49話 死者の国1
翌日、俺は朝礼時にダンジョン調査の件を皆に伝えた。
「近日中に連絡があるとは思うが、特にこちらから何かすることはない。ゴルンとレオの負担が増えるかもしれないが頼んだぞ」
まあ、このダンジョンは『誰かが抜けたら回らない』というような職場ではないし、問題はないだろう。
皆にも慌てた様子はない。
「連絡がつかないってことは通信や転移系のトラブルでしょうか?」
「うーん、一気に壊れるのは考えづらいっす! そこまでイカれたらダンジョン自体にも不調があるはずっすよ!」
リリーやタックが色々と想像を働かせているが、それを調査にいくのだ。
現段階では何も分からない。
「ダンジョンに侵入し、マスタールームを目指すことになるだろう。そこで俺に白羽の矢が立てられたようだな」
モンスターの中にはいるとは思うが、あまりに人間と姿がかけ離れていては調査には不向きだ。
「そりゃ分かるが、ダンジョン攻略は大将だけじゃムリだぜ? 調査なんだろ?」
「ああ、その辺は大丈夫だ。助っ人が来てくれるらしい」
エルフ社長もさすがに俺に調査はさせないだろう。
ひょっとしたら施工業者でも来るかもしれない。
「そんなことだから、明日とか俺がいなくても驚かないでくれ。6層のダンジョンだそうだ。攻略に時間はかかるだろう」
この辺はダンジョンの規模にもよるし、本当に分からない。
「はい。エドもお気をつけくださいね」
「いつ帰ってきても食べれるように何か置いておきますね」
リリーとアンが気づかってくれるのは嬉しいのだが……なんとなく、もう出発する雰囲気になってしまった。
まだ連絡来てないけど、どうしよう。
◆
結局、連絡があったのは次の日の昼過ぎであった。
近くのダンジョンから人が出て転移ポイントを用意してくれたそうだ。
気のせいか皆の視線に『お前まだいるのか』と言われているようで気まずかった……考えすぎだろうか。
(さて、装備以外は必要ないとのことだったが……)
本格的なダンジョン探索には様々な準備が必要だ。
冒険者たちは自分たちの経験に基づいて携帯食、明かり、防寒着、薬品など色々な工夫をしている。
これらの準備は公社からの助っ人がしてくれるということだろう。
転移すると、そこは薄暗い建物の中のようだ。
狭い木造の部屋に古びた農具や工具が乱雑に並べてある。
物置小屋か倉庫だろうか。
「やあ、意外と早かったですね」
周囲を観察していると戸が開き、声をかけられた。
逆光で顔が見えないが声に覚えがある。
「社長? わざわざ来られたのですか?」
「はっはっは、言ったでしょう? 助っ人を派遣すると」
確かにそれは聞いたが……その助っ人の姿が見えない。
明るさに目が慣れると、社長の姿が普段と違うのに気がついた。
ブーツ、革手袋、❘
腰にはロープのようなものがベルトに固定されていた。
「ひょっとして、助っ人とは……?」
「はい、私です。言ったでしょう? 驚きますよと」
俺は素直に「驚きました」と頷いた。
エルフ社長はまさに冒険者の身なりだ。
「私は
「確かに。私は
俺の言葉を聞き、エルフ社長は「ほほう、70」と繰り返した。
ずいぶんと感心した様子だ。
それは俺も同様で、エルフ社長のレベルの高さには驚いてしまった。
昔はブイブイ言わせていたのだろうか。
「ダンジョン探索に合わせて身支度も身軽にされたのが見て取れますよ。やはり大したお方だ」
エルフ社長は俺の身なりを見て頷いている。
今日の俺は、なんと言うか……少しだけ軽装だ。
革のブーツに
兜もバイザーを外し、軽くしてある。
これにいつものマントだ。
武器も長剣は1本のみ、予備として伸縮するアダマンタイトの特殊警棒を持ってきた。
これは伸縮する警棒で、持ち運び時は柄の部分しかないが、振ると中に収納されていた部分が飛び出して警棒になる。
コンパクトなこともあるが『単純な打撃』を加える武器は、場合によっては剣よりも有効だろう。
それに水筒や簡易治療キット、高カロリー携帯食が少々だ。
「身支度や準備に問題はないようですな。それでは参りましょうか」
社長に促され外に出ると、農家の敷地のようだ。
郊外らしく、遠くに見慣れない城壁が視認できる。
「ここは人間の都市トロワジエムから少し離れた集落ですな。トロワジエムの規模は小さく、付近にダンジョンは1つしかありません」
「なるほど、その1つがトラブルを起こしたわけですか」
俺はエルフ社長に続いて集落を出た。
何人かすれ違ったが、こちらが気にならないようだ。
ダンジョンが近いために冒険者を見なれているのかもしれない。
「あの農家に転移ポイントを置いたままで良いのですか?」
「構いませんよ。あれは使い捨てですから。つまり我らはダンジョンを攻略せねば、となりの都市まで移動して帰還せねばなりません」
この言葉にはさすがに「エッ」と声が出た。
エルフ社長は「うまくいくといいですねえ」と笑っているが、嘘か真か全く判断がつかない。
(まあ、ハッパをかけただけ……だろう。たぶん)
あまり自信がないが、そうだと信じたい。
ほどなくすると、テントがたくさん張られた屋台村のような場所に出た。
どうやらダンジョンを攻略する冒険者がキャンプ村のようなものを形成しているらしい。
これだけ人出があるところを見るに、ダンジョンの機能は失われていないのだろう。
うちのダンジョンも大きくなれば、こんな風になるのだろうか?
「割高ですが、ここで商売している方もいますよ。長丁場になればお世話になるかもしれませんねえ」
「あのテントですね、ちょっと気になりますが……まあ、今回は目だちたくありませんし、やめておきますか」
ふと、どこかで見たような顔の冒険者がいた気がしたが……まあ、俺には人間の知り合いなどいないし他人の空似だろう。
「このダンジョンは入り口が3つもあるんですよ。まあ、中で繋がってはいますが、面白いでしょう?」
「ほほう、入り口が……冒険者の滞在時間を増やす工夫でしょうか」
意図はよく分からないが、ダンジョンマスターの趣味だろうか。
マスタールームにたどり着いた時に訊ねてみるのもいいかもしれない。
「我々は左の入り口にしましょう。提出されている資料から変わってなければイチバン近道のはずですから」
「了解しました。モンスターが出たら前に出ます」
入り口はキャンプ村から見える岩場に位置している。
大人が2人並んで歩けるほどの幅だ。
中に明かりはなく、ずいぶんと暗い。
「このダンジョンにニックネームはあるのですか?」
「もちろんありますよ。ここは有名なダンジョンですからね」
エルフ社長は少し勿体をつけ「死者の国です」と教えてくれた。
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