82話 記事を見せてくれるか

 最近、ダンジョンに変化があった。

 ちょいちょい公社の許可を得たマスコミが来るのだ。

 マスコミと言ってもネガティブな話ではない。


 これはスキャンダルの終息を図り、リリーを『俺の婚約者』として発表したためだ。

 もちろん、俺が勝手に始めたことではなく王室やら宮内やら内務やら、いろんな関係各所の判断によるものであるらしい(俺は知らされてないがリリーから聞いた)。


 俺は私人であるとして参加しなかったが、魔王様が声明を発表し、リリーが王室関係職員と記者会見をして流れが完全に変わった。

 魔王様は姿こそ見せないが『あれは誤報であり、妹の心中を思い胸を痛めている』と領民にメッセージを発し、大半の領民は同情したのだ。


 連日のニュースでも問題の写真は高度な技術で画像分析がなされ、口づけなどしていないことを専門家が熱心に説明していた。

 そして傷心の魔王様は公式の場に姿も見せない。

 こうなるとパッシングの矛先は無責任な報道へと向いていき、自然と俺の周囲は落ち着きを取り戻していった。


 そして領民は魔王様を心配し、続報を求め、情報の発信源としてにわかにリリーに需要が高まったのだ。

 リリーもなるべく取材に応じているので、こうして取材などもあるのである。


「それではリリアンヌ殿下は以前よりホモグラフト閣下と面識はあったのですか?」

「はい、私はもう何年も前から。初めて式典で挨拶をしたのは戦時中でしたから9年くらいでしょうか……? 残念ですが、ホモグラフトは覚えていなかったようですけど」


 リリーの答えに丸いメガネをかけた女性記者が「それはひどいですね」と笑った。

 いま来ている雑誌は、たしか『女性ヘブン』とか言う婦人誌だ。

 きちんと公社から許可を得ているのでインタビューもなごやかなムードである。


 お互いになんと呼ぶのかとか、初めてのデートはどこかとか、あまり意味がなさそうな質問も多い。

 そんなこと聞いてどうするのか。


 並んで聞いている俺は苦笑してしまうことも多い。


「では、ホモグラフトさんに質問してもよろしいでしょうか? 殿下のプロポーズにどのようにお応えになったのでしょうか?」


 こんな感じでたまに俺にまで質問が飛んでくるから油断もできない。


「どうだったかな――はい、と答えたと思いますが……」

「ふふ、違います。初めは断られたんですよ」


 リリーの言葉を聞いた記者が「ええっ!?」と大げさに驚く。


 正直、俺にとっては苦行以外の何物でもない時間だ。

 だが、さすがにリリーは慣れていて、笑顔を絶やすことはない。


(……さすがだな。俺もリリーと結婚したらこんな風にできるのだろうか?)


 なんとなく『結婚』と意識したら居心地が悪くなりソワソワしてしまう。

 あまりにも早い人生の急展開に心が追いついていない。


(いかんいかん、これは公社の許可を得た取材なのだ。気を引き締めていかねば)


 俺は軽く頭を振って気合を入れ直した。

 その様子を見たリリーにクスリと笑われてしまったが、ご愛嬌だろう。



【一問一答】リリアンヌ殿下&ホモグラフト氏婚約インタビュー。


 本誌は先日婚約発表をなされた王妹のリリアンヌ・レタンクール殿下(26)と元高名な軍人で現在はダンジョン公社の要職を務めるエルドレッド・ホモグラフト氏(39)の独占インタビューに成功した。


 2人は前戦役で将軍と王室関係者として知り合い、共に務めるダンジョン公社にて交際を発展。

 先日の大誤報のおりに関係を見直し、リリアンヌ殿下より改めて「婚姻を前提としたおつき合いを」と伝えられた。

 ホモグラフト氏は互いの出自の違いや大誤報で世間を騒がせた責任に言及し、一度は申し出を断るもリリアンヌ殿下の再度の求婚に誠意を感じ、申し出を受け入れられたそう。

現在は仲睦まじく、また信頼できるパートナーとしてダンジョンの経営に励まれている。

 入籍の予定は未定。


 今回のインタビューから主だった個所を抜粋し、一問一答形式で紹介する。


(以下、リリアンヌ殿下リリ:ホモグラフト氏ホモ:と記述)


――ホモグラフトさんと結婚しようと決めた最大の理由を教えてくだい。


リリ:お付き合いをさせて頂くときから、結婚を前提にとお伝えしました。そういうふうに思えたのは、いくつかあるのですが……一緒にいて優しさであったり、何かに挑戦する姿勢であったり、出自で人を差別しない人柄であったり、色々です。


――お2人の出会いと交際を意識した経緯は?


