18話 いきなり行ったらマズイかな?

 ある日、魔王ことマリーはヒマだった。


(ホモくんのダンジョンもオープンしたし、リリーも忙しいのかな)


 妹のリリーは出勤している。

 いつもオフを合わせてくれたのに、今月は全然遊んでくれないのだ。


(やっぱり彼氏ができると冷たいなあ)


 妹のリリーは一流企業のダンジョン公社を辞め、下部組織であるホモくんのダンジョンに就職までしてしまったのだ。

 口では否定するが、何もないはずがないではないか。


 妹が転職するときは関係者内でちょっとした騒ぎになり、裏でかなりの火消しをしたマリーである。

 恩に着せるわけでは無いが、もうちょっとねぎらってほしいのが人情というものだろう。


「私が独身だとリリーとホモくんの子供を養子にするのかー、そうなのかー、彼氏が欲しい」


 マリーもモテないわけではなく、言い寄る男性は山ほどいたのだ。

 だが『家や身分じゃなく、私自身を好きになる人じゃなきゃダメ』などと乙女チックなことを言ってるうちに27才になってしまった。

 ちなみに年齢=彼氏いない歴である。


(ホモくんはさ、悪くないけどね……昔っから知ってるしさ)


 マリーとリリーにとって、若くして武勲を上げていたホモくんは顔なじみだ。

 魔王に仕える重鎮といえば実績のある年配者が多い。

 その中で30そこそこで魔将となったホモくんはかなり若く目だっており、姉妹は「かっこいいよねー」などと注目してたのだ。

 

 美男かどうか問われれば判断に困るが、少なくともマリーは紹介される名家の子息には無いたくましさを感じていた。

 マリーは体育会系男子が好みなのだ。


 少なくとも、最近はめっきりと顔を見せなくなってしまい、寂しさを感じるほどには好意を抱いている。


「……あ、そうだ。会いに行ってみようかな。リリーの職場だし」


 そうと決まれば話は早い。

 マリーはゆったりとした部屋着を脱ぎ捨て、身支度を整えることにした。


(えーっと、さすがにいきなり行ったらマズイかな?)


 ダンジョン公社は魔王直属の組織ではない。

 さすがに連絡くらいはしたほうが良さそうだ。


「えーっと、メールでいいか。ダンジョン公社は……っと」


 下着姿のままメーラーを起動し、連絡先を検索する。

 送付先はダンジョン公社の専用連絡先だ。


『生命エネルギー事業で魔王領を支えるダンジョン公社の皆さま、いつもありがとう。さて、今日はオープンしたばかりの72号ダンジョンの見学したいです。特別なお世話はいりません。魔王マルローネ・レタンクール』


