83話 本当は心配してたのよ

「ふうむ、国境で小競り合いがあったか? まれにあるこったろ」

「まあな。だが……人間のみならまだしも獣人もだ。騒がしくなりそうだな」


 雑誌の記事を見たゴルンは鼻で笑うが、事態はそう甘くはないだろう。


「エド、それに関してですが公社から通達があります。書面で来てますし、正式なものですね」


 俺はリリーから書類を受け取り「どれどれ」と確認した。

 そこには『人為的な暴走を要請』とある。


(ふむ、人間や獣人の国で暴走スタンピードを起こすのは上申書の通りだが……)


 俺とリリーが作成した上申書と決定的に違うのは目的だ。

 この書類には『国境地帯での武力行使に対する報復』を目標にしている。

 一方で俺たちの方は『後方の撹乱』だ。


 この違いは情勢の悪化を明確に物語っている。


 あくまでも『参加要請』なのは公社やダンジョンが軍事的な組織ではないゆえだろう。

 仕方のないことだが、少しスピード感に欠ける気はする。


「あはは、書類を近づけたり離したりするのは老眼っすよ!」

「そう言うなよ。リリー、攻撃はウェンディと連携したい。メールを送ってくれるか」


 タックの言葉にやや傷つきながらも、俺はリリーに声をかけた。


「11号ダンジョンですね。転移ポイントは繋がっていますから面会を申し込みますか?」

「ああ、そうしてくれ」


 近くの都市を攻撃するなら連携ができるはずだ。

 報復行為ならばなるべく被害を出したほうがいいだろう。


「でも、開拓村にも被害が出ちゃいますね」

「そうだな……その辺は被害が大きくなり過ぎないように考えよう。たとえばリポップモンスターで開拓村を攻撃している間にコントロールの利くソルトゴーレムを都市攻撃に向かわせてもいいかもな」


 何度か開拓村を見てきたアンは心配そうである。

 俺もせっかく育ってきた村を再起不能になるまで破壊したくはない。

 思いつきではあるが、二手に分けるのは悪くないアイデアだ。


「ダンジョンに依存する開拓村を温存し、他を破壊するわけですね。困窮した者が開拓村に集まれば利用者の増加にも繋がります」

「そこまでできれば満点だな。ウェンディと連携が取れるのならば、こちらは街を直接叩くのではなく陽動に徹するのが良いだろう」


 ゴーレムは本来重機だ。

 橋や建物を破壊し、農地をならすのは得意中の得意である。


「そうきたか。足の遅いゴーレムを使うなら、人を襲うよりは施設を破壊するのは正解だろうぜ」

「ああ。ゴーレムやガーゴイルが暴れたら目だつだろう? その隙をついてウェンディに都市を攻撃してもらおう」


 都市衛兵や冒険者の目をひきつけ、ウェンディがモンスターを放流する。

 シンプルだが、ぶっつけ本番で複雑な作戦は機能しない。

 このくらいがちょうどいいだろう。


「あくまでウェンディが乗ってきたらの話だ。それがダメなら別の手だてを考えよう」

「おう、単独なら単独でやりようはあるだろ。単独なら開拓村にゴーレムを配置して――」


 ゴルンも元は『鉄血ゴルン』と呼ばれた古強者、戦のことになると興がのったようだ。

 簡単な見取図を書いて作戦を立案している。


「破壊工作なんて悪の組織みたいっすね!」

「あはっ、ゴーレム作るのもそれっぽいです」


 タックとアンが喜んでいるが……良くわからんな。



「やっほ、エドっち。おひさねー」

「やあ、わざわざ来てくれるとは嬉しいよ」


 その日の午後、ウェンディが転移で訪ねてきた。


「エドっち、これ見たわ。レタンクールさんも良かったわね。毎日新しい報道が出るからハラハラしてたわよ」

「その雑誌か……ちょっとイイトコを切り取りすぎだよなあ」


 ウェンディの胸元には例の雑誌だ。

 ちょっと勘弁してほしい。


「あら? ここに書いてあることも何か問題あるのかしら?」

「ちょっと熱愛を強調しすぎというかな――あ、いや……そう言うわけでもないけど。なんというか、俺の部屋にはモニターがないから報道はウェンディのほうが詳しいかもしれないな」


