12話 ヤクザ面のドワーフ

 今日は祝日である。

 もちろんダンジョン公社はカレンダー通りの休日(現場のダンジョンは年中無休だが、ウチはオープンしてないので休みだ)、俺は官舎の整理をしていた。


 独身者とはいえ、長年住めばそれなりに私物は溜まっている。

 ごみ捨て場に堆積した俺の私物に食堂の親父さんが呆れていた。


「しかし、将軍もついに退役か……長い間、お疲れさんでした」

「あと数日はいるけどね。荷物は少なくしようと思ってさ。俺も親父さんには世話になったよ」


 士官になって15年以上、官舎に居座っていた俺は立派なヌシである。

 食堂の親父さんにはずいぶんと世話になったものだ。


「将軍は稼ぎもあるし、シュッとしてモテるだろうに選り好みしてるから婚期を逃しちまうんだよ」

「まあな、親父さんの飯がウマいからカミさんが居なくても不自由しないのさ」


 親父さんはまんざらでもない様子で「そんなもんかねえ」と苦笑いを見せた。


「なんにせよ、大掃除も一段落かな。長居したぶん私物が多くてね」

「次はダンジョン公社だろ? ウチのコンロも冷蔵庫も公社のエネルギーを使ってる。ありがてえことだ」


 親父さんは「ほい、ご注文の土産だよ」と弁当箱を手渡してくれた。

 これは俺が頼んだ独身寮の名物である。


「お、きたきた。助かるよ」

「なあに、俺も将軍からはずいぶんと良くしてもらったからな。お互いさんだ」


 ちなみに、この親父さんは軍人あがりではなく、調理師補助の求人で戦地採用された苦労人だ。


 俺とはそれなりに長いつき合いで、こうして気さくに接してくれていた。


「それじゃ、元気でやんなよ」

「ああ、退寮する時はまた、改めて挨拶にいくよ」


 親父さんが食堂に戻り、時計を確認すると昼を過ぎていた。


(……時間はちょうどいいか)


 俺は弁当箱を抱え、とある戦友を訪ねることにした。



(えーっと、ドヴェルグ酒蔵がここで……この辺りのはずだが)


