13話 大変な決断を彼女はしたのだ

 さて、日も改まりいよいよダンジョンの視察だ。


 本日、俺に同行するのはリリー、タック、それにゴルンだ。


「ゴルンだ。以前は大将の副官をしていた。タチアナ(タックのこと)の父だ。よろしく頼む」

「はい、エドの補佐役をしていますリリアンヌ・レタンクールです。リリーとお呼びください」


 リリーはゴルンの風貌にも臆することなく簡単に挨拶をすませたようだ。


 ゴルンの風貌はとにかく厳つい。

 新兵なら目をそむけてしまうほどの威圧感がある。

 リリーは意外に度胸があるようだ。


「さ、案内するっすよ! 足元に気をつけてください!」


 先頭はタック。

 彼女はこれからできたばかりのダンジョンを案内してくれるのだ。


「まだ水は流してないんだな?」

「そっすね! 水棲モンスターもいますし、リポップモンスターも止めてるっすよ!」


 俺の質問にタックはハキハキと答えていく。

 ダンジョンの現状は全て把握しているようだ。


「少し暗いかもな」

「そうっすかね? あんまりヒカリダケを増やすと岩とのバランスが崩れて見栄えがしなくなるっす……」


 ごつごつとした岩をうっすらと照らすヒカリダケの配置は見事だ。

 庭園のような雰囲気があり、現状でも十分に美しい。

 これに水の流れが加わったらちょっとした観光地になりそうな景観だ。


「戦うにはちょっと暗いが、たいまつを使うほどでもねえな」

「内装を美しく飾るという注文にはタックさんは十分応えてくれてます」


 ゴルンは微妙な反応し、リリーは十分だとタックを援護している。


「うーん、ヒカリダケの追加はオススメしないっす! 安いヒカリゴケをちょっとだけ追加するっす!」


 タックはすぐに改善策を出してくれた。

 このあたりはさすがである。


「ヒカリゴケは入れすぎるなよ、かといって部屋のすみにチョロチョロじゃ意味がねえ。ここは大胆にだな――」

「父ちゃんはうるさいっす! アタシは現場を任されたプロっすよ!」


 ゴルンから見ればタックは娘だ。

 つい口が過ぎて父娘ゲンカが始まってしまった。


 俺はあえてケンカは止めず「それでいこう。頼むぞ」と声をかけた。

 父娘のスキンシップは邪魔したくない。


 タックは「はいっす!」と喜び、ゴルンはぶつくさとなにか文句をこぼしていた。


 そのまま俺たちは右から順にダンジョンをチェックしていく。

 まずは水源がある部屋だ。


「こいつに水を張るんだな……凸凹なのはわざとだな。なかなかエグいじゃねえか」


 ここは大人の太ももくらいまでの水深だが、一気に深くなったり、逆につまずくように浅くなったりしている。


「なかなかよくできてるぜ。これは地形だからな、罠探知でも見つからんはずだ」

「そうなんだよ。俺が引っ掛かった罠だからな。自信作だ」


 俺が笑うとゴルンが「なんだそりゃ」と呆れる。

 たしかに罠にはまったことを自慢するのはおかしな話だ。


「ふふっ、エドとゴルンさんがいれば保安は万全ですね」

「そうっすね! おかしなチンピラはウチの親父にドタマかち割られてスローターフィッシュのエサっすよ!」


 タックが「あははっ」と笑っているが、リリーは少し引いてるようだ。


 だが、タックの言葉は正しい。

 ダンジョン中でおかしな真似をするヤツらを発見したら排除する必要がある。


 地域との共生し、安定した生命力エネルギーの獲得を目指すには秩序が必要だろう。


「なるほど、たしかにそれはそうですね。犯罪者に荒らされては真面目な冒険者や村人は来なくなってしまいます」

「真面目なヤツらに適度に稼いでもらって、リピーターになってもらえば俺たちも生命エネルギーを集められるってわけだな」


 このやりとりにタックとゴルンも頷いている。

 タックとて、自分が手がけたダンジョンが栄えれば嬉しいだろうし、その親父であるゴルンは言わずもがなだ。


 そして順調に視察を続け、最奥のボス部屋にたどり着いた。


「この部屋の奥にマスタールームがあるっす! 強力な認識阻害を2重にかけてるから、まず見つけることは不可能っすよ!」

「本当だな。知ってる俺でも全く分からない」


 マスタールームはダンジョンの司令部、守りは万全だ。

 油断は禁物だが、認識阻害の魔法と物理的な扉が2重にあるため、侵入されることはないだろう。


「問題は出入りを見られることだな。気をつけよう」


 タックが扉を開き、マスタールームに入る。

 ここは洞窟を模した迷宮部とは違い、非常に明るい。


(ここが、俺の職場か)


