」


 外の喧騒に張り合うように互いの声が大きくなる。

 サンドラはだんだんと自分がイラつき始めたのに気がついた。


(だめだ、少し落ち着かないと……)


 腰につけた水筒を外し、口を湿らせる。

 そして目をつぶり、心の中でゆっくり3つ数えるとサンドラの動揺は少し落ち着いたようだ。


「すまないね、ダンジョンから出てすぐにこの騒ぎなんだ。状況を教えて欲しい。衛兵が少ないが、何かあったのかい?」

「そういう事情か。実は隣の塩の洞穴でも半日前に大規模な暴走があったようでな。ここから見ても分かるくらいあふれ出たモンスターが付近をメチャクチャに荒らしたんだ。衛兵や冒険者はそれに対応するために向かっちまったんだよ」


 この言葉を聞いたサンドラはがく然とした。

 通常、プルミエの街では暴走の場合、冒険者はダンジョン地区の衛兵隊の指揮下に入り防衛に当たる。

 だが、その衛兵隊と冒険者がゴッソリいないのだと言う。


 そうなればダンジョン地区は守りきれず、放棄する他ない。

 もともと税金もロクに払わない貧民ばかりだ。

 放棄となれば簡単に切り捨てられるだろう。


「こうしちゃいられないよ! アタイらは城門に向かう! アンタは!?」

「おう、俺は火事場泥棒に備えて金庫に色々としまってんだよ。仕事が終われば向かうさ」


 どうやらギルド職員はここに残るそうだ。

 他にもサンドラたちのように指示をあおぎに来る冒険者もいるだろうし、これはこれで正解なのかもしれない。


「よし、聞いたね? 城門で衛兵たちと合流するよ!」


 サンドラたちはギルドから飛び出し、城門へ駆け出した。

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