43話 冒険者サンドラ6
「ああん? 追い剥ぎの退治だあ? こんなもん衛兵の仕事だろ。なんで冒険者がやらなきゃならないのさ」
久しぶりにシュイヴァンの街にもどったサンドラは、ギルドの職員から思わぬ依頼を打診され、困惑していた。
「そう言わないでくださいよ。実はこれ大きな声じゃ言えないんですがウチのギルドにいた冒険者なんですよ」
「はんっ、なおさらゴメンだよ。なんで他人の尻拭いで命を張らなきゃいけないのさ。素直に衛兵に頼みな」
サンドラの口調は粗野だが、会話の内容は極めて常識的である。
冒険者ギルドは治安組織ではなく、当たり前だが逮捕権や捜査権などはない。
下手に犯罪者を切り捨てたりしようものなら自らが縄に繋がれかねないのだ。
「いや、盗賊退治といいますかね、いくつかのパーティから不心得者が数人でまして……護衛中の荷を奪ったんです。それを取り返さないとギルドの信用問題にもなりかねず――」
断ったというのに、なかなかしつこく食い下がってくる。
この新顔のギルド職員はニタニタ愛想笑いをしているが、それもサンドラは気に入らない。
今までの強面職員は冒険者に媚を売ったりはしなかった。
「ひひっ、これは勘じゃやめたほうがいいでやんすよ。オイラは鼻が利くでやんす」
「そうかい。リンが言うなら間違いないね。悪いがやめとくよ」
リンは第六感と看破のスキル持ちである。
その『勘』に何度も救われたサンドラは迷いなく依頼を断った。
ギルド職員は聞こえるようにブツクサ文句を言っていたが、サンドラは完全にこれを黙殺した。
「森も行けないし、少し都市を離れるのはどうだ?」
「そうだな……ならばこの依頼なんかいいんじゃないか」
ドアーティとオグマはもはや相手にもせず、他の街に行く依頼を物色している。
彼らはある意味で非常にドライであり、ギルド職員の泣き落としなど一顧だにもしない。
「おい、コイツはどうだ? 荷の輸送だ。行き先はトロワジエムの街――ここにもダンジョンはあるはずだ」
「ふうん、配達か。あっちのギルドで受け取りができるなら悪くないね」
サンドラが「できるんだろ?」と確認するとギルド職員は唇を尖らせ不満げな表情を見せた。
「そりゃできますけどねえ、そんな輸送依頼が安全に行えるように盗賊の――」
「もういい、テメエは依頼の控えを整理しろ」
若い職員が不満を口にした瞬間、後ろから強面の『いつもの』職員が現れた。
強面の職員はブツブツと不平をこぼす若い職員を「どけ」と押しのけカウンターに陣取った。
「若いのがすまねえ。こらえてくれて感謝する」
「なに、どこも若いのには苦労させられるもんだ――なあ?」
ドアーティがおどけてリンに水をむけると、リンも「ひひっ、さーせん」とふざけて返す。
冗談にして水に流そうというドアーティの配慮だ。
冒険者ギルドもこの強面のように冒険者出身の職員もいれば、そうでない者もいる。
総じて冒険者の社会的な信用度は低く、冒険者以外の出身者は冒険者ギルドに勤めても長続きしないらしい。
「ふん、仕事があり、報酬が得られるなら文句はない。アイツの人格や出自に興味はないからな」
「ま、ギルドも色々ってわけだね」
強面の職員からひと通りの愚痴を聞き、オグマとサンドラも謝罪に応じた。
この件についての話題は終わったようだ。
アッサリしたものである。
サンドラはこの仲間たちの気質を好ましく感じていた。
「人数の制限がないところを見るに、荷はロバ車にでも積んであるだろう。それはこちらで確認しておく。ついでにそこの依頼……それだ、手紙の配達も併せて受けたらどうだ?」
先ほどの詫びというわけでもないだろうが、ずいぶんと手配もスムーズに進む。
出発も明朝と決まり、今日は解散だ。
まあ、解散といっても全員でギルドに併設された酒場まで移動するだけではあるが。
「ひひっ、抱き合わせの依頼はウマいでやんす」
「うむ、同じ手間なら稼ぎは大きなほどいい」
リンとオグマわりと金にうるさいが、この結果にはエビス顔だ。
注文せずともビールが届き、皆でジョッキを合わせて流し込む。
炙った塩漬け肉が出てきたが、こいつが塩からくてビールが進むのだ。
特にドアーティとリンは競うように飲み干し「ぐはあ」「もう1杯ー!」と怪気炎をあげた。
ケチなところのあるオグマはチビチビと飲んでいるようだ。
「そういえばさ、アンタら街を移動してもよかったのかい? アタイやオグマは流れてきたけど、地元なんだろ?」
サンドラの質問にリンは「地元じゃないでやんすよ」と答えた。
「オイラはわりとどこでもトラブルになることが多いでやんす。こんなに長続きしたのは久しぶりでやんす」
「長続きって、いくらも経ってないじゃないか……まあ、あの火力じゃ無理ないか」
リンの言葉にサンドラは頷く。
本来、前衛が必要な魔法使いでありながら、リンはソロでやっていたのだ。
あの威力では巻き込んだ味方からの苦情は尽きなかっただろう。