リリ:最初は王室関係者と将軍として式典などでお見かけしていたくらいです。新しいダンジョン立ち上げの折にホモグラフトがダンジョンマスターとして着任し、私もスタッフに選ばれたのですが……私の立場を知りながら態度を変えない姿勢に『なんて素敵な人なんだろう』って。それは今でも変わりません。


――なるほど、ホモグラフトさんはいかがですか?


ホモ:いや、まあ……正直、式典とかはほとんど印象になくて。スタッフとして紹介された時は……なんというか、美しい女性だなと。姿もそうですが、立ち振る舞いとか、雰囲気とか。思いを告げられた時には『なにかの間違いじゃないのかな』と。実を言えばいまだに都合のいい夢じゃないかと疑うときもあります(苦笑)。


――具体的な告白の言葉は?


リリ:シンプルなのですが「好きです、結婚を前提におつき合いをしてください」と。


――その時点で“結婚前提”?


リリ:私は告白する前から一生のうちにこんなに素敵で優しい人はもう出会えない思ってました。告白をして、そのとき結婚の意志を伝えようと思っていました。


――ホモグラフトさんは何と答えたのですか?


ホモ:「はい」と言いました。


リリ:ちがいます。初めは断られたんです(間髪を入れず)。


――ええっ、断られたんですか? その理由をお聞きしても?


ホモ:あー、いや、まあ……その、年齢であるとか(お2人は13才差)、出自の問題もありましたし……なにより誤報により大変な騒ぎになっていた時でしたから。


リリ:それでも最後は頷いてくれて。私の粘り勝ちですね。すごく嬉しかったです(笑顔で)


――ご両家にご挨拶は済んでいる?


リリ:姉には私からのみです。今はまだ騒がしいですし、落ち着いてから3人で、と考えています。


ホモ:私には身内らしい身内もおりませんので……それも断ってしまった理由の1つかも知れません。


――大変失礼な質問とは存じますがホモグラフトさんと魔王陛下が親しくされていたのは、やはりリリアンヌ殿下との関係があったからでしょうか?


ホモ:そうですね、それも理由の1つです。私がその……彼女をリリーと呼ぶので、その流れで魔王陛下をマリーと呼ぶのをお許しいただきました。また、魔王陛下は家臣をニックネームで呼ばれることはまれにあります。


――リリーとお呼びになられるとのことですが、改めてリリアンヌ殿下とはなんと呼び合うのですか?


ホモ:リリーです。


リリ:エドと呼んでいます。


――指輪は?


ホモ:まだありませんが、落ち着いたら2人で買いに行きたいとは思っています。


リリ:嬉しいです(驚きながら)


――浮気の心配は?


ホモ:ありません。


リリ:うーん……信じてはいるんですが、彼はモテるから心配です(ホモグラフト氏は即座に否定)。


――これまでの交際で、お互いの「ここは直してほしい」というところは?


ホモ:ありません。


リリ:誰にでも分け隔てなく優しいのは彼の美点ですけど、今後は少し控えてほしいかも(苦笑)。


――生活の主導権、財布のヒモはどちらが握っている?


ホモ:彼女でしょうか? まだ意識していません。


――お子さんの予定は?


リリ:それは授かりものですから。もし、来てくれたらすごく嬉しいです。



 翌週。

 先ほどからタックが俺たちのインタビュー記事が載った婦人雑誌を朗読して喜んでいる。


 まあ、リリーも笑っているからかまわないが、ちょっとやめてほしい。


「同居は考えて――」

「ん? ちょっと見せてくれ」


 俺はタックの雑誌の表紙に目が行き、気になる文言を見つけた。


「わっ、やりすぎたっすか!?」

「いや、そうじゃない。記事を見せてくれるか?」


 俺が受け取った雑誌には『緊張高まる国境線。魔王軍が人間、獣人と武力衝突か』と書かれていた。

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