 なかなかグッとくるものがある。


「宝箱は1/3の確率で罠なし、難度1(超簡単)、難度2(簡単)になる設定で4つ用意したっす! 設定はここで変更できるっす!」


 マスタールームに宝箱があり、タックが説明してくれた。

 これは特に設定を変える必要はないだろう。


 罠は単純に毒ガスを吹いたり、刃物が飛び出したりするやつだ。


「設定はこのままでいいだろ。コイツを4股に分かれた通路の奥に設置する。宝はDP1~3のランダムだな」


 タックは「了解っす!」と元気に返事をした。

 宝箱もこれでよしだ。


「ここがトイレで、ここは小さなキッチンっす! コンロなんかは持ち込んで欲しいっす!」

「デスクワークもありますし、皆さんが待機するテーブルや椅子は必要ですね」


 この辺は適当に増えていくだろう。

 長いことやってればモノは溜まる。


「リリーもゴルンも欲しいものあったら適当に置いていいぞ」

「アタシもここの担当になるっす! ロッカー欲しいっす!」


 よく分からないが、タックも私物を置きたいらしい。

 ダンジョンはメンテナンスが大変なので施工業者が常駐するが、ここは引き続きタックが来てくれるようだ。


「そんで、こっちはエドさんの私室っすね! 防音だから大丈夫っすよ!」


 何が大丈夫なのかは分からないが、私室もバッチリだ。

 やや手狭だが、ベッドとタンスが置ければ十分である。


 俺の私物も順に移動させることになるだろう。


「それじゃ、ダンジョンに水をいれるっすよ!」


 タックが水源のスイッチを入れ、水がチョロチョロと湧き出すのが確認できた。


 水はダンジョンの部屋を満たせば外へ流れて回復の泉へといたる。

 その後は開拓村の方へと流れるはずだ。


「おめでとうございます。第72号ダンジョンの起動を確認しました」


 リリーが居ずまいを正し、俺におじぎをした。

 表情も固い。


「これでダンジョン立ち上げの補佐役としての私の仕事は完了になります」


 このリリーの言葉には衝撃を受けた。

 なんというか、リリーは全くの素人の俺と一からダンジョンオープンまで積み上げてきた相棒だった。

 俺はこれからもリリーが助けてくれるものだと信じきっていたのだ。


 本当なら『今までありがとう』と言うべきなのだろうが、言葉がでない。

 隣のタックも「ええー」と悲鳴じみた声をあげた。


「その、急だから少し動揺している。公社に戻るのは、どのくらいの猶予があるのだろうか……?」

「それにつきましては、その、私をこちらへの転籍出向の扱いにしていただきたいのです」


 リリーは「厚かましいのは承知してます」とうつ向いてしまった。

 よく分からないが、転籍出向とやらにすればダンジョンに残ってくれるということだろうか?


「転籍出向とはなんだ?」

「はい、いままでは公社からの在籍出向として私は公社と雇用関係でした。転籍とは公社との雇用関係を終了させ、新たにこちらのダンジョンと雇用契約を結んでいただく形になります」


 ゴルンが「ワシと同じじゃな」と頷いている。

 どうやら転籍とは一旦退社して、ここのスタッフになることだ。


 出向などの雇用関係はよく分からないが、ダンジョン公社は一流企業だ。

 そこから駆け出しのダンジョンに転職するのは……大きな決断だろう。


 本人は良くても、ご家族の理解が得られるかは疑問だ。


「俺はリリーがいてくれると助かる。でも、ご家族には相談したのか?」

「……はい。姉は『自分のやりたいことをやりなさい』と背中を押してくれました。ダンジョンの負担になるのは承知してます、でもここで働きたくて」


 リリーは再度「お願いします」と頭を下げた。


 こんな話は彼女にとってデメリットしかない。

 だが、俺はリリーにいて欲しいと思っている。


 だから「こちらこそ、よろしく頼む」と頭を下げた。


「ひゃー、な、なんだかプロポーズみたいっす」


 タックに冷やかされ、リリーは顔を真っ赤に染めた。

 たしかに結婚も転職も人生の一大事である。

 大変な決断を彼女はしたのだ。


 まあ、俺は結婚したことないけど。


「じゃあ、改めてリリー、タック、ゴルン、よろしく頼む」


 俺が皆に声をかけると、それぞれ「はい」「了解っす!」「任せとけ」と個性的に応じてくれた。


「今日は打ち上げにでも行くか! 俺のおごりだぞ!」


 焼き肉で打ち上げはリリーとも約束していた気がする。

 だが、俺が気炎を上げると、なぜかゴルンが1番食いついてきた……いやまあ、別にいいんだが。


 焼き肉店で、コッソリとリリーやゴルンの今までの給料を聞いたら、2人ともかなりの高給取りで驚いてしまった。

 考えてみればゴルンは軍の上級士官、リリーは公社のエリート社員なわけだ。


「あの、私はお給料はいくらでも……」


 リリーに変な気を使われてしまったが、さすがに減給するわけにはいかない。

 あらためて俺は気を引き締め直した。



■宝箱の中身■


手斧、DP3

青銅の剣、DP3

革の盾、DP3

革のマント、DP2

鉄のダガー、DP2

現金10万魔貨マッカ、DP2

回復ポーション(小)、DP1

毒消しポーション、DP1

木の矢×6、DP1

現金5万魔貨、DP1

オシャレアパレルの服、ユニークアイテム

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