56話 遠回しのプロポーズ

「わっ、わっ、強いぞっ! ホネをもうやっつけた!」

「そうですなあ。スケルトンソルジャーではホモグラフト卿に太刀打ちはできますまい」


 ここは魔王の執務室。

 マリーは内務卿から提出されたダンジョン動画のサンプルを眺めて喜んでいた。


 これは40号ダンジョン、死者の国のモニターに記録されていたホモくんとエルフ社長の記録映像だ。

 新規事業『ダンジョン攻略動画(仮)』の試作品である。


「やっぱりホモくんはカッコいいなー、強いんだなー」

「……はあ、そんなにお気に入りならばリリアンヌ様にお譲りにならなければ良かったものを。ホモグラフト卿は婿にこれ以上ない最適の人物ですぞ」


 内務卿の言葉がグサリと突き刺さり、マリーは机にばたりと倒れた。


(そんなこと言っても、まさか私とは8年も何もなかったのに、リリーとは数日で付き合うなんて思わなかったし!)


 そのままジタバタと手足を動かすが、立派な魔王のデスクと椅子はビクともしない。

 内務卿はそんなマリーの奇行を見て、小さくため息をついた。


「まあ、リリアンヌ様がホモグラフト卿と愛を育み、子を成すのならば問題はありますまい」


 内務卿は「それが最適解やもしれぬ」と頷いている。


「えー、それが最適解なのか?」

「大人しいリリアンヌ様と忠臣ホモグラフト卿ならば権力争いも起こりますまい。これが最適解ですな」


 内務卿はにべもない。

 まあ、マリーにしてもホモくんは『お気に入り』で『好き』はあるのだが、恋慕の情かと問われれば微妙なとこだ。

 身近な男性と言う意味でも長いつき合いがある。


 だが、自分に素っ気なかった部下が妹にぞっこんとくれば思うところもある。

 マリーはそれなりに自分の容姿に自信があるのだ。


「ホモグラフト卿は武人のイメージが強いですが、政務にも才ありと見ましたぞ。誠実で気骨があり、義に厚く誘惑にすこぶる強い。なにより身内に権門がおらぬ……王室に迎え入れるには最適な人物ですな」


 普段はわりと辛辣しんらつな内務卿がべた褒めである。

 マリーは少し意外に感じた。


「じいやもホモくんをずいぶんお気に入りなんだな」

「ふふ、分かりますか。彼は動画でもグレーターデーモンと呼ばれる災害級のモンスターを一騎打ちで撃破します。しかし、真価はそこではありませぬ。これをご覧くだされ」


 内務卿がモニターを操作し、40号ダンジョンのマスタールームを映し出した。

 そこにはホモくんと、気持ち悪いのっぺらぼうの姿がある。


「これはドッペルと呼ばれる『望む幻覚を見せる』モンスターです。そのあらがい難きことは、百戦錬磨のダンジョン公社社長の証言もございます。しかし――ほれ、この通り。ホモグラフト卿は全く動ぜずに撃破しております」

