44話 エドさんは浮気性っす
今日は公社でダンジョン会議がある日だ。
色々なタイプのダンジョンはあれど、情報を共有は大切なことである。
「あらー、エドっちじゃない。こっち来る?」
「やあ、ウェンディ。初めてのことだし心強いよ」
会場では顔なじみのダンジョンマスター・ウェンディが声をかけてくれた。
少し緊張していたのでこの申し出は助かる。
「サボるダンジョンマスターも多いのに感心じゃない」
「はは、初回からサボるほど豪傑じゃないよ」
俺が管理するダンジョンがイチバン若く72号だ。
だが、廃ダンジョンも多く、可動しているのは40のみ。
これはマスタールーム破壊以外にも、人間の都市が衰退するなどの理由で赤字になったダンジョンは廃棄されるためだ。
その40の中でも欠席者は多く、この場にいるのは30人弱だろうか。
公社の会議室に続々とダンジョンマスターが集まり、時間ぴったりで会議が始まった。
どうやら公社職員が司会をするようだ。
事前に各ダンジョンマスターがまとめた報告書の写しが手元にあり、これを元に会議は進む(欠席者も資料はもらえるらしい)。
(ふうん、ダンジョンのトラブルや対策、増収へのアプローチ……ウチで使えるかはまた別の話だが、読むだけで面白いな)
ダンジョンマスターたちの報告で多いのはトラブル対策である。
マナーの悪い冒険者などの対処もあるが、職員との契約問題もあるようだ。
中には雇用契約で事務員として雇ったのにダンジョン内の雑務をやらせてたら契約違反だと訴えられたダンジョンマスターもいるらしい。
こんなのを見ると、ウチも心配になってしまう……皆の雇用契約を再確認しよう。
今は平和な時代であり、景気は悪くない。
危険があるダンジョンに就職を希望する者は少ないのが現実だ。
今のスタッフは大切にしたい。
その後、俺もゴーレムメーカーの運用と戦略物資である塩の産出を発表し、それなりに反響を得たようだ。
全員が報告するわけではなく『特になし』もわりといる。
欠席者も含め、あまりやる気があるように見えない者もいるのは仕方のないことだろう。
「欠席者ねえ。ダンジョンマスターって、ある意味で絶対権力者でしょ。長くやった人は引きこもりたくなっちゃうみたいよ」
「たしかに。人の生殺までコントロールするわけだからな。ストレスの多い外界よりダンジョンを選ぶ者はいるだろう」
ダンジョン公社を含め、下部組織のダンジョンは大きなグループだ。
当然ダンジョンマスターにも転籍や、場合によっては解任もある。
だが、例えばダンジョン公社の役付へ栄転の話があっても、問題なく結果さえ出していれば留任は認められやすいらしい。
「ウェンディちゃん、マスター・ホモグラフトと仲がいいんだな。紹介してくれるか?」
会議の後、雑談をする俺とウェンディに声をかける者がいた。
見れば美しい女性だ。
長い髪を編み上げており、いかにもキリッとして仕事ができそうな雰囲気がある。
笹の葉に似た特徴的な耳からエルフのようだ。
「シェイラ、おひさー。エドっち、こちらはシェイラザード・タジマさん。隣のシュイヴァンって街の側でダンジョンマスターしてるわ」
「よろしく。36番ダンジョン通称『暗き森』でダンジョンマスターをしている。シェイラと呼んでほしい」
俺は「ホモグラフトです」と応え、シェイラとガッチリ握手をした。
弓か何か、武芸を嗜む硬い手の平だ。
「ちょっとお茶でもしていきましょうか? シェイラも時間ある?」
「あるぞ。留守は夫がしてくれるからな」
どうやらこのシェイラ、夫婦でダンジョンマスターをしているらしい。
少しうらやましい気もするが、職場に家庭を持ち込みたくない気もするし……難しいところだ。
公社を出ると、すぐに繁華街だ。
洒落た喫茶店も近くにある。
俺たちは移動し、飲み物を頼んだ。
コーヒーを頼んだのは俺だけで、2人は不気味な粒が入ったミルクティーを頼んでいた。
流行っているのだろうか。
「さっきの報告は聞かせてもらったよ。ホモグラフトさんは新しいダンジョンを立ち上げたばかりなのに色々やっててスゴいな。ウェンディちゃんのトコとは冒険者を奪い合わないのか?」
「そうねえ、ちょっと減ったかもね。でも悪くないわよ。冒険者たちも新しいダンジョンに惹かれて他の街からも来てるようなの。一時的な減収に気を取られず長いスパンで見れば問題ないわ」
シェイラの質問にはドキリとしたが、さすがはウェンディだ。
どうやら彼女? はプルミエの街でも社会的な身分を得ているらしく、冒険者ギルドの動向なども把握しているらしい。
「まあ、エドっちも開拓村で顔を繫いどくと便利よね」
「なるほど道理だ。考えとくよ」
前回も開拓村でおかしな行動はしていないし、徐々になれていけば大丈夫だろう。
たまには開拓村に顔を出すようにしたい。
「シェイラさんのとこは森ということはオープンタイプですか? 冒険者の反応などを教えていただけると助かります」
