58話 口止め料ですな

「あら? エド、これ見てくれませんか」

「トラブルか? どうしたんだ?」


 事務用の魔道具で書類仕事をしていたリリーが俺に声をかけた。

 これはちょっと珍しい。

 事務関係では彼女のほうが俺よりも能力があるため、リリーが俺を頼ることなどはまずないのだ。


 俺が「どれ」と覗き込むと、DPの収支表だ。

 だが、数字が明らかにおかしい。


「なんだこれ? 桁がおかしいな」

「この日、40号ダンジョンから27000DPも入ってるんです。間違いなく調査の件だとは思うのですが……」


 日付を見ると、たしかにカレー勝負の2日後だ。

 おそらく、これがエルフ社長の言っていた『報酬』なのだろう。


 しかし、公社ではなく40号ダンジョンからなのは腑に落ちない。

 額の多さも引っかかるところだ。


「いいんじゃねえか? もらっとけばよ」

「いやいや、何かの手違いの可能性もあるからな。リリー、メールで問い合わせてくれるか?」


 豪快なゴルンは気にもならないようだが、何か不具合の可能性もある。

 確認は必要だろう。


 リリーが「はい、経理ではなく社長室に問い合わせます」と事務用魔道具のメーラーを開いた。

 先日の調査は社長からの依頼だったし、これでいいだろう。


 ほどなくすると社長から連絡があり、昼過ぎにこちらに来るそうだ。


「昼飯食いに来るんじゃねえのか?」

「ははっ、それならそれでいいけどな」


 よほどゴルンはカレー勝負が印象的だったらしく、社長=飯の人のイメージらしい。

 エルフ社長が凄腕だと伝えてはいるのだが、目撃している俺とは認識にズレがあるのは仕方ないだろう。


「あはっ、社長さん来るならお菓子作ります」

「えっ、お菓子っすか!?」


 アンが嬉しそうに笑うと、床下でシステム周りをチェックしていたタックがひょっこり顔を出した。

 この姿には皆が笑ってしまう。


「なんかひどいっす! なんで笑うっすか!?」


 タックも口では文句を言ってるが、自分の言動に思い当たるところもあるのだろう。

 自分の発言で「あはは」と笑っている。


「お昼ご飯は社長さんが来ても大丈夫なのがいいですか?」

「なら丼ものがいいっす! アタシももう少ししたら手伝うっす!」


 アンとタックは社長に来てほしいらしい。

 よほどカレー勝負が楽しかったのだろう。


 でも、さすがに昼時に来るなら連絡あると思うぞ。



 そして、午後の早い時間。


「いや、突然おじゃましてすいません。あまり記録に残したくなかったものですから」


 来て早々、エルフ社長がきわどい冗談を口にする。

 ここには国家元首の妹がいるので、不正をほのめかすような発言は控えてもらいたい。


「それは困りましたね。人に説明できない報酬は受け取れません」

「いやいや、失礼しました。記録に残したくないとは、ダンジョンシステムのエラーだからですね。犯罪ではありませんよ」


 エルフ社長は苦笑いをし、俺は「失礼しました」と謝罪した。


 システムエラーと聞いてエンジニアのタックは「へえ」と興味津々の様子だ。


「40号ダンジョンのコア交換ができていなかったために、許容量を超えてシステムエラーが起きていたのです」


 社長が説明するのは簡単な話だ。


 ダンジョンが吸収した生命エネルギーはダンジョンで消費する運営費(DP)と魔王領で消費されるエネルギーへと分割され、後者はコアへ蓄積される。

 だが、40号ダンジョンのマスターは引きこもりだったために、容量ギリギリまでため込むクセがあったらしい。


 それと今回の件が重なり、生命エネルギーがコアの容量を超えてしまった。

 そこでシステムエラーが発生し、コアからあふれ出たエネルギーの大部分を無理やりDPに変換したらしい。


 ちなみにDPに変換し、こちらへ送られたものは全体で言えば一部なのだとか。


「事故とはいえ、人間から搾取した生命エネルギーをムダにしてしまっては外聞も悪いですしねえ。直接40号ダンジョンから送られたのは、公社を経由するよりロスが少ないからですね」


 エルフ社長は「ちょっと多いのは口止め料ですな」と嘘か本当か判断しづらい冗談を口にした。


「あ、コーヒーのお代わりどうですか? 簡単なものですけどチョコレートムースも作ったんです」


 話が一段落と見たか、アンがスッとお菓子を並べた。

 プリンみたいに器に入ったお菓子のようだ。


 ゴルンの前には塩辛いあられ・・・を置くあたり、アンはよく分かっている。

 案の定、ゴルンはコーヒーに酒を足しているようだ。


「すごかったっす! マシュマロと牛乳でムースとかやばいっす! 錬金術っす!」


 タックが大喜びしているが、たしかにこの菓子はウマい。

 なめらかな口当たりと強烈な甘みがガツンと舌から脳を刺激してくるようだ。


「えへ、牛乳とマシュマロを一緒に温めて、泡立て器で混ぜるだけなんです。簡単なんです」

「ほほう、マシュマロから。ちゃんとムースになってますね。アンさんはカレーに胃薬といい手間のかからない工夫が上手いですな」


 エルフ社長が褒めると、アンが恥ずかしそうに「嬉しいです」とはにかんだ。

 肉親を早くに亡くしたアンは、年上に褒められるのが好きなようだ。


 タックと好みの異性の話していたが、アンが『優しくて頼れる年上』と答えていたのは身の上と無関係ではないだろう。


 ちなみにタックは『イケメン』らしい。

 面食いのようだ。


「話は変わりますが、40号ダンジョンマスターの後任は決まりましたか?」

「そうですね、まだ決まってはいませんが候補は絞られてますよ。今は元ダンジョンマスターだった公社役員が兼務しております」


 エルフ社長によると、ダンジョンスタッフの安全確保のために規約が変更されるそうだ。

 引き継ぐ後任は公社勤務とダンジョン勤務の経験がある者が候補になっているらしい。


「レタンクールさんも候補に名前がありましたが、私の一存で外しておきました」


 たしかにリリーはダンジョンの立ち上げから経験しているし、知識も豊富だ。

 公社勤務の経験も十分である。

 正しくダンジョンマスターに相応しい経歴なのだ。


 リリーも「ご配慮、ありがとうございます」と社長に礼を述べた。


「良かったっすね、エドさん! リリーさんどっかにいなくなったら大変っす!」

「全くだよ。リリーがいなくなったら大変だ」


 タックと俺がホッと息をつく。

 すると社長が「がんばってください、レタンクールさん」となぜかリリーを激励していた。


「それでは、これで失礼しますね。アンさん、ムースごちそうさまでした」


 社長は「3階層も楽しみしにしてますよ」と軽く挨拶をして転移スポットから公社へ戻った。


「さて、このDPは使えそうだから各自、どんなダンジョンがいいか考えといてくれ」


 エルフ社長の配慮により使えるDPはなんと3万を超えた。

 これを使えば余裕をもって3階層は作れそうだ。


 さて、どうするべきだろうか。

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