34話 冒険者サンドラ4

 翌日、日暮れ。


「ほいよ、今日は178だな。お前さんたちならもっと大物を狙ったほうが金になるぜ」

「まあね、でも今日は半日だから上出来さ」


 サンドラは冒険者ギルドの受付と適当な会話をしながら報酬を受け取る。

 昼から夕方までなら納得の稼ぎだ。


「やれやれ、くたびれた。1杯くらい飲んでもバチは当たるまい」

「ひひっ、ゴチになりやす」


 ちゃっかりおごりを主張するリンに、ドアーティが「ふざけんな」と半ば本気で怒る。


 冒険者のパーティーは仕事が終われば解散のドライなつきあいが多い。

 だが、なぜかサンドラたちは気が合い、仕事上がりには食事や酒を共にするのが通例だった。


「この村は飯が安いのはありがたいね」

「まあな、酒はビールしかないが安いのはいいことだ」


 サンドラたちは2軒ある酒場の、グレードが高い方の店に入る。

 安い方は4ダカットで飯が食えるが、宿から出た残飯だと噂されるほどに質が悪い。


 冒険者は体が資本だ。

 やむを得ない場合を除き、腐臭が漂う飯は口にすべきではない。


 賑わう店の中、3人が座ると木製のジョッキに入ったビールとカチカチに硬いパン、それにモンスターの肉がゴロゴロ入った煮物が出てきた。

 冒険者が使うような店にはメニューなんて気取ったものはない。

 出てきたものを食うのだ。


「じゃ、とりあえず今日の飯に」


 サンドラがジョッキを掲げると、ドアーティとリンも「おつかれさん」「乾杯でやんす」と個性を出して続き、ジョッキをガツンと合わせた。


「ぐはあ、ちとサッパリしてるが、渇いたノドには悪くないな」


 ビールは味にばらつきがあるが、これはまあまあ当たりだ。

 一気に飲んだドアーティがさっそくおかわりを注文している。


「さっきの『奥まで行かないのか」って話だがな、考えてみてもいいんじゃないか? リンの火力なら十分対応できるだろ」

「オイラはもうちょい稼ぎたいでやんす」


 酒を飲み、腹に食事を入れて落ち着いたら自然と仕事の話となる。

 なんだかんだで皆、食い扶持ぶちを稼ぐことに必死なのだ。


「まあねえ、もう1人……回復職ヒーラーがいればどんどん進めるとは思うんだけどね」

「だよなあ。だが、回復職でソロはまずいないだろう。となると他のパーティーとの合流になるが……」


 ドアーティの表情が曇る。

 他のパーティーと合流すれば頭数が増える。

 そうなれば必然的に分け前が減るのだ。

 危険は増える、稼ぎは変わらぬでは元も子もない。


 個々人で回復ポーションを持つこともできるが、効果の高いポーションは非常に高価なものだ。

 あまり現実的とは言えない。


「おい、その話に乗らせてくれ」


 不意に、男が話に割り込んできた。

 年の頃は30前後、黒い髪を後ろで1つに縛っている。

 軽装なところを見るに斥候スカウト野伏レンジャーのようだ。

 サンドラは『どこかで見覚えのある冒険者だな』と感じた。


 ドアーティが「あんたは?」と至極まっとうな質問をする。


「俺はオグマ、今日プルミエからこちらに来た冒険者だ。パーティーを組みたいと言ったらギルドの親父からアンタたちを紹介された。揃っていたとは話が早い」

「ああ、プルミエか。なら見覚えがあってもおかしくないね。アタイはサンドラ。アタイもちょいと前にプルミエからこっちに移ったのさ」


 ドアーティとリンもそれぞれ名乗り、オグマがテーブルにつく。

 こうしたことは稀にあるもので、特に驚く者はいない。


「オグマさんは回復職ではなさそうだね」

「ああ、野伏レンジャーだ。ソロもやるから前列も後列もいけるが後ろが得意だ。レベルは21」


 サンドラはこのやりとりで「またソロか」と苦笑いした。


「どうした? 何か問題か」

「いやね、このパーティーは全員がソロや臨時パーティーばかりでやってたのさ」


 オグマは「なるほど」とうなずき、ドアーティやリンの装備に視線を送る。

 なにやら納得した様子だ。


「そうだな……臨時で1回、互いに具合が良ければパーティー加入ってとこか?」

「賛成でやんす。森の奥で活動するなら野伏は必要になってくるでやんすよ」