「ホントだ。社長は動けないのに」


 映像の中のホモくんは、まとわりついたのっぺらぼうを即座に突き飛ばし、斬り捨てている。

 幻覚に惑わされている様子はない。


「まさに鉄の男ですな。彼ならば数多の誘惑を寄せつけず、王室の守護者となるでしょう。リリアンヌ様にはうまくやっていただかねば」

「はあ、つまりホモくん誘惑してもムダだってことかー。でもいいんだ。リリーにたまに貸してもらうから」


 この発言に内務卿は片眉を上げ「なりませんぞ」と厳しく注意をする。


「えー、今やってるドラマでさー、主人公と義弟との愛が――」

「どうせ安っぽいメロドラマでしょうが」


 この後、ホモくんの動画を見たあとでドラマも一緒に見てくれた内務卿は、なんだかんだでマリーに甘いのだ。



「今回のカレー対決、特別審査員として食通の社長に来ていただいたぞ」

「どうも。お招きにあずかりました。よろしくお願いします」


 エルフ社長が挨拶をすると「おおー」とノリのいい反応が帰ってきた。


「それでは、今日はこの3人がカレーを作ります。先ずは社長もご存知のレタンクール女史。彼女が今回のカレー対決を挑みました」

「今日はしっかり準備をしてきました。よろしくお願いします」


 リリーは優雅にお辞儀をするが、やる気十分の面持ちである。

 なんというか……先日の幻覚以来、こっそりリリーの香りを確認している自分がいたりして、顔を見るのがなんだか恥ずかしい。


「レタンクールさんは美味しいものをたくさん知ってるでしょうし楽しみですねえ」


 エルフ社長がニコニコと笑う。

 言われてみればリリーは美食に慣れているだろうしスゴいのがでてきそうだ。


「あー、続きましてはタチアナ・ガリッタ女史です。彼女はノッカー工務店よりの出向ですね。隣のゴルン氏の娘さんになります」

「よろしくっす! 今回は工夫があるっす!」


 タックはちょっと緊張の面持ちだ。

 見知らぬエルフ社長に手料理を振る舞うのが少し恥ずかしいのかもしれない。

 意外とかわいいところがあるのである。


「ほう、私はドワーフ風のコッテリした料理は大好きなんですよ。カレーライスも意外とビールに合いますからねえ」


 社長の言葉にゴルンが「ほーう」と反応した。

 なんだかんだで気があいそうな2人である。


「最後にアネット・ペリエ女史。彼女は軍施設の食堂で働いていました。我がダンジョンの料理番です」

「アンって呼んでください。がんばります」


 アンはピョコンと頭を下げる。

 礼儀正しいのだが、ふさふさのシッポまでがピンと立ちユーモラスに見える。


「かわいらしいお嬢さんですねえ。軍の食事といえばカレーが有名ですし、これは期待できますよ」


 エルフ社長が言うようにカレーは大量に作れるため、軍ではよく作られる。

 アンも作りなれているだろう。


「それじゃあ、順番に出してもらうとするか」


 すでに全員のカレーはできている。

 順に試食するだけだ。


 リリーが「私からですね」と不敵に笑う。

 よほど自信があるようだ。


「今の私が出せる最高のカレーはこれです」


 リリーが出したのは、なんと何も具がないカレーだ。


「具がないカレーっす! でもリリーさんはたくさん野菜を使ってたはずっす……!?」


 タックが驚くのも無理はない。

 あの大量の野菜はどこに消えたのだろうか。


 俺は戸惑いながらもカレーを口に含む。


「むっ、これはうまいぞ!」

「おう、ホテルのカレーだな」


 俺とゴルンがカレーのうまさに唸る。

 とにかくルウにコクがある。


「これは……姿は見えませんが、野菜や肉の旨味は確かに存在していますね。カレーペーストも相当高いグレードのものを使用しているようです」


 相変わらずエルフ社長のコメントはグルメ漫画のようだ。

 しかし、たしかにこの具なしカレー、ウマいのである。


「具はニンニクと熱した油で簡単に炒め、それにコンソメと合わせてミキサーにかけました」

「み、ミキサーっすか!? すごい工夫っす! これがリリーさんの究極のカレー……!」


 タックはなにやらショックを受け、アンは「すごいですー」と感心している。

 そう言えば、リリーがカレー作ってるとき『チュイーン』って謎の音がしていたが、あれはミキサーだったのか。


「野菜は見えねえけど大量に入ってるのか。うめえはずだぜ」

「全くだ。これはウマいなあ」


 エルフ社長と違い、ゴルンと俺の語彙ごいは乏しい。

 だが皆の高評価をうけ、リリーは満足げにニッコリと笑った。

 究極かどうかは別にしてもウマいものはウマい。