 隣のリリーが笑っているが、何か怖い。

 その迫力に圧されて俺もわけのわからないことを口走ってしまった。


「なに、アンタもう尻に敷いてるの? エドっちかわいそうじゃない」

「おかしなこと言いますね。エドは照れているだけです」


 相変わらず、この2人は火花を散らしている。

 だが、本当に毛嫌いしているわけではない……と思う。

 自信はないが、本当に嫌いならイガミ合わずに離れるはずだ。たぶん。


「まあいいわ。暴走スタンピードの話よね」

「そうなんだ。できれば連携して被害を拡大させたいと考えていてな」


 すでにメールで下話をしているので話は早い。


 俺が先ほどの作戦を伝えると、ウェンディはアッサリと「いいわよん」と請け負ってくれた。


「要請って形だけど参加しないわけにはいかないわよね。お隣さん同士で協力できることはしましょ」

「助かるよ。分かりやすい成果を出すために、できるだけ広範囲に派手に暴れるつもりさ。人的被害よりもインフラや農場などを優先して破壊する」


 周辺の地図はウェンディが持ってきてくれた。

 人間の国は地図程度のことが軍事機密らしく、なかなか手に入らないらしい。


「よし、この大きめの農園を経由して橋を破壊しよう。余裕があれば都市の方にも向かうが、あまり期待しないでくれ」

「うーん、塔から見えるとは思うけど、天気が悪いと不安ね。出発時刻とか簡単な情報はメールで共有しましょ」


 あまり正確さは求められないが、大体の目標を決められればそれでいい。


「最悪でも農園でゴーレムが撃破されれば農地は塩でダメになるだろうぜ。橋を破壊した後も農園を狙うべきじゃねえか?」

「なるほど、それは一理あるな。ならば橋の後はこちらの農村に向かうか。うまくすれば都市の軍隊を引きつけられるかも知れない」


 ゴルンと俺が侵攻ルートを相談していると、不意にウェンディが「ふふ、張り切ってるのね」と微笑んだ。


「あの報道があってからエドっちも魔王陛下は出てこないし、本当は心配してたのよ。でもその様子なら大丈夫そうね」

「む、そうだな……あれは申しわけないことをしたと思う。だからこそ今回の暴走計画で挽回したいのさ」


 実を言えば俺も魔王様のことを耳にするだけで胸が痛む。

 リリーからも聞いているが、今回の心労で魔王様は体調を崩しふさぎこんでしまっているらしい。


 醜聞スキャンダル報道に加えて国境線での紛争だ。

 無理もないと思う。


 リリーもこの件に関しては歯切れが悪いし(俺が原因なのだ。言いづらかろう)、俺も詳しくは聞けないでいた。

 だからこそ、成果を出して魔王様にも気を晴らしてもらいたい気持ちが強い。


「そりゃ婚約ほやほやっす! エドさんもイイトコを見せたいんすよ!」

「ふふ、それはそうよね」


 ウェンディがリリーに向かい片目をつぶる。

 それを受けてリリーは恥ずかしげに小さくはにかんだ。


「ふふ、幸せなのね……あっ、それはそうとマスタールームの位置よ!」

 

 ウェンディは「忘れるとこだったわ!」と体をくねらせながら記録媒体を取り出した。


「最近、色んなダンジョンで不審な魔族が複数確認されているわ。私はダンジョン荒らしと見ているの」

「む、コイツは見たことあるな」


 俺はウェンディが映し出した数枚の写真のうち、コスプレしている赤い魔法使いを確認した。

 やはり不審者たちは認識阻害で顔が確認できないが、この姿は間違えようもない。


「やっぱり来てたのね。コイツら怪しいのよ。念のためにマスタールームは下層に置いたほうがいいわ。1階だと万が一、隠し扉を暴かれたら大量の冒険者が殺到しちゃって防げなくなるわ」

「そうか、そういう事もあるか」


 たしかにマスタールームが1階層では不用心だろう。

 だが、利用者が増えたとはいえDPはまだ4700しかない。


「でもドコに引っ越すかが問題っす! 引っ越し前提で新しい階層を作るのがラクっすけど、予算がないっす!」

「暴走の要請に応じれば予算はいただけるでしょうが……さすがに流用は問題になります」


 タックとリリーが言うように、これで改装費を捻出するのは厳しいと言わざるを得ない。


「ま、しょうがないわね。緊急だしDPはウチが貸してあげるわよ。新居が荒らされたらエドっちもバツが悪いでしょ?」

「いや、それはありがたいが……どう判断したものか」


 ウェンディの申し出はありがたいが、さすがに気が引ける。

 何度か辞退したのだが、最終的に「あげるわけじゃないんだから。ちゃんと返しなさいよ」と強引に押し切られてしまった。

 正直なところ、かなりありがたい。


「すまない。恩にきるよ」

「いいのよ、新居の改装費を貸すなんてロマンチックじゃない」


 それからウェンディはその話題にも触れず、アンの淹れたお茶を飲んだり、タックと改装の相談して時間をつぶして帰っていった。


「大きな借りができてしまいましたね」


 リリーが苦笑しているが、ダンジョンの改装費とは莫大なものだ。

 それをポンと貸すとはウェンディの肝は太い。


「ぐふっ、せっかくだからリリーさんのために寝室を広くするっすか!?」


 なぜかタックが張り切っているが、そっとしておこう。

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