 休日のドワーフ街は賑わっており、ごちゃついた路地は土地勘のない俺にはやや厳しい。


「すまん、そのリンゴ酒シードルの小さいたるを分けて欲しい。あとちょっと道を教えてくれ、ガリッタさんのお宅を探してるんだが」

「おや、兄ちゃん見ない顔だね。ガリッタさんちはこの角を左に曲がって玄関に手斧が掛けてある家だよ。リンゴ酒はあそこの嬢ちゃんかい?」


 ドワーフ街では酒屋はそれこそ石を投げれば当たるほどに並んでいる。

 ここの住民は住所を伝えるときに『近くの○○という酒屋でたずねてくれ』と屋号を教えるほどなのだ。


 こうして酒も売れるので店も文句はないのだろう。


「いや、今日は親父のほうさ」

「へえ、親父さんならリンゴ酒より濁りにしときな。ほんとは火酒ウォッカがいいけど、兄ちゃんにはキツいだろ」


 たしかに火酒の樽は俺にはキツイ。

 ドワーフの酒は樽単位での販売なのだ。


 俺は小さな樽で濁り酒を購入し、教えてもらった家を訪ねた。


 呼び鈴を押すと「はーい」と聞きなれた声が聞こえる。

 タックだ。彼女も今日は休みなのだろう。

 私服の彼女はスカートをはいており、なんだか新鮮だ。


「あっ、エドさんじゃないすか!」

「やあ、ゴルンはいるかい? 退役したと聞いたから遊びに来たよ」


 タックが元気に「父ちゃんは昼酒に行ってるっす!」と教えてくれるが、昼食ではなく昼酒というのが実にドワーフらしい表現だ。


「ちょっと待ってるっす! 母ちゃん! 母ちゃん! お客さんだよっ!」


 家の中からバタバタとした気配が伝わり、小さい子供たち(タックの弟妹たちであろう)が入れ替わり立ち替わりこちらの様子をのぞきに来る。


 ほどなくするとパタパタと音を立てながらゴルンの奥さんが現れた。


「あらあらホモグラフトさん、お久しぶりです。主人は出かけてますが上がってお待ちくださいな」

「お邪魔します。これはつまらないものですが、よろしければ」


 俺はゴルンの奥さんとは何度か面識がある。

 ドワーフの年齢はよく分からないが、あまり変わった様子はなく若々しい印象だ。


「こんなに気を使っていただいて……こらっ、ボヤっとしてないで父ちゃん探してきな!」


 奥さんの指揮で子供らが「はーい」と飛び出していく。

 なかなかの鬼軍曹らしい。


 待つことしばし。

 奥さんにいただいたお茶を飲んでると、ドヤドヤとホロ酔いのドワーフたちが現れた。


「ウチの娘をヨメに欲しいって物好きはどいつだ! ガハハ」

「そんなんじゃないっす! 父ちゃんのお客さんっすよ! あんたたち、父ちゃんに何を言ったんだよ!」


 伝令に行き違いがあったらしく、タックの悲鳴が聞こえた。


 なにやらゴルンの飲み友達が『タックの彼氏を見に行こう』と祝いに来たらしい。

 お使いの子供がいたずらしたのだろう。


「やあ、ゴルン。久しぶりだな」

「おおっ! 誰かと思えば将軍じゃねえか!」


 俺が姿を現すとゴルンは熊のように両手を広げ、俺に抱きついてきた。

 背に回した手でバンバンと俺を叩く……だいぶ酒が入っている様子だ。


 この片目が潰れたヤクザ面のドワーフは俺の副官だったゴルンだ。

 頭はつるりとハゲあがっており、いかにもドワーフっぽいヒゲが生えている。


「コイツは大金星だ! おいっ、ダンジョン公社に転属した双剣ホモグラフト将軍だぜ!」


 ゴルンの言葉に酔漢たちが「おおっ」と歓声をあげる。

 口々に「逆玉だ!」「嬢ちゃんやったな!」とタックに絡んでいる。

 酔漢にありがちな展開だ。


「まあ、それは置いといてだ……ゴルンも元気そうだな。退役したんだって?」

「ああ、次に来るヤツは軍政畑らしく酒にうるさくてな。俺も年だし辞めることにしたよ」


 俺はつい「ぷっ」と吹き出してしまった。

 酒が満足に飲めないから退官するとは豪放なゴルンらしい。


「鉄血ゴルンらしい話だな」

「おうよ、こちとら命を張るんだ。酒ぐらいでピーピー言われたかねえさ」


 酒を飲んで軍務などもってのほか、という意見は根強くある。

 軍務とは命がけだ。俺もその意見には頷くところも多い。


 だが、ドワーフにとって飲酒や酒造は生活の一部であり文化だ。

 彼らにとっての禁酒とは、俺たち魔族が『明日から米食禁止』と言われるのに近いだろう。


 俺は幸いにして前線部隊でドワーフ、獣人、エルフなどと肩を並べて戦った経験がある。

 多民族国家の魔王領では『目こぼし』が必要な場面は多々あると学んだのだ。


 ドワーフ兵は勇敢で頑強、手先も器用。

 長所を見れば頼れる存在である。


 しばらく酔漢たちは弁当をつまんだり濁り酒を飲んだりガヤガヤと騒がしくしていたが、酒が足りなくなって酒場に帰っていった。

 小サイズの樽では全く需要を満たせなかったようだ。


 静かになったころで俺はゴルンの誤解を解き、今日は彼を訪ねてきたのだと伝える。

 改めて奥さんからお茶を淹れてもらい、一服してるうちにゴルンの酒精も抜けてきたようだ。


「ああ、いきなり男を連れてくるなんて変だと思ったんだ。ま、ウチの娘で良けりゃ貰ってくれてもいいんだけどよ」

「いやいや、良くできた娘さんじゃないか。そんなこと言うもんじゃないよ」


 社交辞令の応酬ではあるが、大人はこういうのが必要なのだ。

 だが、当のタックは「いやー、照れるっす!」と大照れで俺が持ってきた弁当をパクついている。


 弁当がお茶うけになるあたり、実にドワーフらしい。


 ちなみに弁当は独身寮名物の巨大唐揚げとしょうが焼き、それに適当に詰めてくれたカマボコが入っている。

 かなりのボリュームだ。


「実はな、柄にもなくダンジョンマスターをやることになってな」

「おう、娘が世話になってるみたいだな」


 タックから職場の話は聞いているようだ。

 仲の良い親子らしい。


「それでだ、今は俺と補佐役が色々とやってるんだが、オープンすれば人手が必要だからな。ダンジョンのスタッフを探そうと思ってるんだよ」

「いいぜ、俺がやろう」


 なんとゴルンは俺が説明する前に二つ返事で引き受けた。

 これには逆に不安になってしまう。


「いや、給与とか条件面はまだ決めてなくてだな――」

「構わねえよ。ウチは持ち家だし、恩給もあるしな。娘も働いてるし食うにゃこまってねえ。無職でいるとカカアの小言も聞かなきゃならねえ、何より――」


 ゴルンは「アンタはうるさい上司じゃねえ」とニヤリと笑う。

 男らしい笑いだ。


「ま、経理もめんどくせえし、日当の取っ払いでいいぜ」

「その辺は補佐役と相談するよ。俺は経理はまるでダメだからな」


 俺がお手上げだと両手を上げると、ゴルンは「ガハハ、将軍にゃ算盤は似合わねえよ」と豪快に笑った。


「娘の造ったダンジョンで働くなんて中々できねえしな。よろしく頼むぜ、大将」

「大将……大将か、うん。景気よくて良いかもな。よろしく頼むよ」


 こうして、オープン前より強力なスタッフを雇うことができた。

 保安員としてこれ以上は望めない一流だ。


「おい、酒持ってこい! 俺の再就職が決まったぞ! 祝い酒だ!」

「あいよ、子供らに買いに行かせてるよ! ホモグラフトさん、娘ともども迷惑をかけますが、この人をよろしくお願いしますね」


 俺とゴルンはタックや奥さんも交えて改めて乾杯し、大いに痛飲した。

 いつの間にか「タックちゃんの旦那さんを見に」「祝い酒をよばれに」と近所のドワーフも集まってきたが、奥さんもニコニコしてるし、問題無いらしい。


 タックによると「みんな本気にしてないから大丈夫っすよ!」とのことだ。

 何かの口実を探して酒盛りをするのがドワーフ、これは文化なのである。

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