 マリーは「おけおけ」と納得し、身支度を再開した。


 この後、公社ではちょっとした騒ぎになったらしい。

 確認の連絡を受けた内務卿からマリーは大目玉を受けることとなる。


 だがまあ、何だかんだで午後から視察のスケジュールをねじ込んでくれた内務卿も彼女に甘いのだ。



「久しいな、ホモくん」

「はっ、恐れ入ります」


 本日、なぜか我がダンジョンに魔王様の視察が入った。

 視察と言うとものものしい表現ではあるが、内務卿と護衛の近衛武官が随行しているのみ、なごやかなムードだ。

 どうやら魔王様が『できたばかりのダンジョンが見てみたい』と言われたらしい。


「すまぬな、ホモグラフト卿。突然のことに驚いたであろう?」


 内務卿が苦笑いを見せる。

 この老人は俺が知る限り老人の姿のままだ。年齢は全く分からない。

 軍に所属していた俺と交流があるわけではないが、筋が通った良識派のイメージがある。


「はい、いいえ、内務卿。ダンジョンはいつ現れるとも知れぬ冒険者に備えております。問題はありません」


 俺は直立して答える。

 エネルギー関連は内務卿の管轄になる。

 ダンジョン公社は外部団体ではあるが、広い意味では内務卿はエネルギー事業のトップなのだ。

 上官に対する礼というものがある。


 内務卿は「うむ、さすがはホモグラフト卿よな」と嬉しげに頷いた。


「だがもう軍人ではないのだ。言葉づかいを少し改めねばな」

「はい、気をつけます。ご忠告に感謝いたします」


 このやりとりに内務卿は「固いのう」と苦笑いする。

 だが、国家の重鎮に対し、いきなりフランクに接することは無理だろう。


「ホモくん、迷惑だったか? じいやがホモくんに迷惑かけるなと叱るんだ。酷いと思わないか?」

「国家を統べる身として見聞を広めんとする陛下の志、迷惑などと思いません。身に余る光栄であります」


 わりと本音だ。

 エネルギー事業は国の大事業だが、国家元首じきじきに新たなダンジョンの視察まで行うとは頭が下がる。


「ほら、ホモくんは迷惑してないぞ」

「いやいや、国家元首に面と向かって迷惑など言えるはずもありますまいて」


 魔王様は内務卿のことを『じいや』と呼ぶが、実際にはじいやではない(当然だが)。

 俺の『ホモくん』と同じようにアダ名のようなものだ。


「それでは案内いたします。皆さまに一時的にスタッフ登録を行いますのでご了承ください」


 リリーが一同に声をかけ、俺もモニターで登録情報確認した。


(マルローネ・レタンクール……どかで聞いたような)


 魔王様がリリーに「がんばってるね」と親しげに声をかけている。

 その姿に俺は心なかで『あっ』と声をあげた。


 リリーの本名はリリアンヌ・レタンクール、魔王様と同姓である。

 少なくとも親族には違いない。

 思い返せば、リリーは初対面で『姓は呼びづらいだろう』と言っていたのを思い出す。


(いや、考える必要はない。リリーは俺の部下だ。下手に態度を変えるのはお互いに良くない)


