50話 死者の国2

 ダンジョンに踏み込むと真っ暗だ。

 俺とエルフ社長は灯明ライトの魔法を使い、先を進む。


「エルフの夜目が利いたというのは昔の話ですよ。都市で暮せば必要のない能力ですからねえ」

「そうでしたか。まあ、魔族が魔法に長けているというのも迷信ですし、イメージなんでしょう」


 ダンジョンは洞穴タイプ、通路が続く。

 どうやら1階層のデザインには見るべき点はないようだ。

 これならタックの方が雰囲気づくりが上手い。


「いましたよ。武器を持ったスケルトン、スケルトンソルジャーでしょう」


 見れば通路の先に剣と盾を持ったスケルトンが3体確認できた。


「ここは私が――」


 俺が申し出ると、エルフ社長は「無用」と言葉を残し、飛ぶように駆け出した。

 社長は素晴らしい瞬発力でスケルトンとの距離を詰め、ロープを投げつける。


 社長が操るロープは唸りをあげてスケルトンの頭蓋を砕く。

 そのまま社長はロープを振り回す――それはまるで意思を持つように自在に動き、あっと言う間に3体のスケルトンは動かなくなった。


 俺は凄まじい破壊力を秘めたロープの動きに戦慄する。

 明らかにただごとではない。


 エルフ社長が「どうです? ホモグラフトさんに同行できますかね」と俺にロープの先を見せた。

 そこには小ぶりのダガーのような刃物がぶらさがっている。


「ロープダートですか。初めて見ました」

「ご存知でしたか。いやはや、さすがですね」


 そのまま社長は手早くロープをまとめ、腰から下げた。


 ロープダートとは縄鏢じょうひょうとも呼ばれる武器だ。

 ロープの先にダガーをつけ、それを投げつけたり振り回したりして攻撃する。

 達人が使えば一対多数の状況でも威力を発揮するのは見てのとおりだ。

 ロープはかなり長く、7〜8歩ほどはあろうか。


「社長ならば独りソロで攻略できたのでは?」

「そうですねえ、それも無理ではないでしょうが問題は隠し扉の先です」


 俺と社長はムダ話をしながら先に進む。

 その間もゾンビやレイスなどのモンスターが出現したが、特に障害にもならない。


「問題となるのはマスタールームを守る保安要員です。恐らくは理不尽な強さのモンスターが配置されているでしょう。多数で攻めれば注目を集めますし、個の力で勝つしかないわけです」

「なるほど、理解しました。お任せください」


 この会話中にも俺は警棒でゾンビの頭を叩き潰し、エルフ社長はロープダートに魔力を付与してレイスを撃退している。


 このダンジョン、1階層でもモンスターの数が多い。

 その代わりに特徴的なモンスターもいないようだ。


 エルフ社長は地図が頭に入っているらしく迷うことなく進み、ボス部屋にたどり着いた。

 ボスは2つ頭に翼の生えた獣の死骸だ――臭いもキツイし趣味が悪い。


「キメラゾンビですか、見た目に反してレベルは16です。キメラはブレスなどの特殊な攻撃や素早い動きが厄介ですが、ゾンビ化して全て失われていますからね」

「ははあ、物理タイプですか。ならば私がやりましょう」


 ゾンビキメラは体液のしたたる巨体をゆすりながら俺に迫る。

 だが、鈍く緩慢な動きだ。


(ゾンビやスケルトンには痛みがなく、恐怖も感じないのだったか……ならば)