「俺はまあ、近くの村の出だから地元っちゃ地元だが、他で仕事をしてこなかったわけではないしな。いいんじゃないか?」
ドアーティにも特に問題はないようだ。
この話題にチビチビ飲んでいたオグマが「解散はもったいない」と食いついた。
「今の編成はバランスがいい。リンを中心にして火力に耐えられるドアーティさんを前、前後ができる俺とサンドラが脇を固める理想的な布陣だ。このパーティならまだまだ稼げるはずだ。解散はもったいない」
「そうでやんすね。オイラもソロはキツイし、新しくパーティを探すのも厳しいでやんす」
要はサンドラを含め、皆がパーティを存続したいと考えているのだ。
森へ出入り禁止になった時にはどうしたものかと思ったが、これなら再出発は容易である。
このまま新たな街で出直せばいい。
「よし、それじゃあ改めて固めの盃といこうじゃないか」
ドアーティが新しいビールの入ったジョッキを掲げ、皆がガツンと合わせる。
なんだかんだで毎回やってる気もするが、サンドラもこういうのは嫌いではない。
「それにしても、オグマはなんでそんなに稼ぐ必要があるんだい?」
「ん? いや、大した話じゃないさ。つまらない悪事に連座して故郷にいられなくなった。せめて老いる前に金を貯めて穏やかに暮らしたい」
たしかにオグマの話はありふれたものだ。
荒事が仕事の冒険者はすねに傷がある者が多い。
そして、手に職もない冒険者の先は明るくない。
多少の目端が利く者は蓄えを作ろうとするが……冒険者はその日暮しの不安定な仕事だ。
貯蓄できる者はなかなかいないのが現実である。
かなり有名な冒険者でもセカンドキャリアに失敗し、末は乞食なんて話はざらにあるのだ。
「ははっ、俺と同じだ。俺も引退後には屋台くらいは持ちたくてね。引退後も人生は続くんだ。お互い、この年じゃ引退後に楽観はできんよなあ」
「ふっ、全くだ。ドアーティさんは料理がうまいし天職じゃないか」
ドアーティはスキルがあり、キャンプなどで調理は一手に引き受けている。
あれはおそらく引退後にそなえたトレーニングなのだとサンドラは納得した。
「リンは何かやりたいことでもあるのかい?」
「あるでやんすよ。オイラは
サンドラは思わず「蘇生?」と聞き返した。
蘇生はかなりレアな魔法で、高位の聖職者など限られた者しか使用できないとされている(わりと例外はあるが)。
部位欠損の治療や、死者の復活などを行う魔法だが、とにかく使い手がいないのでかなり高額な
リンは指で口を横に広げ「これでやんす」と歯を見せた。
「歯でやんす。この折れた歯を治したいでやんす」
「へえー、意外だねえ。気にしてたのかい」
サンドラの気がない言葉に、リンは「よよよ、ひどいでやんす」と泣き真似をする。
「オイラも女子でやんすから。歯がないのはツラいでやんす」
「ははっ、世の中には歯がない女が好きな男もおるだろうさ。俺は知らんがね」
からかわれたリンはガシガシと肘でドアーティをつついている。
この2人は気が合うようで、よくこうした小競り合いをして遊ぶ。
理屈抜きで気が合うのだろう。
(ふうん、歯を治す……か)
サンドラが見るに、リンの言葉に嘘はないような気がする。
人にはそれぞれ他人に分からぬ悩みがあるものだ。
サンドラは歯並びに興味がない。
ゆえにリンの悩みも『そんなことで』と思わなくもない。
だが、悩み事とは『何に』悩んでいるかよりも『どれだけ』悩んでいるかが大切なのである。
だからサンドラはリンのことは笑わない。
「サンドラはどうだ、何かやりたいことでもあるのか?」
不意にオグマが話しかけてきた。
急なことでサンドラの口からは「あーっと、特には」と曖昧な言葉がもれた。
だが、これを看破のスキルあるリンは誤魔化さなかった。
「いまのは嘘でやんすね。金、老後、家族、男……んん? 男でやんすか! 意外でやんす!」
「うっさいね! そんなんじゃないよ!」
こうした時、勘がいいリンは脅威である。
巧みに誘導され、サンドラはエドとのことをすっかり聞き出されてしまった。
「ひゃっはー! あの彼にひと目会いたいなんて乙女でやんす! 乙女がいるでやんす!」
「うっさいね! そんなんじゃないって言ってんだろ!」
その後も散々からかわれ、サンドラは閉口してしまった。
このイジりはしばらく続きそうである。
あとこれは余談だが、翌日からのトロワジエムの道は安全そのものだった。
盗賊の影も形も見当たらないのだ。
若いギルド職員がさんざん煽っていたので気にはしていたが、野盗どころかモンスターにすら遭遇せず、無事に目的地に到着だ。
これに一行は拍子抜けをしてしまったが無用の争いをする必要はない。
オグマ風に言えば「報酬がおなじならば犯す危険は少ない方がいい」のである。
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