 続いてはタックのカレーだ。

 まあ、普通のカレーである。


 リリーのカレーとは対象的に頼もしげな具がゴロゴロしている。


「めしあがれっす!」

「うん、食べなくてもウマいのが分かるカレーだなあ。いただきます」


 俺は一口ふくみ「おや?」と異変に感じた。

 なんというか……凄まじくノスタルジックな味なのだ。


「おや、このカレーは一晩寝かせた味ですね? 作りたてではないのですか?」

「あははっ、作りたてっすよ! ただ、アタシも魔道具を使って鍋を冷やしたっす! 煮物はいちど冷ましたほうがオイシイっす! カレーも煮物っす!」


 タックが使ったのは熱を奪う魔道具だ。

 まさかこんな使い方があるとは思わなかった。


 エルフ社長は「考えましたね」とニヤリと笑う。


「これはウマいなあ」

「うん、なかなか良いんじゃねえか?」


 俺とゴルンも「ウマいウマい」と食べる。

 タックは恥ずかしそうに鼻をこすって照れているようだ。


 そして、最後にアンのカレーだ。

 これも一見『おうちカレー』のようだが……タックのカレーとは大差がないように見える。


「ほう……! これはかなりスパイシーですね。先ほどの優しいカレーとは対象的だ」


 エルフ社長が驚きの声をあげた。

 見た目とは裏腹になんとも攻撃的なカレーである。


「ベースは市販のカレールウを使っていますね。しかし、そこに複雑なスパイスを加えている」

「えへ、実はコレを入れるんです」


 そう言ってアンが取り出したのは、なんと胃薬だ。


「なるほど! 生薬はほとんどがカレースパイスと同じものです! それを加えることで、香りがここまで引き立つとは……!」

「あとはトウガラシやコショーで辛さを足して、ちょっぴりコーヒーとキャラメルをいれたんです」


 俺はアンの姿を見てハッとした。

 いつもと同じ様子に気づけなかったが、かなりの気迫がみなぎっているのだ。


 考えてみれば、アンはリリーやタックとは立ち位置が決定的に違う。

 彼女は若くとも、料理で身を立てているプロなのだ。

 その自負が気迫となって表れているのだろう。


「辛いだけでなく複雑な味わいのスパイスカレー。作り方の簡単さといい、かなり工夫を重ねていますね」

「おう、これはウマいぜ。イチバン好みだ」


 エルフ社長とゴルンの対象的な感想が面白い。


「さて、全員のカレーを食べましたが……どうしたもんですかね?」

「うーん、全員が勝ちってのは――なしか」


 エルフ社長と俺が軟着陸させようとしたところで、女性陣の強い視線を感じた。

 いい加減な回答を許さぬ迫力がある。


「はは、これは困りましたね。では覚悟を決めて1人ずつ好きなカレーを言いましょうか。私はレタンクールさんです。やはりインパクトがありましたし、味の完成度は高いですよ」


 この答えを聞いてリリーはホッと小さく息を吐いた。


「うーん、残念っす! じゃあエドさんはどうっすか!?」

「そうだなあ。俺は味の細かいことは分からないけど、もう一杯食べるならタックのカレーかなあ」


 俺は16才から軍で生活していたし、26才の時に母を亡くしている。

 先日タックに作ってもらうまで、もう長いこと『おうちカレー』を食べていなかったのだ。


「だからさ、一晩寝かせたカレーが懐かしくてなあ。俺が家で食べたいカレーはあのカレーだな」


 俺の言葉を聞いたタックはエプロンの端をいじりながら「たはは」と照れている。


「それってアレっすか? 遠回しのプロポーズみたいな」

「いやいや、そうじゃないぞ」


 この辺を冗談にしてしまうのがタックの良いとこでも悪いとこでもある。

 しかし、リリーの方から鋭く「チッ」と舌打ちが聞こえたような……まあ、気のせいのはずだ。


「俺は嬢ちゃんだな。単純に好みの味だ」

「ホッとしましたー、ありがとうございます」


 ゴルンはシンプルな理由でアンに1票。

 なんというか、無難な形になってくれてホッとした。


「いやあ、楽しかったですよ。ホモグラフトさん、お誘いいただきありがとうございます」

「いえいえ、お付き合いいただきありがとうございます」


 その後、コーヒーを飲んでエルフ社長は帰っていった。

 喜んでもらえたようでなによりだ。


「次はちゃんと決着をつけたいっす!」

「審査方法を考える必要もありますね」


 引き分けになった女性陣がなにやら次の勝負を画策していたが……そっとしておこう。

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