 ゾンビキメラの半ばまで骨が剥き出しになった前肢を避け、俺はそのまま警棒で前肢の骨を砕く。

 痛みがなくとも支えがなくなればバランスは崩れる。

 俺はそのまま転んだゾンビキメラの首を長剣で跳ね飛ばした。


「おみごと、流れる様な美しい仕事ですな。ホモグラフトさんはまさに戦の職人だ」

「はは、戦職人ですか……そうかもしれませんね。スクールを出てからコレしか知らなかったのですから」


 俺はリリーから趣味を訊ねられ、満足に答えることすらできなかった。

 家族もなければ趣味もない。

 軍籍から抜けたらなにもないのだ。


「陛下はそんな中年男を憐れまれたのかもしれません。この年でメーラーの使い方を教わりましたよ。娘のような若いスタッフに」

「はっはっは、魔王陛下はホモグラフトさんに期待されているのですよ。恐らくはアナタが想像している以上にです」


 エルフ社長は「さ、2層目に向かいましょう」と階段を下りる。

 宝箱には目もくれない。


「1層目なんて大した物ありませんし、罠の解除が面倒くさいですからねえ」


 なるほど、そうしたものらしい。


 階段を下りると回復の泉のようだ。

 他の冒険者たちも休憩している。


「失礼。少し待っててください」


 エルフ社長は俺にことわり物陰に向かった。

 恐らくは小用を足しに行ったのだろう。


 周囲を見渡すと2層目も洞穴タイプだが、ほんのりとした明るさがあるようだ。

 灯明ライトの魔法は必要ないだろう。


「おい、アンタらずいぶんと年がいってるじゃねえか。なにか困りごとはねえか? 回復薬や毒消しもあるぜ。ここはアンデッドの巣窟だからな、毒や麻痺の薬は必要だぜ」


 なんと近づいてきた冒険者がセールストークを始めた。

 大きな箱を担いでいるところを見るに、行商人だろうか。


 紛らわしいが、人間の国で『アンデッド』と言えばゾンビやスケルトンのことだ。

 魔族領では身体の魔道化のことを言うので意味に違いがある。


「とりあえず薬はいらないが……せっかくだ、何か分けてもらうとするか」

「へっへっへ、まいど。何でもあるぜ、保存食なんかは売れ筋だ」


 箱を見せてもらうと色々なモノがある。

 手斧や短剣のような武器もあるが、需要があるのだろうか……ちなみに武器の質は極めて悪い粗鉄だ。


「ま、保存食かな。かさばらないのをいくつか分けてくれ。支払いは魔貨でいいか?」

「あいよ、いい買い物したね」


 干し肉とドライフルーツがひと包みずつで8000魔貨。

 明らかに高いが、まあダンジョンの中だと思えば納得できる。


「おやおや、押し売りを受けてしまいましたか」

「いえ、スタッフへのお土産ですよ。ダンジョンで物売りとは面白いですから」


 エルフ社長は声を潜め「人間の国は食事が悪いのでね、私はどうにも……」と苦笑いだ。


 確かに開拓村の食事もヒドかった。

 食道楽のエルフ社長にはツライものがあるだろう。


「お待たせしましたね。年のせいかトイレが近くなりましてね」

「はは、買い物ができたのでちょうど良かったですよ」


 ダンジョンを進むと、2層目もあまり変化がない。

 デザインもだが、なによりスケルトンソルジャーなど1層目のダンジョンがそのまま出てくるのだ。


「ここはボリュームゾーンと呼ばれる12〜24レベルの冒険者のみを狙った割り切った造りのダンジョンです。少しでも滞在時間を増やすための工夫があるのですよ」

「なるほど……階層が変わっても攻略レベルが大差ないので同じモンスターを使えるわけですね」

 

 使いまわしは当たり前といえば当たり前なのだが、俺は目からウロコが落ちたような気がした。

 階層が変わればモンスターや構造をガラッと変えるものだと思いこんでいたのだ。


 これは多分、ウェンディやタックの影響だろう。

 彼女らは芸術家気質というか、ダンジョンのデザインに強いこだわりがある。

 だが、何もそれだけが正解ではないのだ。


「迷宮とまではいきませんが、比較的に構造も複雑で宝箱も多いのです。これらも滞在時間を――おっと、そこ罠がありますね」


 俺は指示に従い、トラバサミを回避する。

 ウチも3層目には罠も使ってもいいだろう。


 モンスターはしきりに現れるが、エルフ社長のロープダートの技が冴える。

 短く持って素早く振り回したかと思えば、一気に伸ばして遠方の敵を巻き込んで撃破する。

 時にはロープを絡みつかせ、逆端のダガーでトドメを刺した。

 まさに変幻自在、恐るべき武術だ。


 2層目にはアニマルゾンビという狼のようなゾンビや、マミーというミイラ男も現れるのだがエルフ社長の敵ではない。

 俺たちはそのまま進み、ボス部屋に到達した。


 ここのボスは変わっていて、グラッジというゴースト系のモンスターがレイスを大量に率いているようだ。

 一種のモンスター部屋だろう。


「うーん、脅威というほどでもありませんが、物理無効は面倒ですね」

「1層のボスはホモグラフトさんに任せてしまいましたし、ここは私がやりましょう」


 エルフ社長は少し長めに魔力を練り「汚泥を除け、浄化ピュリファイ!」と魔法を放った。

 清冽せいれつな空気の流れがエルフ社長より放たれ、一気にダンジョンのよどみ・・・を押し流すのを感じる。

 その流れに巻き込まれ、ゴーストたちはちりのようにかき消されていった。


 浄化の魔法――これは毒や汚れを浄め、取り除く魔法だと知ってはいたが、極めるとここまで強烈な効果があるようだ。

 俺は驚きに目を見開き、その光景を呆然とながめていた。


回復職ヒーラーの魔法も使い方と年季ですよ」

「素晴らしい仕事です。良いものを拝見しました」


 俺が素直に感心すると、エルフ社長は片目をつぶり少し口角を上げた。

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