 ドアーティとリンも否はないようだ。

 リンの言うとおり野伏は屋外での探索にこそ力を発揮するタイプである。

 サンドラとしても望むところだ。


「それじゃあ1回やってみるかい?」

「うむ、異論はない。ただ報酬は初めに決めたい。臨時のことだし頭割りで頼みたいがどうだろうか?」


 聞けばオグマはたびたび報酬のことで揉めた経験があるらしい。

 何度かパーティーを組んだ経験もあるようだが、結局ソロに落ち着いているそうだ。


「やたら狙撃をさせたがるのに矢代は払わないとか、臨時なのに治療費をカンパさせたりな……くだらないケンカばかりしている。自覚はないのだが、どうも俺は金にうるさいようだ」


 これはオグマが悪いばかりではないとサンドラは思う。

 冒険者はルーズな性格の者が多く、金銭トラブルの話はそこら中に転がっている。

 サンドラも臨時パーティーでの報酬の分配に不満が生じたことは何度もあった。


「それじゃ、今回は頭割りだね。端数はワリをくった役がもらう。悪いけど臨時のうちはケガはし損だ。仲間は見舞いを出すけどね、オグマさんは出さなくていい」

「それで構わん。矢を使えば端数はもらいたいが……まあ、状況次第だ」


 話もまとまり、改めてオグマを交えて4人でジョッキを合わせた。


「プルミエか、顔見知りが新しいダンジョンに隠し部屋を探しに行ったんだが――」

「ふむ、それは恐らく行方不明になったパーティーだな」


 オグマがこともなげに言い放つが、ドアーティは「本当か」と目を見開いた。


「ちょいとマナーの悪いとこはあったが、腕は良かった……本当に危険なダンジョンなんだな」

「ふむ、危険というよりもダンジョンの変異に巻き込まれたか、あるいは――」


 オグマは「ヤクザドワーフだな」と真面目な顔で呟いた。


「はあ? ヤクザドワーフってなんだい」

「うむ、あの『水の洞穴』、いまは『塩の洞穴』だったか。あそこには気の触れたドワーフの自由騎士が現れるのだ。気まぐれに人を殺したりカツアゲをしたりする……かく言う俺もそいつに目をつけられたから逃げたわけだ。笑って構わんぞ」


 サンドラとドアーティは顔を見合わせ、リンは「スゴいのがいるんでやんすねえ」と微妙な顔をした。


「まあ、そのヤクザも気になるが……変異があったか」

「ああ、その冒険者パーティーが行方知れずになって数日後にダンジョンの階層が増えた」


 ダンジョンの変異とか成長とか呼ばれる現象があったようだ。

 この前後にはなんらかのサインがあるものだが、新しいダンジョンゆえに誰も前兆に気づけなかった可能性はある。


「できたばかりでもう変異か」

「ああ、しかも塩と魔道具が出た。大きな稼ぎ場になるだろうが……少しの間、ほとぼりを冷ましたい」


 オグマによると、ヤクザドワーフが人を殺すところを見てしまったらしい。

 口止めに小銭を握らされたようだ。


「見るからにイカれた危ないヤツだ。いつ気が変わって殺されてもおかしくないからな……狂人から離れるに越したことはない」


 オグマの話を聞き、サンドラは「なるほどねえ」とうなずいた。

 おかしなヤツと関わったのは気の毒としか言いようがない。


「ひひ、小づかいをくれるなんて変わったヤツでやんす」

「ああ、だが他の若いのは殴られて財布を取られたそうだ。気まぐれなヤツなんだろう」


 まあ、冒険者や傭兵なんてものは少し頭がおかしくなったヤツもままいるものだ。


 それはともかく、この辺りの土地は内陸部で岩塩も産出せず、塩が割高になっている場合が多い。

 その塩がダンジョンから出たとなれば大ニュースである。

 しかも比較的に浅い階層で魔道具が出るのはすごいことだ。


「塩に魔道具か。賑わうだろうね」

「塩は専売だからな。領主が抑えるかもしれんぞ」


 いくらかよもやま話を続け、オグマの気心もある程度は知ることができた。


 塩の洞穴は気になるが、こちらも明日の探索では森の深いところまで踏みいるのだ。

 サンドラは改めて気を引き締め直した。

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