 俺は考えないことにした。

 そもそも、部下の出自が何であろうが職務には関係ない。

 無論、俺の職務にも無関係だ。


「陛下の滞在中、リリーはここでモニターを警戒。ゴルンは侵入する者があれば排除・・しろ。タックは同行して技術的な質問に答えてほしい」


 俺の指示に3人は「わかりました」「おう」「了解っす!」と個性を出して応えた。


「さすがの硬骨漢ですな。陛下の心配は杞憂きゆうだったようで」

「むー、もっと甘々かと思ってたんだけどなあ」


 なにやら偉い人たちがヒソヒソとやっているが、気にしないことにした。


「それではダンジョンの中を案内致します。マスタールームの関係でボス部屋からになります」

「うむ、苦しゅうない」


 魔王様のお許しを得たのでマスタールームから出る。

 するといきなりボスモンスターのジャイアントカモノハシとご対面だ。


 スタッフ登録のおかげで攻撃は受けないが、毒はあるので注意は必要である。


「かわいいぞっ、餌をやりたいな!」

「なりません。毒がありますので近づきませんように」


 ふらふらと近づく魔王様は護衛から注意をされていた。


 カモノハシに触れず魔王様は少しガッカリしていたが、コレはしかたない。

 モンスターは予想外の行動をとるものだ。

 万が一にも魔王様の玉体に傷がつくようなことがあってはならないのだ。


「きれいな洞穴だなー、ホモくんがデザインしたのか?」

「いいえ、こちらのデザインと施工は、こちらノッカー工務店より出向中のガリッタ女史です。何かお聞きになられますか?」


 突然水を向けられたタックは「はひっ」と奇声を上げたが無理もない。

 緊張するのが普通だ。


「リリーさんも一緒に考えてくれたっす。アタシのアイデアばかりじゃないっす……」

「うむうむ、ホモグラフト卿といい、両者ともに功を誇らぬとはゆかしき心がけ」


 内務卿はタックの様子を見てニコニコと微笑んでいる。

 まるで孫を褒める祖父のようだ。


 その後もダンジョンを進み、水場では濡れないように足場を仮設した。

 水場を抜け、逆側の宝箱まで進み、転移でマスタールームへと戻る。


 普通に歩けばすぐに到達してしまう距離だ。


 戻った魔王様はリリーと談笑中。

 タックは緊張から開放されたのか、やや放心気味だ。


「ホモグラフト卿、気になる点がいくつかあった。聞くかね?」


 内務卿が話しかけてきた。

 もちろん俺が断る理由はない。


「はい、拝聴します」

「よろしい、ではまずあの水源の部屋だ。あそこはこのダンジョンの危険地帯ホットゾーンだ。ボスへの経路ではなく、あの位置に配置した意味はなにかね?」


 俺は言葉に窮した。

 外に水を流す関係でなるべく近い位置にしただけだったからだ。

 俺は開拓村と密着し、村人にも回復の泉を利用したり、美しく飾った景観の美しさを楽しみに来てもらいたいと考えている。


 それを伝えると、内務卿は「長期的なプランか」と感心したようだ。


「ふうむ、開拓村に水を、か……悪くないのう。たしかにダンジョンがあるのだ、村が大きくなれば冒険者ギルドの支部くらいはできるだろう。さすれば冒険者の数も増えるか」


 内務卿は「考えたな」と呟き、ニヤリと笑う。


「だが、あの部屋を使わぬではもったいないぞ。水場を抜けた先の宝箱のランクを上げよ。冒険者を危険地帯に誘い込め」

「承知しました。今は一律で1〜3DPの宝をランダムにしております。水場の先は5としましょう」


 俺の言葉を聞き、内務卿は「一律1〜3は安すぎじゃ」と呆れたようだ。


「それにマスタールームの位置もいかぬのう。ボス部屋の先とは、いかにも隠し部屋がありそうな場所ではないか。過去には冒険者にマスタールームを制圧された事例もある。早急に次の階層を作るのがよいだろう」

「はい、幸いにして初期費用よりプールしてあるDPがあります。もう少し貯めておき、余裕ができ次第に次の階層を作成します」


 たしかにマスタールームの位置は少し失敗したようだ。

 2層目を作成すれば、1層目の注目度は下がる。

 少し無理をしてでも次を作る必要があるだろう。


「じいやもな、ダンジョンマスターやってたことあるんだぞ。ダンジョンマスターで実績を積んだらホモくんも魔王城に戻るといい」


 魔王様が嬉しそうに笑う。

 たしかに俺にとって内務卿がダンジョンマスター出身とは嬉しい話だ。

 ここからの出世の前例は、大きな目標になる。


 だが、あまり先のことは考えないようにしたい。

 まずは新しいダンジョンを軌道に乗せるのだ。


「うむ、リリアンヌ様への毅然とした態度、功績を譲る心がけ、長期的なプランを実行……そして何より人の忠告を聞く耳がある。ホモグラフト卿には期待しておるぞ」


 内務卿はそれだけを言い残し、転移ポイントに向かう。

 それを見た魔王様も「あっ、もう時間だ」と椅子から立ち上がった。


「ホモくん、はいこれ。今日中にメールすること」


 魔王様は俺に紙片を渡す。

 見ればメールアドレスのようだ。


(ひょっとしなくても、魔王様のアドレスだよなこれ)


 魔王様は「お邪魔しました」と楽しげに城に戻っていった。

 よく分からないが、無事に視察が終わり一安心だ。


「さて、このアドレスに何を送ればよいのか……難しい宿題をいただいたな」

「……すいません、姉はその、わりと勝手なので」


 リリーが困った顔をしているが、言葉から察するに魔王様の妹だったらしい。

 つまり、リリーは王女であり、おそらく王位の継承順位1位だ。


(やめよう、考えたらおかしくなる)


 本当に今まで通りに接することができるのか……俺は深く考えるのを止めた。


 ちなみに頑張って魔王様へ視察の謝辞を送ったのだが、なぜか返信は『やほー、うけるね』だけだった。

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