「そうだなあ、ウチの特徴はすぐに
これにはさすがに驚いた。
暴走を繰り返しては『危険なダンジョン』として利用者が離れてしまうのではなかろうか。
その疑問を伝えると「ふっふっふ」とシェイラは意味ありげに含み笑いをした。
「違うんだなー、それが。ウチのダンジョンは『冒険者が少なくなると』わざと暴走するんだ。そうすると人間も学んで『あのダンジョンのモンスターは減らさなきゃ危ない』って考えるみたいなんだ。そうすることで、常に冒険者が入るんだぞ」
「それはスゴい工夫だ。それを私に教えてもいいんですか?」
シェイラは俺の言葉にキョトンとし「だめかな?」とウェンディに訊ねた。
これにはウェンディも苦笑いだ。
「いいんじゃない? 競争じゃないもの。たまにはこうやって他と情報交換するのは大事よね」
「うんうん。シュイヴァンの街にはもう1つダンジョンがあるんだが、全く顔も見ないし会議にも出ないからな。そんなの良くないぞ」
どうやらシェイラのご近所さんは引きこもりタイプのダンジョンマスターらしい。
人懐っこい彼女からすればそれが不満のようだ。
その後、シェイラからは森に火をつけた冒険者の話を聞いた。
オープンタイプの森ゆえにそのような攻撃もあるのだろう。
考えてみればウチもダンジョンの流れを堰き止めて水攻めされる可能性もある。
想像したらちょっと怖い話だ。
「そんな時はどのような対処をされるのですか?」
「強いモンスターで追っ払って消火かな。森は壊すのは一瞬だけど治すのは何年もかかるんだ」
シェイラは「本当にヒドいやつらだ」と思い出してぷりぷり怒っていた。
だが、これだけ怒っても冒険者を『追い払った』のみなのは意外ですらある。
やはりトラブルが起こる度に冒険者を殺すのは下策なのかもしれない。
(うーん、ウチも俺やゴルン以外の保安を考える必要があるか)
考えてみれば、俺やゴルンが退職する可能性は十分にある。
個人の戦闘力に頼る今の状態は良くないだろう。
やはりシェイラも優れた先達だ。
学ぶことは多い。
「エドっち、シェイラって可愛いでしょ? 仲良くしてあげてね」
「だ、ダメだっ。私には夫がいるんだっ! 仲良くなんてできないぞっ!」
なんというか……このシェイラというダンジョンマスターはコロコロと表情が変わり、次の言葉が読みづらい。
旦那さんも苦労してることだろう。
まあ、スペシャリストってやつは皆どこかおかしなとこはあるものだ。
ウェンディもシェイラも優れたダンジョンマスターである。
その経験の一端を学びとれたことはラッキーだった。
あんまり引き止めるのもなんなので「ここは私が」と伝票を取ると2人とも「あら、悪いわね」「そうか、ありがとう」とすんなり受け入れた。
いや、別にいいんだけど「ここは私が」「いやいや私が」みたいなやりとりを想像していた俺は少し驚いてしまった……なんというか、世代が違うとこんなものなのだろうか。
その後、解散しそれぞれのダンジョンに戻る。
会議も有意義だったが、こうして横の繋がりが増えていくのはありがたい。
「やあ、ただいま」
「お疲れ様でした。会議はどうでしたか?」
ダンジョンに戻ると、リリーが出迎えてくれた。
我が家に戻ってきた感じがしてホッとする。
俺も引きこもりダンジョンマスターの資質があるのかもしれない。
「これが資料だ。また時間があるときに目を通しておいてくれ。何かトラブルは?」
「いいえ。冒険者の数も回復してきましたし、特に問題ありません」
まあ、大きなトラブルがあればメールの1つも来ただろう。
これは単なる確認である。
「エドさん、どうでしたっすか!? 会議!」
「どうって言われても……普通かな」
タックが嬉しそうに質問してくるが、なにが『どう』なのか難しい質問だ。
「色々な話が聞けて良かったよ。会議はためになったし、他のダンジョンマスターとも知り合えた」
「え? そのダンジョンマスターって女性っすよね?」
変なところにタックが反応し、食いついてきた。
俺が「そうだけど」と答えるとタックが「やっぱし!」と大きな声をあげる。
なにが「やっぱし」なのかよく分からないが嬉しそうだ。
「リリーさん、エドさんがまた女の人に声をかけてきたっす!」
「いやいや、変な言い方するなよ。既婚者だったし、お茶を飲んで話をしただけだ」
どうやら、この言い方はまずかったようで、リリーがジトッとした目でこちらを観察している。
アンも「うわー」って表情だ。
「あははっ、エドさんは浮気性っす!」
「いや、今のは言い方が悪かった。ちょっと訂正させてくれ」
さすがに人妻うんぬんは外聞が悪すぎる。
この後、ちょっと時間をかけて説明をし、誤解を解くことに成功した。
※シェイラは好色冒険エステバンよりのゲスト出演です。
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